1.平均の女の子
「うーん、どないしょ。こういうのは、どうでっしゃろな。ふん、ふん、なるほど……やっぱり、これが、よさそうでんな。よしっ、これでいきまひょ」
関西なまりで、ぶつぶつ独り言を言っているのは、何を隠そう、神さま。
この神さまが、これから向かおうとしているのが、伊藤家。どうも、伊藤家のひとり娘、中学二年の真紀に用があるらしい。
いったい、何の用があるのやら……
「はあーっ」
真紀は、今日学校でもらってきた二学期の中間テストの成績表を前に、大きなため息をついた。
合計点は、308点、ジャスト平均点だ。
真紀は、このジャスト平均点というのが、気に食わない。ちょっぴりだけど、いつもは、平均よりはよかったから。
真紀は、なにをとっても、クラスの真ん中くらい、平均だ。
身長は、クラスの女子、19人中、10番目。後ろからも10番目。体重の順番はわからないけど、痩せても太ってもいないから、たぶん真ん中ぐらい。
運動神経も、普通ぐらいだと思っていたけど、この間の運動能力測定で、50メートル走が、平均ぴったり8.8秒だったのには、自分でも驚いた。
で、テストの成績は、いつもぎりぎり平均点クリア、という程度。
そんな真紀だから、良くも悪くも、学校では目立たない生徒だ。
こんな成績じゃ、ぜんぜん佐伯くんに釣り合わないよ。
佐伯くん――隣のクラスの佐伯悠馬くんは、今、真紀が気になっている男子だ。
佐伯くんは、頭がいい。学年のトップクラス。スポーツもできる。それに、なんと言っても、イケメンだ。背は高いし、バランスよく整った目鼻立ち。文句なしの正統派美男子。同級生はもちろん、三年生や一年生の女子にも人気がある、アイドル的存在だ。
真紀だって、佐伯くんてカッコイイとは、思っていたけど、好きとか、そんなふうに意識したことはなかった。つい、二週間前までは。
二週間前、真紀が佐伯くんを意識するようになった出来事。なんのことはない、廊下の曲がり角でぶつかる、という、ドラマではおなじみのパターン。
音楽室に向かう途中、ぼうっと歩いていた真紀は、廊下の曲がり角で、向こうから来た佐伯くんにぶつかった。はずみでばらまいた、教科書やらリコーダーやらを、佐伯くんは、ごめんごめんと謝りながら、一緒に拾ってくれた。
ドラマならいざ知らず、そんなことで恋に落ちるなんて、現実には、ナイナイって思っていたけど、正面から間近で見た佐伯くんの顔は、信じられないくらい整っていた。その佐伯くんと目を合わせて、『ごめんごめん』『ううん、こっちこそごめんなさい。ありがとう』――たったそれだけの会話をしただけで、真紀の胸は、キュンとしてしまった。佐伯くんて、カッコイイだけじゃなくて、優しいんだ……
佐伯くんを意識するようになって、真紀は、自分が、なんでもかんでも平均の女子っていうのが、気になっている。
とくに、イケメンの佐伯くんを意識すれば、どうしても気になってしまうのは、容姿。だけど、成績や体格のように数字で比べられるものと違って、見た目のかわいさっていうのは、実は真紀にもよくわからない。
真紀のクラスには、だれが見ても文句なしの美人がふたりいる。このふたりは別格。だけど、あとは、順番のつけようがない。容姿にまったく自信のない真紀は、せめて真ん中くらいに入っていればいいのに、と、かわいさという点では、平均希望だ。
どうしたら、佐伯くんと釣り合うんだろう。見た目が釣り合わないんだから、もっと成績がいいとか、なんか得意なことがあるとか、せめてそんなことでもないといけないよね……
真紀が、そんなふうにぼんやり考えていたときだ。
「真紀はん、おじゃましまっせ」
「…………」
いきなり呼びかけられて、真紀は、一瞬で思考も体も固まった。一呼吸のち、恐る恐る声がした後ろを振り向くと……
そこにいたのは、子ども? いや、大人か?
身長だけなら低学年くらいの男の人が、思いっきりのにこにこ顔で立っていた。