死に掛けの人
◆で視点かわります
「起きてよ!」
ボンヤリした意識でその声を聞き入れると、ソフィーに起こされた事を思い出す。
この世界に来て何度目かの他人に起こされる感覚は、痛い思いをすることばかりだ。
――又、何かしら寝ぼけてやらかしてしまうのだろうか。
その思いを裏切らぬよう、今回こそはと周囲に意識を研ぎ澄ます。
「……え?」
まず目に入ったのは背の高いエルフ。
こちらを警戒するようなその視線は、少しばかりの苛立ちを覚えさせる。
それと同時に彼女達と俺を遮るように立てられた木製の柵。
そして――あのロリっ子エルフだ。
一瞬、馬車で笑顔を見せていた彼女を思い出し安心するが、すぐにその考えは打ち砕かれる。
彼女は俺に魔法を撃ってきた。その時の表情を思い出し凍りつく。
「やっと起きたね!」
その声音は以前の彼女のまま、それが非常に腹立たしく感じる。
「なんなんだよ一体……」
わけがわからない――そう呟いた台詞は現状への不満。
ふと周りを見渡せば、明らかに此処は牢屋の類であろう部屋なのは見てわかる。
「出してくれ」
俺は此処を出たい。もう少しで転移の門の現状を知ることができたのだ。
此処を出て、それを知りたい。
そう思って懇願する。
「その前に、あの場所で何が起こったか教えて? あ、答えたくなかったら答えなくていいよ! ふふん。鑑定すればわかるから――オピニオン!」
その言葉に心臓が跳ね上がる。彼女はメテオの詳細を知りたいのだろう。
騎馬隊が放ってきた鑑定はともかく、今は意識してしまっている。
俺がやってしまった――と。
瞬間、光が俺を包み……何も起こらなかった。
「あ、あれ?」
彼女の動揺と同じく俺も動揺してしまっている。
この魔法は欠陥魔法なのだろうか。
「な、なによ! あなたが絶対関わってるのは分かってるんだから!」
俺の訝しむ様な視線を受け、彼女は取り乱し、キーキー喚いている。
俺のほうが喚きたい状況なのに……。
「もういい! 答えなさい! あそこで何が起こったの!」
「……隕石。空から岩が降ってきたんだ」
既にオウトの騎馬隊には知れ渡っている事実を述べる。
謀るつもりは無い。俺に嘘を突き通せる自信は無いのもそうだが、先程の鑑定魔法を見るにそこまで悪いことでは無かったのかもしれないと判断したからだ。
「それは知ってるよ」
「それだけだ……」
「んー? 聞き方を変えるね。なんでそんな事が起こったか教えて」
「……俺がやった」
「嘘ね。さっきの鑑定みなかったの? まぁいいや、何か軽い魔法を使ってよ」
それだけでわかるから――と彼女の表情はそう語っている。
「……魔法は使えない」
「魔法が使えないわけないじゃない」
事実、俺が使えるのはメテオのみだと検証済みだ。
「めんどくさいなー。魔力の質が分かれば、誰と繋がってるかがわかるのに」
「本当に使えないんだって……」
俺の言葉を聞き、彼女は心底めんどくさそうな表情をする。
「ふーん。まぁいいや、何か話す気になったらその子に伝えてね!」
そう言うと、従者を残し彼女は去っていく。
「お、おい! 本当に魔法は使えないんだって!」
俺の言葉は彼女に届くことは無く、消え去った。
◇
「なぁあんた……出してくれよ」
「…………」
聞き届けられる事が適わないこの台詞も、もう何度目かわからない。
目の前の見張り役であろう彼女は何も応えてくれない。
ただ、俺が魔法を使う所を確認する役。
それも意味が無いものであることは何度も伝えたが、彼女はやはり何も応えてくれない。
この環境に慣れ始めた頃、腹の音が、ぐーと鳴った。
恥ずかしいとは思わない。
何せ、最後に何か食べたのは、あの馬車に乗っている時が最後であるからだ。
あれから何も食べていない。それに気付くとやたらとお腹が空いてくる。
「せめて食事ぐらいは……」
どうせ返事は返ってこない。そう思っての要求であったのだが……
「こちらをどうぞ」
意外にも彼女は応えてくれた。
その言葉と同時に彼女は箱を手渡してくれる。
恐らくこの中に食事が入っているのだろう。そう思い箱を開けようとするのだが、どうにもあけ方がわからない。
引っかかりも特になく、完全に閉ざされた箱をなんとか力付くであけようとするも上手くいかない。
溜まらず彼女のほうに視線を向けるととんでもない事を言い出した。
「それは魔力を流すことで開かれます」
「えっ……魔力無いんだけど」
「魔力が無い等有り得ません。お出しできる食事はそちらのみです」
文句は言わない。このエルフに何を言っても無駄だからだ。
俺はなんとかこの箱を開ける手段を考える。
(そうだ……ソフィーに借りたナイフ)
あのナイフで切り開けようとするが、それが見当たらない。
どこだ、と探している俺を見据えて、彼女が告げてくる。
「武器は預からせて頂いています。どうぞ魔力をお使いください」
俺はその言葉に目の前が真っ暗になるのを感じた。
◇
「あなた……死にますよ」
あれからどれぐらいの時間がたったのだろう。一日か二日か、意識が朦朧とし途絶え途絶えになっているため正確な時間はわからない。
目の前のエルフもよく付き合うものだ、全て最初に言った筈なのに。
箱を開ける手段など思いつく限りやったが結局開かなかった。
俺にはもうやれる事は無い。
そう思うと、また意識が墜ちていく。ああ、今度のは長そうだ。
「ちょっと……箱を開けなさい。そうすれば命は助かるわ」
口調が乱れた彼女の言葉はどこか遠くに聞こえた。
◆
「え?」
捕まえた男が衰弱死しそう――監視役がそう言ったのを聞き、焦りを覚える。
「食事は? 食べなかったの?」
「どうしても魔力を見せたくないようでして」
監視役の言葉に、最後に聞き入れたあの男の台詞を思い出す。
魔法など使えない、と男はそう言っていた筈だ。
戯言だと思っていた。否、今でもそう思っている。
魔力を持ち合わせていない生物など見たことも聞いた事も無いからだ。
「そう……なら最終手段に出るね」
出来ればやりたくなかった。下手をすれば相手は死ぬ。
けど、これ以上自然を壊させるわけにもいかない。
情報を更に引き出す為殺したくは無いが、このままでは埒があかないので仕方ない。
私がやろうとしている事は、直接魔力を測る事。
魔核――魔力を生み出す元であり、これはお腹の辺りに誰しもが備えている。
それを引きずり出し、直接見ればいい。
そう決意した瞬間、馬車での会話を思い出す。
少し楽しかった、食料をわけてくれた、気を使ってくれた。
「……魔法使わないのが悪いのよ」
呟いたのは自分に対しての言い訳。それは誰にも聞かれる事は無く、私は牢へと歩みだす。
◇
「これが最後……魔力を見せて」
男は衰弱していて見る影も無い。
たかが二日でここまで弱りきるのはどれほどの精神的ストレスであっただろう。
その精神状態で頑なに魔法を使わない違和感。
「ねえ! お願いだから見せてよ!」
違和感を振り払うように叫ぶが男は反応すらしない。だが生きてはいる。
「……はじめるね」
生きている内でないと観ることはできない。やるなら今しかない。
そう思い、私は実行する。
魔力を練り、男の口に流し込む。
ただそれだけであり、それだけなら死には程遠い。
ここからが重要。魔核を見つけ、引きずりだす。
「……あれ?」
だが見つからないのだ……どれだけ魔力を流し込もうとも。
嫌でも男の言葉を思い出してしまう。
――魔法は使えない。
有り得ない。有り得ない筈が、この男は本当にそうなのだ。
「嘘……」
認めてしまう。男の言葉も、自分の失態も。
私は悪戯に人を捕らえ、弱らせ、殺そうとしている。
「違う……そんな筈じゃ」
手が震え、呼吸が荒くなるのを感じる。
「お姉様を呼んできて……早く!」
私の焦りの言葉と共に従者は走り出す。
◇
癒しに練達した聖女――お姉さまはそう呼ばれている。
その人が先程から男に向けて治療してくれていて、それが今終わろうとしている。
「とりあえず命の危機は脱しました」
「よかった……」
「それで、何故ここまで追い込んだのですか?」
「この人が……犯人だから……」
「魔核が無い者ができるわけ無いじゃないですか」
出来るわけが無い。だがこの男は確かに自分がやったと言ったのだ。
違ったとしても何かしらの関わりは持っている筈だ。それを確かめたかったのだけだ。
「でも……」
「でもじゃありません。仮にそうだとしても、殺していい事にはなりませんよ」
呆れた瞳はこちらを責めるよう。その瞳を見て私は萎縮する。
確かに殺してしまえば情報はまた振り出しに戻ってしまう。
あの危険な魔法も行方がわからなくなってしまえば、止めようが無い。
それに今更気付かされる。
「じゃあ次はちゃんとやる!」
「なりません」
「なんで! この人が関わってるのは確実だよ!」
あの場所に向かう男の表情を思い出す。あれは確実に何かを知っていて、求める様だった。
なのに何故お姉様は認めないのだろう。そう思い返事を促す。
だがお姉様の言葉は意外なものだった。
「それなら尚更、私が聞きだします」
勿論死に掛けてるのが主人公です