7.勇気の水曜日(その1)
翌日、水曜日。
なんと、今日も、校門で、佐伯くんと倉本くんに会った。
真紀は、倉本くんと目を合わさないようにしたけど、昨日のことがあったからか、倉本くんは、今日も声をかけてきた。
「おはよ」
「あ、おはよ」
「おはよ」
「おはよ」
昨日と同じ光景。だけど、夏美は、今日は、とくにうれしそうな顔をしなかった。普段の表情。夏美にとって、佐伯くんはもう、アイドルではなくなったのかもしれない。
あたしはどうなんだろう。昨日は、とりあえず横恋慕しちゃおっかな、って思ってたけど、こうやって佐伯くんを目の前にすると、尻込みしている自分がいる。横恋慕なんてできるのかな。あたしに、佐伯くんに対するそんな強い想い、あるんだろうか……
他のクラスメートたちも、佐伯くんと若松さんのことを知ったのか、今日は、みんな、なんだかちらちらと若松さんを見ている。真紀も、つい若松さんを見てしまう。
若松さんとは、小学校三、四年生のときに同じクラスだったけど、家が遠くて、そんなに親しくしていたわけではない。中学では、二年になってクラスメートになった。
改めて若松さんを見る。丸顔の奥二重で、パッと見、派手さはないけど、にこっと笑った顔がとても優しい。それに、肌がとってもキレイだ。白くてすべすべで。
見た目の通り、若松さんは、性格も優しくておっとりしている。怒ったり、だれかの悪口を言ったりしているのを、真紀は聞いたことがない。
佐伯くん、そんなところに惹かれたのかな。あたし、そんな優しい若松さんから、佐伯くんを横取りすることなんて考えたんだ……
真紀の中に、自己嫌悪がわいてくる。
その日の放課後。
ホームルームのあと、担任に頼まれた用事をすませて教室に戻ると、真紀は、教室の空気がピリリと張りつめているのを感じた。
教室には、四人の女子が残っていた。
真紀のクラスには別格の美人がふたりいるけど、そのうちのひとり、沖田さんと、その友だちの柳沢さん。ふたりは、窓側の一番前の席に座っている若松さんのそばに、若松さんを見下ろすような格好で並んで立っている。そして、もうひとりの美人で、クラスの副委員長をしている友野さん。友野さんは、今日真紀と一緒に日直当番で、後ろのほうの真紀の隣の席で、学級日誌をつけていた。
真紀が教室に入ると、沖田さんと柳沢さんが、一瞬真紀のほうを見た。だけど、イライラした様子で、すぐにまた若松さんを見下ろした。友野さんは、日誌をつけていたはずだけど、ペンが動いていない。
真紀が自分の席に戻ろうとしたとき、沖田さんの声がした。
「ねえ、何でって、聞いているんだけど」
沖田さんは、若松さんに向かって話している。明らかに、敵意を感じる物言い。
「何で、佐伯くんと付き合うことにしたのよ」
沖田さんの言葉に、ドキッとして、真紀は、その場にそのまま突っ立った。
「……あの、佐伯くん、優しくて良い人だから」
若松さんが、小さな声で答える。沖田さんは、チッと舌打ちした。
「そんなこと聞いてないよ。あたしは、何でブスなあんたが、自分をわきまえずに付き合うことにしたか、って聞いてるの」
えっ……! 真紀に、衝撃が走った。沖田さん、なんてこと言うの!
沖田さんは、くっきりとした二重の目が印象的な美人で、スタイルもモデル並みだ。それを強調するように、髪を長く伸ばし、制服を着崩している。態度や話し方が高飛車で、真紀はあまり沖田さんのことが好きではなかったけど、ここまで酷いことを言う人だとは思っていなかった。
「そもそも、佐伯くんが、なんであんたなんかを選んだのかわかんないんですけど。佐伯くんて、あんな顔して、実はブスが好きだった、とかね」
沖田さんの隣で、柳沢さんがクスッと笑った。
若松さんは、背中をこわばらせて、うつむいている。
真紀は、友野さんに目をやった。『副委員長なんだから、沖田さんになんか言って!』そう心の中で呼びかけたけど、友野さんは、学級日誌に目を落としたまま、動かない。
真紀には、沖田さんが若松さんに言ったことが、自分に言われたことのように突き刺さっていた。可能性は低かったかもしれないけど、あたしも佐伯くんと付き合うことを考えた。もし、あたしが付き合っていたら、そんな酷いこと、言われなくちゃいけないの!
その一方で、あたしも沖田さんと同類だという自己嫌悪もわいてくる。あたしも、若松さんのこと、美人じゃないって思った。見た目じゃ、あたしと同じように、佐伯くんに釣り合わないって。
でも、今は、はっきりわかる。いくら美人でも、沖田さんは、佐伯くんに釣り合わない。優しい若松さんのほうが、佐伯くんにふさわしいって。
あたし……あたし、沖田さんの同類になんか、なりたくないっ!