84:隣村へと、ダンジョンマスターは赴く
スローライフである。
そして、スローライフといえば田舎領地の経営である(たぶん、おそらく、きっと)。さらに、ミアズナはタツキが己の領地化した、まごうことなき田舎である。
「おお! 草原の緑と湖面、そして頂に雪を抱く山の稜線の絶妙なバランス。素晴らしい眺めじゃないか。スローライフの舞台にふさわしい」
翌朝。
すなわち、タツキがエルローネに弄られまくってふて寝した次の日。
身支度を整えたダンジョン・タウン御一行様はミアズナへと初めて足を踏み入れたのだ。
「あの気持ち悪いスライムどもに、ずいぶんと喰われてやがんな」
そう言ったのはヴォルドガング。
風光明媚、と呼ぶにふさわしいその景色も、森に近づくにつれ、少しずつ、白化の跡が増えていく。
「スタンピードを片付けたら残らずきれいに直してやるさ」
スローライフの実現に燃えるタツキは強気に言い放つ。
「じゃ、とりあえず、村に軽く挨拶していくか?」
本日の御一行様の内訳は、対イロナシ戦を想定した、ややイレギュラーな陣容である。
前線を務めるのは、エルローネ・ロベルトのペア。中陣に、チェリとクロベニ。本陣は、タツキとその護衛としてのヴォルドガング、そしてヒーラー要員がウォルフ・ルートのコンビだ。
他、戦力が必要になる場合は、専用魔技《万魔殿》が大いに仕事をすることだろう。
さらには最後に。
『あー、サツキ、見えてるか?』
『視界良好。すごいのねイビル・アイって。ゾンビ壁、どこでも出せそうよ』
タツキと念話的な、遅延なしコミュニケーションができるサツキがダンジョン・タウンに残り、本拠地防衛と前線サポートにあたっているのだ。
ただ、ピンチになったら集団ゾンビが土中からコンニチハするのは、精神衛生上よろしくなさそうではあるが。
「ダンナの言うとおり、夜間襲撃はなかったみてーだな」
「ああ。あいつらはエーテルを求めてるっぽかったから。ダンジョンマスターとしての経験上、夜間はエーテルの発散量が減るんだよね」
「寝てるときに魔技や術を使うやつはいねーってことか」
「それもあるけど、ダンジョンマスターにとっては、《感情の発露》がエーテルの発散なんだよね」
ワナジーマの地下空間が、すでにタツキのダンジョンであり、少なくない人間がそこで生活を送っている。そこからタツキのダンジョンコアに流れ込むエーテル量は、日中の方が夜間の3倍ほど多いのだ。
「だから、これは余談になるんだけど――」
タツキは苦笑しながら説明をする。
「ダンジョンパーツには即死トラップが少ないんだ」
それが意味するところは。
「なるほど…、いきなり死なれてしまっては…、ダンジョンマスターの儲けが…減ってしまうということですか」
あの夜の演説を経て、ずいぶんと自信をもって話すようになったウォルフが答えを述べる。
「即死系は…、緊急時。配置するとしても…ダンジョンマスターの寝所周辺…」
「罠とモンスターで徐々に苦しめて、恐怖の感情を出し尽くさせて殺すってか。そりゃ、身ぐるみ剥いでも命までは取らなかった、昔の俺たちより悪辣だなぁ」
がははとヴォルドガングが笑う。
「さらに死体は誰の所有物でもないから、エーテル分解できちゃうしね」
むろん、縁のある仲間がいれば、彼らの執着がそれを妨げるが、そうでなければまるっとすべてがダンジョンマスターの糧となるのだ。
これが、ダンジョン攻略中に死んでしまった冒険者の末路である。
『そう考えると、私たちってエコロジーな存在よね』
『なんだっけ、それ?』
『環境にやさしい。――まぁ、皮肉よ』
『環境、か』
ダンジョンマスター通信で割り込んでくるサツキの言は、言いえて妙かもしれない。
見方を変えれば、感情というクリーンなエネルギーを中心に、不要となった物質を取り込んで、素材や製品、そして食料を世界に提供するダンジョンマスターは、確かに*****な、もとい、環境にやさしい存在なんだろう。
「しかもタツキ様は搾取や殺戮を良しとせず、ダンジョンで生活してもらえばいいとお考えになりました。当たり前を疑うことは、なかなかできることではありません」
エルローネがタツキを持ち上げてくれる。
酒が入っていないときは、優しく理性的なお姉さんである。
そしてそれは、大抵はチェリの役回りなのだが、
「御台所様、ご気分が優れませんか?」
「う〜」
ミアズナに近づくにつれて、チェリの元気がなくなっていくのだ。
自分が何年も虐げられながら生活してきた村だ。
当然、思うところがあるのだろう。
「心配すんな――、と言っても難しいだろけど」
タツキはチェリのふわふわした栗色のくせっ毛をわしゃわしゃ撫でまわす。
あうう~、とくすぐったそうに、でも、うれしそうに微笑む彼女に、
「今の俺は、この国ナンバーワンのダンジョンマスターらしいから、大抵のことはどうにかなるさ」
場合によっては、ここでも《万魔殿》が大いに仕事をするかもしれないな。と、覚悟を新たにするのだった。




