空からやってくる人
ソフィーの母親を見間違えるという恥ずかしい体験をした俺は逃げるように「仕事してきます!」等と言いながら一階に降りる。
既に宴会は終わっており、先程の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
陶製であろう食器類は山のように積み重なり、木製の椅子は本来あった場所がわからない程散りばめられている。
余程楽しかったのであろう。
俺は未だ残る昨晩の残滓に、若干の戸惑いを感じていた。
「一体何の祝い事だったんだよ……」
小言を呟きながらも、俺は仕事に勤しもうとするのだが、手が中々動かずにいた。
「あれ……何したらいいのこれ」
俺は何をどうしたら良いのかを理解できずにいる。
本来の在り様を覚えておらず、元に戻すように配置する椅子もどうもしっくりこない。
更に言えば食器類の処理の事、さて水洗いしようと思い立った時に気付いた。
水道水が当然のように無いことに。
「手伝おうか?」
むむむ? と小首を傾げ悩んでる俺に、声をかけてくるソフィー。
先程、見間違えてしまったことは差して気にしていないようで安堵する。
「頼む」
渡りに船とはこの事であろう。
「うん、ウォーター」
ソフィーの声と同時に手から水が流れ始める。俺はやはりそれに見蕩れてしまっていた。
「何してるの? 早くゴシゴシして」
「ごめん、すぐやる」
言われるがままに毛のついたブラシで食器類を洗いだす。
洗剤は必要無いのだろうか、という俺の疑問とは裏腹に、食器類は次々とその汚れを落とし、指でなぞればキュッキュッという音が鳴るほどだ。
恐らく魔法で出す水には特殊な何かがあるのだろう。そう結論付け作業を進める。間違ってたら何か言ってくれるだろうしね。
それからの会話は特に無く、山のようにあった食器類は見る見る棚に戻っていく。
粗方終わり、俺がやることは無くなっただろう、という確認の視線をソフィーに促す。
「お疲れ様。あっ! ちょっとそこに座ってて」
俺の返事を待たずに何かの食事を作り始めるソフィー。おい今食器洗った所なのに。
この子はボケているのだろうか、だがその感想も口にする事は無い。
(そういえば何も食ってなかったな)
厨房から漂う食欲を掻き立てるその匂いに、思わず期待が高まったからだ。
やがてそれは完成し、洗ったばかりのお空に盛られ運ばれてくる。
「はい! まかない!」
「美味そうだ。頂きます」
何かの肉に野菜が添えられたそれは、まかないにしては充分なほどの味をしていた。
「うまいうまい」
余程腹が減っていたからなのか、その味を確かめたのは最初の一口だけで、次々と口に放り込んでいく。
半分程食べた頃だろうか、不意にソフィーが思わぬ言葉を口にする。
「ねぇシン君。あなた何処から来たの?」
ドキリと心臓が跳ね上がるのを感じた。
俺はすぐに返事をしない。
口にある食べ物が邪魔をして話せない、という意味を強めに、咀嚼する。
そんな俺を見兼ねてか、彼女は言葉を続ける。
「その料理ね、あるものが足りないの」
その言葉と同時に、液体が入ったものをコトリと置く。
「食べられない事は無いんだけどね」
「…………」
そう付け足し、笑顔を見せる。だが何故そのような試す真似をしたのだろう。
未だ続く咀嚼を糧に、続きを促す。
「これはエルフの里で買ってきた聖水」
「…………」
「月に一度の祝日はこれを飲んでから食べるのが普通なの」
「あ、あぁ……お腹が空いてたから忘れていたよ」
次に何かを言われるのを困った俺は返事と同時に更に口に詰め込み始める。
「常識が無くて、オウトに初来訪で、ワーウルフに勝てなくて……」
彼女はその小さな体を震わせると決心したようにこちらを見つめ……
「まるであの大きい石に乗って空からやって来たみたい」
「……」
その言葉は当たらずとも遠からず。
メテオに関わってることも、空から来たこともある意味で言えば当たっている。
故に俺は言葉を返せずにいた。
「実は……記憶喪失で」
「嘘、騎馬隊を見ても驚かなかったしそれに……あなたの名前はちゃんと聞いたよ。それとも偽名?」
咄嗟についた嘘も成果は無く……
「上から見守っていたみたい」
きっと、嘘をつくときは全てが嘘でなくてはならないのだ。
少しの本当を混じらせるほうが嘘を通しやすい、それはきっと幻想であろう。
完璧に、一片の隙も見せずに演じとおさなければならない。
無論それは状況によるのだろうが、今の俺は最初からできていなかったのだ。
もう言ってしまおうか、本当のことを。
「俺は……」
だが、言葉に詰まる。
『申し訳ありません。先程空が暗くなり岩が空から降ってきたようです。それを思い出して怯えてしまったのでしょう』
不意に騎馬隊に便宜を図ったアランの言葉を思い出す。
それはとても怖かったのだろう。
今の彼女が表しているように。
「俺は腹が減ってたんだ、知らないよ」
言えなかった。彼女の恐怖たるそれが俺のせいだと。
カチャカチャと鳴り響く食器の音だけがここに鳴り響く。
それも少しの間だけ、やがて全てを食べ終えてしまう。
「……そっか、ごめんね。変な事いっちゃって。食器洗わないといけないから先に寝てていいよ」
「ああ……お休み」
きっとこうなることを見越していたのだろう。
再び食器を洗う彼女に一瞥もくれずに部屋へと駆け上がる。
ソフィーは16歳ぐらいを想像して書いてます。