焦る気持ち
4/30お金の単位を変えました。
俺は自室に戻って眠ろうと思ったのだが中々寝付けなかった。先程の事が頭から離れないでいたからだ。
「あれはねーだろ…」
ソフィーは九割程の正解を導き出し俺に問うてきた。だが俺はその問いから避け、俺の仕事であろう事も任せ、逃げてしまった。
それを思い出し、枕に顔を埋め足をバタバタさせている。
「ってか……一日も経ってないのにバレるってなんだよ……」
窓から見える二個の月は、未だその姿を隠していない。この世界に転移して来てまだ丸一日も経っていないのだ。
だがその一日は以前とは比べ物にならない程な事があり、沢山の経験ができた。
「明日からどうしよう……」
先の事を考えるが一向に解決しない、だが体は疲れており、不安だらけの気持ちを胸に意識は落ちていく。
◇
「……きて」
腹を撫でる尻尾の感触に再度意識を起こされる。
「おきて」
おぼろげな視界が捉えたのはやはりソフィーの姿。
だが寝ぼけた頭でもわかる。これ二度目だ。
「……騙されないですよ」
そう言った瞬間、スパーンと頭を叩かれる。
「いってぇ……!」
「だから寝ぼけてないで早くおきて」
完全に覚醒した俺は彼女の姿を確認する。
若さを感じるその姿は確かにソフィーのものだろう。特に胸が。
「朝食。できてるよ」
そう言い放ち去っていく彼女の姿は、昨日の重い雰囲気は既に纏っておらず、いつもどおりの彼女であった。
◇
一階では既に朝食をとったであろう人が席をたちはじめ、空席が目立っていた。
俺の思考は自分が座れる場所があることよりも、昨日椅子を配置したままで少し安堵する。
その中の一つ、隅っこの席に着席し食事を待つ。
少しするとソフィーが食事を持ってきて机の上に置いてくれた。
「もー。自分で取りに来るんだよ」
しまった、そうだったのか。
昨日隠し通す意志を固めたはずなのに、サービス満点の日本での暮らしが抜けきれていない。
焦る気持ちを胸にチラっとソフィーを見るが何やら呆れている様子。
「もう聞かないから、わからないことあったら言ってね」
「あ、あぁ……わかった」
食事を置くと、もう用は無いと言わんばかりに厨房に戻っていくソフィー。
果たして信じてくれたのか諦めたのか、それとも又別の思惑があるのだろうか。
とにかく彼女はこちらに突っ込んでくる事はやめてくれたようだ。情けなくはあるが今はその気持ちに感謝する。
出された食事は昨日のまかないよりも質素に見える。
パンとスープ、ただそれだけで肉も野菜も見当たらない。
他の客も同じ物を食べているようで、昨日がやはり祝い事だったからなのだろうと納得する。
「もぐもぐ、硬いな」
出されたパンは硬かったので、他の客の見よう見まねでスープに付けてふやけさせてから食べる。
「おお、これはうまい」
スープ単体の味とも、パン単体の味とも全然違う。
二つがあわさり新しい味に変化したそれを味わう。
(ファンタジー恐るべし)
俺はそれに感動しながらも、今後について考える。
ここの暮らしは俺にとって感動を覚えることばかりなのだが、常識が無い俺には些か一人で生きていくには無理な気がする。
昨日だって助けられなければ生きてすらいなかったかもしれない。
やはり帰るべきなのだろうか……そう思った瞬間に気付く。
――【転移の門】……無事か?
ワーウルフは確か、メテオから離れる為元の場所に戻るように走っていったはずだ。それはつまり俺が現れた場所であり門がある場所。
全身から嫌な汗が出てくる。今すぐにでも確認したい。
俺は跳ねるように席を立ち、出口に向かう。
扉を開け、外にでるとアランの姿があった。都合がいい。
「やあ、どうしたんだい慌てて」
「あ、あの昨日の場所まで送ってもらうことはできませんか!」
「それは難しいね。祝日ならともかく毎日宿を放っておくわけにはいかないよ」
「ぐっ……」
確かにそうなのだろう。しかも俺個人の為となると彼が付き合う理由は無い。
すこし傲慢な願いをしてしまったと反省するが、それもほんの少しの間。
こうしている時間が勿体無いと走り出そうとするのだが、アランに肩を掴まれ前に出れずにいた。
「落ち着いて」
「離してください!」
何故邪魔するのだろう。そんな俺の視線を受け、アランは何かを手渡してきた。
「はいお給料。流石にあの距離を走っては行けないからね」
「な……なんで?」
俺は居候の身だ。その代わりに手伝いをしたから給料を貰うのはおかしいはずだ。
「泊めたのは連れてきちゃったからだよ。お給料はお手伝いの分だね」
「なっ……」
そんな筈は無いのだろう。だが今はその詭弁が凄く有りがたい。
「有難うございます! ご恩は必ず返します!」
「城門の場所は覚えているかい? その辺りに駅馬車が在るからそこで乗るといい」
「はい!」
何から何まで世話になった。感謝の気持ちを胸に俺は再度走り出す。