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8.勇気の水曜日(その2)

 沖田さんの嫌味は続く。

「ねえ、佐伯くんに好かれるために、どんな手使ったの? 若松さんて、みんなの前じゃいい人だもんね。おもいっきり、いい子ぶりっこしたんじゃないの」

沖田さんと柳沢さんが、ニタと笑う。反吐が出そうになるほど、醜い笑い方。


 そんなんじゃない、そんなんじゃない。若松さんは、ほんとに良い人なのに……

 

 あたしは、沖田さんの同類になんか、絶対にならない!

 気がつくと、真紀は、机の間を抜けて、沖田さんたちに近づいていた。そして、声をあげていた。

「若松さんは、いい子ぶりっこなんかじゃない!」

自分の興奮した声が、真紀の耳に響く。

「純粋に良い人だよ。沖田さんも柳沢さんも、逆立ちしたってかなわないくらい、良い人だよ」

 沖田さんと柳沢さんは、不意を突かれて、一瞬ポカンとした。でも、次の瞬間には、また、ニタと嫌な笑い方をした。

「何言ってんの、伊藤さん。ブス同士だからって、かばったりするわけ?」

真紀は、何も考えず言い返す。

「あたしはブスかもしれないけど、若松さんは違う。それに、自分たちも、鏡見てみたら。今の沖田さんたち、すごく醜いから!」

この言葉に、沖田さんの顔が、怒りでゆがんだ。その形相に、真紀は一瞬ひるんだ。そのとたん、我に返る。思わず、半歩後ずさった。

「ちょっと伊藤さん、自分で何言ったかわかってるの! あたしを怒らせたら、」

だけど、続きは、別の声にさえぎられた。

「怒らせたらどうなるって? オレにも教えて」

この場にそぐわない、のん気な、でも大きな声が、教室の後ろの入り口から響いてきた。五人の女子が、一斉に声がしたほうを見る。――声の主は倉本くん。

「なんか、悠馬のカノジョの悪口聞こえたみたいだけど。空耳かなあ」

倉本くんは、ニコニコと沖田さんを見る。

「え、ちが……」

 沖田さんは、何か言いかけたけど、そのまま口をつぐんだ。

 そして、気まずい雰囲気の中、カバンをつかむと、柳沢さんとふたりで、足早に教室を出て行った。


 沖田さんたちが出て行くと、真紀は急に力が抜けて、ドキドキし始めた。こんなこと、初めてだ。地味で目立たないあたしが、クラスで一番目立つ人にたて突くなんて。

「大丈夫か?」

と倉本くん。

「うん。ありがと、助けてくれて」

「いや、こっちこそ。悠馬と若松さんのこと、かばってくれたんだよな」

その言葉に、呆然としていた若松さんも、我に返って真紀を見た。

「ありがとう、伊藤さん」

「ううん」

 真紀は、こんなふうに感謝されて照れくさい。さっきの興奮した自分を思い出すと、恥ずかしくもある。どこかに、隠れてしまいたい。

「えっと、日直の仕事してしまわないと」

 真紀は、照れ隠しにそう言いながら、席に着いて、友野さんが書きかけていた学級日誌をのぞきこんだ。日直の仕事は、あと、日誌を書くことだけだ。友野さんは、思い出したように、日誌をつけ始めた。

 倉本くんは、もっと何か言いたそうだったけど、日誌をのぞきこんでいる真紀を見て、

「じゃ、伊藤、ありがとな」

そう言うと、教室を出て行った。

 若松さんは、帰り支度を終えて、真紀のそばにやってきた。 

「伊藤さん、ほんとにありがと。だけど、あたし、そんなに良い人でもないよ」

真紀は、若松さんに、にこっと笑いかける。

「ううん、良い人だよ。小学校のとき、お弁当分けてくれたでしょ」

「え?」

「給食室使えないかなんかで、お弁当持って来なきゃいけなかったのに、あたし忘れちゃったことがあって。そんとき、若松さん、お弁当、半分分けてくれたの」

「そ、そうだった?」

「それ、思い出したら、黙っていられなくて」

 半分冗談だけど、半分ほんと。そんなこと思い出さなくても、思わず声をあげていたと思うけど、お弁当を分けてもらったのを思い出したのもほんと。

「そうなんだ。でも、ほんとに良い人は、伊藤さんだね」

若松さんがにこっと笑った。

「えっ? あ、ありがと」

真紀は、素直に若松さんの言葉を受け止めることにした。若松さんが、もう一度にっこりした。優しくて、いい笑顔だなって思う。

「じゃ、お先に」

若松さんは、そう言って教室を出て行った。


 学級日誌を書き終えて、帰り際に、友野さんが真紀に声をかけてきた。

「さっきは、ごめん」

「え?」

「あたし、副委員長なのに、何も言えなくて」

「ううん。あたし、自分のためにも、言わないきゃいけなかったから」

「え?」

「あ、いいの、いいの。副委員長とか、そんなの関係ないから」

さっきは、副委員長なんだから、って心の中で責めちゃったけど。

「それにしても、伊藤さんてすごいね」

「え?」

「あの沖田さんに、ちゃんと言いたいこと言えて。おとなしい人だと思ってたから、見直しちゃった」

「あ、そう、かな。なんか、もう夢中で」

「あたしなんて、ヘタレだから。なのに、なんか副委員長に選ばれちゃって。伊藤さんのほうが、ずっとふさわしいのに」

「そんなことないよ、ヘタレなんて」

「ううん、そうなの」

 友野さんは、くりっとした目が愛らしいカワイイ系の美人。だから、どうしても目立ってしまう。だけど、美人にも悩みはあるんだな。新発見をして、部活に向かう真紀だった。

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