12.始まりの金曜日
翌日、金曜日。
朝、いつものように、夏美と学校に向かう。道すがら、真紀は夏美に、倉本くんのことが好きになったと、報告した。夏美は驚かない。
「昨日の雰囲気見てたら、そうだと思った。なんか、真紀ちゃんと倉本くん、お似合いだよ」
そんなこと言われると、照れてしまうけど、うれしい。
「そ、そう? でも、倉本くん、あたしのことどう思ってるかわからないし」
真紀は、ヤマブキのことも、ヤマブキが言ったことも、今は全部忘れている。
「あたしが見たかんじでは、倉本くんも、真紀ちゃんのこと気になってると思うけど」
夏美は、ニタニタと、真紀を見る。
「そうかなあ」
「うん。で、告白するの?」
「うん……」
「やったね。で、いつ?」
「それは、まだ決めてない」
いざ告白するとなると、勇気がいるんだ。ちゃんと段取りも考えなくちゃ。
今日も、倉本くんと、何度か目が合った。ちゃんと見守ってくれている。だけど、なんだか気恥ずかしくもある。真紀の中で、倉本くんへの想いがはっきりしたし、告白すると決めたからだ。
放課後。
今日は、顧問の先生が出張で、合唱部の部活は休みだ。帰り支度をして、教室を出ようとすると、倉本くんに呼び止められた。
「ちょっと来てくれる?」
「えっ? う、うん」
なんだろ。でも、なんだかドキドキしてしまう。
教室の出口で、真紀と帰ろうと迎えに来た夏美に出くわした。夏美は、真紀と倉本くんを見て、一瞬びっくりしたけど、すぐに、訳知り顔になった。
「あたし、教室で待ってるから。ぜんぜん急がなくていいよ。ほんとゆっくりでいいから」
夏美は、そう念押しすると、意味深に笑って、自分の教室にもどっていった。
倉本くんは、夏美とは反対方向、廊下の奥の、視聴覚室の前まで真紀を連れていった。このあたりは、教室の喧騒を離れて静かだ。
「あのさ」
「うん」
倉本くん、ちょっと緊張してる? あたしもだけど。
「伊藤に言っておかなきゃ、と思って」
「えっ、何?」
「この間、沖田とごちゃごちゃしたとき、伊藤言ってただろ」
「え?」
「自分はブスだって」
あ、流れでそんなこと言ったね、たしかに。
「伊藤はブスじゃないよ」
「えっ?」
「ぜんぜんブスじゃないよ。オレは……オレは、かわいいと思う」
最後のほうは、倉本くんの声が小さくなる。
「えっ……」
真紀は、一瞬ポカンとした。でも、次の瞬間には、笑いがこみあげてきた。
「アハ」
なんだ、倉本くん、それ言おうとしてたんだ。あたしが傷ついているかもしれないって、気にしてくれてたんだね。
「ありがと。でも、あたし、どういうのがブスとか、よくわからなくて。だから、自分のこと、ブスだとは思ってないよ。沖田さんにとっては、あたし、ブスかもしれないけど、そんなのどうだっていいし」
ちょっと前までは、自分の容姿が、平均くらいか気になってたんだけどね。
「そっか」
「でもね、かわいいとも思ってない」
「え、でも」
「でも、あたしみたいなのを、かわいいと思ってくれる人がいるのは、とってもうれしい」
「お、おう」
真紀がにこっと笑うと、倉本くんの緊張も解けたみたいだ。
「あのさ」
「うん」
「悠馬の代わりに、オレからこの間のお礼させてもらっていい?」
「そんな、お礼なんて」
「よかったら、ケーキごちそうするよ」
「えっ、いいの?」
「ほんとは、オレがごちそうするわけじゃないんだけどさ」
「え?」
「駅前の『ミルキーウェイ』って、ケーキ屋知ってる?」
「うん」
『ミルキーウェイ』は、高級でオシャレな洋菓子店だ。真紀は、何度かケーキを食べたことがあるけど、味も、感動的においしい。値段が相応に高いから、頻繁に食べられるわけじゃないけど。
「オレの姉ちゃん、あそこのパティシエなんだ」
「えーっ、ほんとに! すごいね!」
「まだ見習いだけどさ。でさ、姉ちゃんが、オレが、女の子を店に連れてったら、ケーキおごってくれるって言ってるんだ」
「そうなんだ」
真紀は、ちょっと考える。
「女の子を連れてくって……」
倉本くんは、決まり悪そうに、もじもじする。
「あ、つまりその、ほんとはカノジョってことだけど。黙ってたら、姉ちゃんにバレないから。適当にごまかせばいいかなあって」
「そんなのお姉さんに悪いよ。うそつくってことだもん」
「そ、そうだよな。ごめん」
倉本くんは、真っ赤になる。そんな倉本くんを見て、真紀は、思い切って言う。
「……もし、あたしがほんとにカノジョなら、うそつくことにならないね」
言ってから、恥ずかしくなってうつむいた。倉本くんは、ハッとしたように、真紀を見る。
「……ごめん、オレ、情けないよな。勇気がなくてごまかしてたんだ」
「え?」
「ちゃんとハッキリ言うよ」
倉本くんは、ひとつ深呼吸する。
「オレ、伊藤のことが好きです。オレのカノジョになってください」
真紀は、顔を上げる。倉本くんの真剣な目と視線がぶつかった。真紀のほおが赤くなる。
「はい」
小さいけど、はっきりとした声。倉本くんは、パッと笑顔になる。
「よしっ」
小さくガッツポーズをして、
「ありがと、イトマキ」
えーっ、こんなときに、イトマキなんて! 真紀は、ぷくっとほおをふくらませる。
「もうっ、倉本くんっ」
それから、プッと吹き出して、
「アハハ」
「アハハ」
ふたりの笑顔がはじけた。