91:寒村の防衛に、ダンジョンマスターは思いめぐらす
『足止め系は機能するな』
『生気吸収系は全くダメね』
『槍衾は刺さってるのにダメージがない』
『ほんと、あいつらって、一体何なの?』
いつの間にか、検証大会が始まっていた。
その結果、足止めはできるが、罠ではダメージを与えられないという認識で一致する。地面から生えてきた、無数の槍が刺さろうが、紫オーラを纏った死神の鎌で切られようが、奴らは粘菌のような、スライムのような特性を発揮してぬるりとすり抜けてくるのだ。
そして、すり抜けた先で、今度は四足獣のような形態に変化して、駆けだしてくるから始末に悪い。
かと思えば。
「あ、チェリ、一番手前の落とし穴から抜けてきたやつを頼む」
「はーい。いっくよー!」
槍衾より小さな運動エネルギーであるはずの矢が、相変わらず一撃必殺の威力を誇る。
矢が刺さった部分が穴が開くように抉れ、その穴に吸い込まれるというか、裏返るようにして、この世界から消えていくのだ。
『あの挙動、キモいわ』
『同感』
『断末魔の叫びとか、あるの?』
サツキと共有しているのはイビル・アイ視点なので音声は届けられない。
『スライムが高速でブルブルしたらこんな音かなって感じの、濁った振動音的な何かが』
『ますますキモい』
「あっ! あっちも抜けてる。いっけ〜!」
鹿のような何かに変態し、駆け出しかけていたイロナシの背に、ストン、と矢が吸い込まれ、ブブブとかビビビとか苦しげに振動して、そして裏返って消える。
『威力もそうだけど、この距離でしっかり当てられることも驚きよね。彼女の外観が《エルフ》なことに関係してるのかしら?』
『でも、お――、い、言われてみれば…』
『なにか言いかけた?』
でも、おっぱい大きいよ、と、迂闊に念じそうになったので慌ててチェリに聞いてみる。
「チェリ、すごいぞ! 弓が得意だったんだな」
「う~ん? 私、弓は使ったことがないよ。…でも、なんていうのかな? とっても体が綺麗に動くの」
「――なるほど。もしかしたらチェリは、弓の魔技を持ってるのかもな」
彼女の言葉に改めて思い返すのは、ダンジョンマスターがユニットに憑依し、魔技を使う際の感覚だ。
「えへへ、だったらいいなぁ――。あっ、あっちにもっ!」
どちらかといえば鈍臭い方のチェリだが、確かに彼女が言うように、弓引く動作は淀みなく美しい。
『うーむ。今度から防具は胸当てがあるタイプがいいかな…』
『おにぃ、それ、どこ見て考えたの?』
思わず念じてしまった思考に、サツキがしっかりと反応する。
『弦が当たると痛い、と、何かで知った記憶がある』
今のチェリはローブ系の装備ゆえ、静と動の間で、たゆんたゆんと躍動している。何が、とまでは言うまいが。
『…もう。大きさに貴賤はないんだからね』
『全面的に同意するけど、それ、野郎のセリフでは?』
『うっさい。ほら、チェリはいいからあっちもちゃんと見る!』
あっち、というのは前衛組である。
エルローネをアタッカーとした3人組に、護衛の黑砦シリーズたちだ。
『こっちも安定の一言だな』
『女王様のおかげね』
そう、女王様である。
「エル! 1体流すぞ!」
「はいっ!」
パシィンッ!!
「こっちのトドメも頼む!」
「お任せくださいっ!」
ペシィンッ!!
『華麗なる鞭さばき』
『コール・ミー・クイーン、ね』
昨夜と同様に、彼女にはショートソードを支給しようと思っていのだが、耳元で『鞭がいいのですが』と、潤んだ瞳で囁かれ、思わずロベルトをガン見してしまった。
ロベルトは首をブンブン振っていたが、なるほど、これもチェリ同様、勝手に体が動く系かもしれない。
『いつもの《娼館で習った》ってやつかしら? でもこれ、そんな、習ったレベルの動きじゃないわよ?』
『前に使った際に、ものすごく手に馴染んで、その感覚を覚えていたとか?』
もしかするとエルローネお姉様は、夜の街限定の、真の女王様だったのかもしれない。
『ありえそうね…』
実に生き生きとした表情で鞭を振るっているので、要らぬ方に想像が膨らむ。
『ケモミミだから獣使いで、鞭に補正がかかる、とかかしら?』
『――もしそうだったら、何か作為を感じるよな』
エルフなチェリが弓を得意とし、モフモフのエルローネが鞭を得意とする。もしかしたら、鱗持ちのカミューも、剣以外の適性を持っている可能性がある。
『しかし、ユニット攻撃が効かないってのは完全に予想外だな』
『罠と一緒ね。斬れはするのにね。ダメージがないみたい』
黒砦シリーズだが、斬ろうが叩こうが、イロナシたちにはダメージがないことが分かった。そのため、常にダンジョンチーム側が多対一になれるよう安全管理に回ってもらっている。
『なんとなくだが、クロベニだったら行ける気がするんだが…』
ロベルトも、ヴォルドガングも、威力こそ違えど、確実にイロナシたちにダメージを蓄積させることができている。
『駄目よ。今はこっちが圧倒的に優勢だから、ベニはステイよ。おにぃ達の護りが薄くなる』
「はい、御館様、この群衆です。不届き者がいないとも限りません。クロベニは御館様方のお護りにに徹したいと思います」
彼女のベースはユニットである。タツキとサツキのやり取りが聞こえているのだろうか、クロベニは即座に反応を示した。
「…私たちはこのように、皆様の安全を保証します。故郷のミアズナに住みながら…、衣食住に加え、安全も手に入るのです。…いかがですか? ダンジョン・タウンの住人になりませんか?」
群集とは、参謀ウォルフの提案である。
彼は、望む村人たち全員を城壁の上にあげ、この戦いを見守ることを許したのだ。
彼らの合意が取れれば、タツキは《悪食の床》を解放し、ここミアズナを完全なるダンジョン空間とする。
防衛戦は、新たな局面を迎えたのだ。




