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ダンジョンマスターと生贄の少女  作者: 緑 素直


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83:生贄の少女の過去に、ダンジョンマスターは思い馳せる

「そういえば…」


 しおれるタツキをによによと眺めていたエルローネが、思い出したかのように声を上げる。

「チェリ様は王族でありながら、なぜこのような扱いを受けておられたのですか?」


 たしかに。

 と、タツキも思う。

 自分の上に落っこちてきた少女は、薄汚れてやせ細り、王族どころか、一般の村人以下の扱いを受けていたように感じた。


「本来、チェリ様は、ワナジーマに流されて、そこで一生を送るはずだった」

 ロベルトは酒で唇を湿らせ続ける。

「だが、ゲオルグ殿が遠ざけたのさ」

 ワナジーマ防衛戦の祝勝会。そこで繰り広げられたおっさんトークの中で、話題、というか、懺悔があったらしい。


「娘――、カミュー殿が穢れ持ちだったせいだな。娘のためにも、これ以上の穢れは受け入れたくないという心理が働いて、チェリ様をミアズナに送ったらしい」

 ダンジョンマスターに救われたこと、なにより、カミューがその殻を破ったかのように生き生きとしていたこと、そして、その傍らに楽しそうに笑うチェリがいたこと。それが、ゲオルグに、己の過ちを悟らせたのだそうだ。


「――それでも」

 ミアズナでの、チェリに対する扱いは、あまりにひどすぎた。


「ああ。もちろんゲオルグ殿もミアズナに十分すぎるほどの養育費を支払い、物資や食料を定期的に送っていたそうだ」

「とてもそう思える状態じゃなかったぞ?」

 タツキが当時を思い出して述懐する。


「なら」

 ロベルトから怒りの感情が漏れる。

「その養育費を村の復興に充てたか、ポケットにしまい込んだかした奴がいたんだろうな」


***


 時は少しさかのぼり。


「何だあれは、何なんだったんだあれは!? この間できたダンジョンといい、一体あの村はどうなってるんだ!?」


 イロナシを目撃し、その襲来により村の一部の白化するという怪現象を目の当たりにしたミアズナ村長――デフリ準男爵は、自らがクワナズーマに救援を求めるという名目で、いち早く村から脱出していた。


「もう限界だ。あんな貧相で不気味な場所にこれ以上住んでられるか」

 豪奢、とは言い難い、しかし、ミアズナにおいては最も立派な馬車内で村長は独りごちる。


 と、言うのもこの男、家を継げなかった下級貴族の末で、国から「村長兼代官」としてミアズナを任されていたのだ。

 ミアズナは何代か前の王族の、避暑地造成事業の一環で開拓された土地である。当代王のお眼鏡にかなわず、衰退の一途を辿ってはいたが、書類上は国の直轄地なのだ。


 そして、当時、開拓の指揮を執ったのが地方貴族ミアズナ家の血縁であり――やはり家督を継げぬ末の者――、彼がそのまま初代村長兼代官を務めたという経緯から、代々、似たような立場の者が村長兼代官として国から送り込まれており、その流れでデフリが地位を継いだのだ。


 なお このような村落は国中に点在しており、下級貴族三男以下の貴重な就職先として機能しているらしい。


「いい加減、これまでの蓄えで、都での楽隠居を考える時期か?」

 報酬は、準男爵という1代限りの爵位と、そこに紐づく俸禄。


 腐っても、王族の避暑地・保養地候補の土地だ。

 何等の魅力があって選定された地であるため、多少の才覚のある者は村を発展させ、生み出される余剰価値を独自に商いして私腹を肥やすという、村人・村長双方が得をする選択肢を取ることができたが、不幸なことにデフリにはその才覚がなかった。しかし、私腹を肥やす欲だけは人一倍持っており、結果、当代のミアズナは、生活水準が上がらぬまま搾取され続ける寒村となってしまったのだ。

 

「ワナジーマから穢れた貴種を押し付けられたところまではうまく回っていたのだ。養育費や援助物資を外交に振り向け、ラグロア子爵家の庇護を取り付けた。さらにはあの穢れ女を使って邪悪なダンジョンを鎮めることにも成功した」

 思考を整理するためか、イロナシが放つ、理解不能な違和感を打ち払うためか、デフリは馬車内で独り言を繰り返す。

 

 しかしながら前者は単なる賄賂。後者は、タツキが町づくりを宣言したことに、恐れ慄きながらゲオルグに報告を行っていた事実が、綺麗さっぱりなかったことになっている。

 タツキがミアズマに興味がなく、あれ以来まったく手を出さなかったため、熱さがのど元を過ぎてしまったようだ。


「故に、今回もわしの才覚で乗り切って見せる!」

 過去を自身の都合の良いように解釈できる能力は、ある意味、前向きな才覚と言えるかもしれない。


 こうして、自身の欲望に忠実なデフリの馬車は、クリフホー地方の中核都市クワナズーマへと至るのだった。


***


「――でもなぁ」

 と苦笑するタツキ。


 お姫様であったにも関わらず、ミアズナで虐げられていたと思われるチェリ。


 彼女の苦労を思っていたところ、ふと、IF展開が頭に浮かび、迂闊にもそれを口にしてしまったのは、やはり酒が過ぎていたからであろうか。

「もし、チェリがあの村でそれなりに大切にされてさ、しっかりご飯も食べてたとしたら、落っこちてこられて押しつぶされた俺は、果たして無事だったのだろうか?」


 ぶっ、トロベルトが吹き出す。


 サツキとクロベニに抱き枕にされて、むむむ、とか言いながら眠るチェリは、今や健康優良女児。もともとの女性らしい、ふっくらとした体つきを取り戻している。


「大事にされてたらさ、チェリのことだ。きっと『私が生贄になります!』とか、自ら立候補するんじゃないかな?」

「チェリ様なら、あり得る」

 ロベルトも苦笑しながら頷く。


「で、涙ながらに俺のダンジョンに落とされるんだが、ちゃんと食べてて、農作業とかも手伝ってるから、しっかりと健康な体ができているわけだ」

 筋肉は重いって言うよね、と、ロベルトを見るが、今度の彼は、なぜか無反応を貫き、ついと明後日の方向を向く。


 そしてチェリはダンジョンへ落下する。

 志願して生贄になったので、当然手足は縛られておらず、着地の衝撃の後、足下には何故かぺたんこになって圧死したダンジョンマスターが。


「そして、そのままダンジョン攻略して凱旋、村の救世主として末永く幸せに、みたいな人生があったかも…って」


 と、そこまで言って、悪寒を感じたタツキは、ようやく己の失言に気づく。

 ――あ。これってもしかして体重ネタでは…。


「あとで、告げ口ですねぇ」

「ひぃっ!?」


 悪寒の源は、にこにこなお顔でワイングラスをくゆらすエルローネ。

 ヤバい、この人、酔っても記憶を保持できる魔技アーツ(?)持ちだった!?


「ですが」

 タツキが生まれたての小鹿のようにプルプル震えていると、エルローネが謎の圧を引っ込めて、ニッコリと笑う。

「少し前にとてもいいことをおっしゃいましたし、それで帳消しにいたしましょうか」

「えっ?」


「あれは俺のだ。誰にも渡さん――、でしたね?」


 くぁwせdrftgyふじこlp――

 そしてエルローネは、ワイングラスを月夜に掲げ、芝居がかったとても良いお声で、タツキが生み出してしまったばかりの黒歴史を、再度痛烈に抉るのだった。


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