5.恋愛成就を思案する
倉本くんが、あたしを好き? 本当かな。でも、今、確かに聞いたよね。
ヤマブキが突然部屋に現れて、恋愛成就の試験の話をしたことが現実なら、ヤマブキが去り際に言ったことも、現実なんだろう。白昼夢を見ていたんだよ、と言われれば、そうかも、って思ってしまうくらい不思議な体験ではあったけど……
それにしても、倉本くんが、あたしを好きだなんて信じられない。
倉本くんと真紀は、クラスメートだ。二年になって、同じクラスになった。
もともと、倉本くんは、小学校二年生までは、真紀と同じ町内に住んでいた。三年生になるときに、倉本家は、マイホームを買ったとかで引っ越して行き、倉本くんも転校した。ただ、引越し先が隣の小学校の校区で、中学校は同じ校区だから、今、真紀と同じ中学に通っているというわけだ。
小学校の一、二年生のときも、たしか、同じクラスだったけど、とくに仲良くしていたわけではない。
真紀が覚えていることといえば、登下校のときとか、近くの公園で遊んでいてたまたま一緒になったときとか、よく『い~と~まきまき、い~と~まきまき』と、童謡でからかわれたことだ。伊藤真紀だから『イトマキ』。おもしろ半分に、そんなふうにからかわれて、いい気はしない。
そうそう、そう言えば、倉本くんは、学校でも、よくふざけたりして、先生に注意されていた。今は、そんなことはないけど、明るい性格はそのままで、クラスのムードメーカー的存在だ。
そして、その倉本くん、実は佐伯くんの親友でもある。転校した小学校で仲良くなったらしい。今は、クラブも同じバスケ部だ。
佐伯くんと比べたら、倉本くんは、ぜんぜんカッコよくはない。目が細くて、ちょっと垂れている。それに、顔中にニキビがたくさんある。背はそこそこ高いし、運動はできるほうだけど、成績は、たぶん、真紀といい勝負。
それでも、倉本くんは、クラスでは目立つほうだし、佐伯くんの親友ということで、なんとなく一目置かれている。
そんな倉本くんが、地味で目立たないあたしのことが好きだなんて、そんなことある? なにかの間違いだよ、きっと。ヤマブキが、勘違いしているに違いない。
倉本くんのことは、なにかの間違いだから、とりあえずおいといて、ヤマブキが言ったこと、つまり、恋愛成就をどうするか考えなくちゃ。
真紀の頭に、真っ先に浮かんだのは、もちろん佐伯くん。二週間前のあの日以来、ずっと佐伯くんのことを意識しているんだから。佐伯くんのことが気になるのは、やっぱり、好きってことだと思う。
だけど、佐伯くんと付き合いたいとか、そういうふうに考えるまでには、まだ至っていなかった。
佐伯くんと自分は、どう考えても釣り合わない。あたしなんかが好きになるのは、おこがましい、とさえ思ってしまう。だから、付き合うとか、告白するとか、そういうことを具体的に考えることがどうしてもできなかったんだ。
ヤマブキの力を借りれば、少しかもしれないけど、付き合える可能性があるってことよね。だったら、ヤマブキにお願いしてみようかな。だけど、あたしなんかが、付き合うことになってもいいのかな……
真紀の頭の中で、二度とは来ないかもしれない、佐伯くんと付き合えるチャンスと、あたしなんかが、というマイナス思考が、ぐるぐる巡る。
そんな巡る思考の隙間をついて、
『伊藤って、優しいな』
ふと、前にそう言われたことを思い出した。そう言ったのは……倉本くん。
あれは、文化祭の準備をしていたときだ。真紀のクラスでは、一人二個、飾りに使う紙花を作ることが割り当てられた。薄紙を重ねて折って、一枚ずつ広げると、ふんわりと丸い花になる、あの紙花だ。
あのとき、真紀の後ろの席だった倉本くんは、ポンポンと真紀の肩をたたいて、振り向いた真紀に、配られたピンクの薄紙を差し出した。
『オレの分も作って』
『うん』
真紀は、差し出された薄紙を、快く受け取った。いや、快くというより、何も考えていなかった、と言うほうが正しい。だって、紙花を作ることぐらい、二個が四個になったって、ぜんぜん大した手間じゃない。
そのとき倉本くんが言ったのが、『伊藤って、優しいな』だ。そのときの真紀は、たぶん、倉本くんにとっては、紙花を作るのは面倒くさい作業で、それを真紀に任せたから、お世辞でそう言ったんだろうと思った。それを今思い出した。
今だって、お世辞だって思っているけど、今ごろになって、そのお世辞にドキッとした自分がいる。なんなの、あたし。巡る思考に、違う雑念が入り込んできて、戸惑う真紀。
いろいろ考えていると、疲れてくる。
ああもうっ、せっかくのチャンスだから、素直に活かしてみるのがいいんじゃないのっ。とりあえず、真紀が、今出した結論はこれ。