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正四角形のテーブルの自分側と正面側には、汗をかいた瓶ビールが置かれていた。
自分のグラスに入った黄金色の液体が静かに純白の泡を飲み込んでいく。
「久しぶりだな、結婚式以来か。」
美海の父親、豪太さんが静かな落ち着いた声で俺に問いかけてくる。惚れ惚れするようなダンディな声に、静香さんが惚れたのも分かる気がした。
「はい。ご無沙汰しています。」
俺たちが来る前から、豪太さんは飲んでいたのだろう。コップの中は俺と違って残り2割程となっていた。
そのビールを、豪太さんは一息に飲み込む。
すかさず、俺は豪太さんのコップにビールを注ぐ。
「たまには、顔を出したらどうだ。あの娘の状況に遠慮していたのはわかるが。」
俺は驚いてしまった。
美海は父親には伝えていないと言っていたのだが…、静香さんに聞いたのだろうか?
「ずっと、一緒に暮らして来たんだ。詳しくはわからずとも、なんとなくわかる。それに、アイツは私の娘だ。わからないわけがないだろう?」
そう言って寂しげに笑う豪太さんに、俺はなんて声をかければいいかわからなかった。
「ほら!瓶を避けてー。ほらほら、避けないとお皿が置けないでしょ?」
静香さんが、両手にお皿を持って楽しげに俺と豪太さんの間に割って入る。
それに追随するように、美海も姿を現した。
聞いていたのかとも思ったが、それなら、美海の顔がもう少し曇っているはずだと思い、気持ちを整える。
「あ、手伝います。」
そう言った俺を、静香さんが皿を置いた勢いそのままに手で制する。
「あら、私と美海の仕事を取るのかしら。」
美海もテーブルの上にお皿を置いて、俺にニコリと微笑んだ。
「いつもしてもらってるから、今日くらいはね。させて欲しい。」
そう言って2人は台所の方へと引き返して行った。その後ろ姿を見送ってから、俺は豪太さんに向き直った。
「いつから、気付いていたんですか?」
「娘が君を連れてきた時だ。」
豪太さんは静かに、そしてハッキリと告げた。そして思う、俺がきっかけだったのかと。
「でも、娘が自暴自棄になった時に出会ったのが君でよかった。娘が連れてきたのが君でよかった。本当に、ありがとう。」
そう言って、豪太さんが頭を下げる。嫌われていると思ってた、美海の父親に、頭を下げられてしまった。
頬を、暖かい何かが通った。
涙だと気付いたのは、両頬に数滴の涙が通った後だった。
「俺で…よかったんでしょうか。」
「良かったんじゃない。君じゃなきゃダメだったんだ。あの娘には、君しかいなかったんだよ。」