92:防衛戦の進捗に、ダンジョンマスターは気を揉む
空から滴り落ちてきた、虹色の油膜の外観を持つ異形たち。
ダンジョンチームの活躍で、それらは順調に数を減じている。
「よし、今のうちに小休憩っ! 妨害要員を召喚するっ!!」
しかし、奴らに有効に止めを刺せるのはチェリとエルローネだけである。だが、もともと戦闘要員ではない彼女らにとって、常に緊張と集中とが要求される実戦は、かかる負荷が相当に大きい。
「芽吹け、若草のごとく――《活性の祈り》」
「ウォルくん、ありがとう。まだまだいけるよ~!」
「お師匠様の疲労低減のポーションです! 使えるときに使ってくださいっ!」
「ルートさん、ありがとうございます!」
前衛組が城門真下まで移動し、ウォルフの法術の影響範囲に入る。
幸いにして、肉体疲労の回復手段は多々ある。
問題は、精神的疲労の方だ。
「その子たち、なんだか懐かしいね」
そして、かつてチェリをダンジョンへと運んだ亜種のEランクユニット、《グノーメ》を大量召喚するタツキの隣に、体力賦活中のチェリが駆け寄ってくる。
「物を運ぶことと、何かを集めることが得意な奴らさ」
思えばこのユニットが、チェリを運んできたからこそ今があるのだ。
「えへへ。私も運ばれてきました」
チェリが、そんな可愛いらしいことを言うので、ついつい愛しくなって、自分より少しだけ低い位置にある彼女の頭をぐしぐしと撫でてやる。
「今回運んでもらう物は、物資と、そしてイロナシそのものだな」
大量召喚されたグノーメたちは、前衛組に水やポーション等物資を届けるとともに、黒砦兵たちと遅滞戦闘に突入するのだ。
「がんばってね」
チェリが、のっぺりとした、体毛のないグノーメの頭に、ひたひたと、励ますように触れる。心なきユニットが反応を示すことはないが、タツキに撫でられ、グノーメに触れる、その行為そのものが、チェリの精神疲労を癒しているのだろう。
この少女は意外と甘え上手なのだ。
「ダンナーっ! 助かる。ずいぶんと休めそうだ」
城壁の下からロベルトが手を振っている。
すでにグノーメ群の先端は、イロナシたちと接敵。
黒砦兵が転がした個体に一斉に群がると、それを、子どもの駆け足くらいの速度で戦場後方へと運搬していく。
「エルも今のうちに休んでおくんだ」
「はい」
荒事に慣れている男2人は、後続のグノーメたちから水入りボトルを受け取って、それをあおる。エルローネはロベルトの隣に座り、疲労低減ポーションを口に含むとともに、鞭を振るう右腕に塗り込んでいる。
「坊っちゃんはすげぇな。今度は俺たちが大暴走を起こしてるみてぇだ」
空の水ボトルを投げ捨ててヴォルドガングが立ち上がると、砦前の草原を埋め尽くす程のグノーメの大軍を見て、がははと笑う。
「でも、大半が消されていくのは、なんだかかわいそうです」
一方、幾分血色の良くなったエルローネは、その光景に悲哀を感じているようだ。
グノーメはタツキの親和ユニット魔族《亜種》、その最下級である。
今やどれだけ召喚しても、エリキシルの総量の自然増加分にすら満たない高コスパユニットである。
よって、倒される数を上回る召喚で、物量に任せて戦線を押し戻すという作戦が、一時的にだが成立している。
『ほどほどにね、やりすぎると敵が強化されるかもしれないから』
同様に、弾幕が薄いというか、グノーメの少ない場所に適宜ゾンビを供給しながら、サツキが忠告する。
『ああ。だからこその最弱ユニットだ。サツキもそうだろ?』
昨夜、酒宴の席に襲来したイロナシの攻撃を、サツキがゾンビで受けた際、2人はその構成エーテルがイロナシに吸われるという現象を目撃している。
大量のエーテルで構成される高ランクユニットが倒された場合、つまり、イロナシに大量のエーテルを吸収させてしまった場合、何が起きるか予測がつかないのだ。
「しっかし、勝利条件は何だ? 延々と防衛していればいいのか?」
「いいえ。…次元侵略が、終わりなく続くものならば…、世界は…とっくの昔に、真っ白になって…滅びています。…そうなっていない、ということは、…なにか、終息の条件が…あるはずです」
『――だ、そうだが、何か見えるか?』
と、サツキに参謀の意見を伝えると、
『視界はおにぃと一緒なのよ? 分かるのは敵の発生位置が常に同じってことくらいよ。あとは――』
珍しくサツキが言いよどむ。
『――これ、ゲームとかだったら、徐々に敵が強くなっていくヤツじゃない? で、最後にボスが出てくる』
『え? ちょ、おまっ、それ!?』
***! と叫びたいが、消失概念は言語化できない。
しかし、それで***が――、もとい伏線回収が回避されるわけでもなく――。
「おお!? 坊っちゃん、空だ! バケモンが空飛んでるぞっ!!」
「ほらみろっ! 対空戦力はチェリしかいないんだよっ! どーすんだよっ!?」
『あらぁー。ウェイブ2に突入したみたいね…』
多少ばつが悪そうに呟くサツキ。
「今飛んでるのは5匹くらいだから、たぶん大丈夫だよ。でも、もっと増えてきたら、私がたくさん必要になるのかなぁ」
そして、チェリは相変わらずのマイペースで、蝙蝠のような皮膜を持つイロナシに対峙するのだった。




