荷馬車の行き先
「この馬車どこに向かってるんです?」
今更だが俺は馬車の行き先を知らない。
乗る時は怪我でそれ所では無かったし、何よりあの場所からすぐにでも離れたかった。
モンスターがいるこの世界で怪我をした俺が一人で生きられる訳も無く、誰かと一緒にいられる安心感を求めての行動だった。
なんとか落ち着き状況を判断できるようになると当然の疑問にぶち当たる。
これからの事だ。
「呆れた……知らなかったの? オウトだよ」
俺は敬語で質問をして、少女は俺にタメ口で答える。
さっきの事件で立場という物が無い俺は甘んじてこの処遇を受けよう。
むしろ会話がしやすくてこっちのほうが楽だ。
「そこに私達が経営してる宿があるの」
なんとこのお嬢さんお宿を経営してるそうで……立派だ。
最早創造主たる威厳も感性も無く、俺もいつかは自分の店を持ちたいなどと思うのであった。
「え、凄い」
などと素直な感想を述べると、少女は無い胸を張り自慢気だ。
聞いてもいないのに「自慢の宿なの」とか「一階でお料理もだしててね」などアピールしてくる程。
ちなみにオウトとは王都のことである。わかりやすい名前にしようと思ったらこうなった。
あっ、VCで作ってた時の話ね。
「それでねそれでね……」
未だに続くお宿自慢に俺は相槌を打ち続けてる。
なんか機嫌よくなってきたからこのままでいいや。
少しするとガタゴトと揺られていた馬車が急に止まった。
御者側の幌が開かれ、お父様が声を出す。
「ワーウルフの群れがいるから倒してくるよ」
などと平気な顔で言ってくる。
俺は一匹ですら殺されかけたのに、群れ相手だと?
「あっ俺も手伝いに……」
「いいよいいよ、休んでて」
勇気を出して漢として言わざるを得ない台詞を平然と断られてしまう。
ショックなような、ホッとしたような微妙な気持ちではあるが、お父様が心配なので見守る事にする。
◇
戦いは一方的だった。
ワーウルフが飛び込んできたのを避け、首筋にナイフを刺すお父様。
それだけで一匹は絶命し、それを繰り返す。
華麗な動きに俺は見惚れてしまった。やはり神だこの人。
「そんなに珍しい?」
「はい! 俺は一匹ですら接戦でしたので」
その様を不思議に思ったのか少女が俺に聞いてきたので答える。
すると少女の顔が一変驚愕に包まれる。
「え? 私でもできるのに」
――なんだって?
「もしかしてその肩の傷……」
少女は俺の傷がワーウルフによってつけられたものだと気付いたのだろう。
驚愕の表情は更に形を変えて哀れみの意が強い。
先程お宿自慢していた時の表情は欠片も無く、胸が痛くなってくる。
「あ……えと初めてだったので」
なんとか俺は取り繕うとするのだが少女は何も応えてくれない。
少しの沈黙の後、少女が声を張り上げる。
「お父さん! 一匹残しておいて!」
未だ続く戦闘の中、お父様は手を振り応える。
「ほらちゃんとお父さんの動きを見てて……ワーウルフが飛び込んでくるから避けて攻撃するだけ」
少女の言葉は戦闘の指南にしてはお粗末なもの。というか見たままの説明でびっくりしちゃう。
つまり一匹残すのは怪我してる俺にやらせるつもりなのだろう。
……え? 俺がやるの?