08:ダンジョンマスターと宴の後
「にゅふふふふふぃぃ・・・もぅたべられませぇん」
ゆでダコのようにぐってりとなって、そしてタコさながらにタツキにまとわりついて離れないのは酔っぱらいのチェリ。
ベッタリとタツキの胸に顔を埋め、にゅ、で始まる謎の笑い声を上げながら、夢と現の間を行ったり来たりしている。
「……」
一方、飲めど飲めど顔色一つ変えないタツキは、優しくチェリを撫でながらこれからのことに思いを馳せている。とはいえ、撫でるその手のひらが、ややもすれば際どい所に行きがちなのは、彼も随分と酒の神様たぶらかされているからだろう。
「ふー。」
ふにふにと、チェリの暖かさと柔らかさと、あと、なんだかよくわからないけど安心する匂いを堪能しながら、タツキは静かにダンジョン拡張の構想を練る。
ただ、それら「人のぬくもり」は、これから構築するものが生み出す可能性のある、バッドエンドの痛みと辛さから、タツキを護ってもくれている。
タツキが現代人の感覚を持つ以上、自身の企みの先で人が命を落とすのは、やはり心に大きな痛みを与えるのだ。
「血塗れぬ正義はありえましぇん。我が君にょ、わひゃひは血濡れるあにゃたを永久にあいひまひょう・・・。にゅふん」
がばり、とチェリが顔を上げ、なんの吟遊詩人のサーガだろう、謎の台詞を暗唱し、そして再びポテリとタツキの腕の中に落下する。
「これ、マジで天然でやってんのかねぇ?」
最後の小魚の塩焼きを口の中に放り込み、タツキは苦笑した。
天然は天然でも、直感系の天然。
もし、彼女のパラメータが見えたなら「天啓」系のスキルを持っていたり、「運」の数値だけやたら高かったりするのだろう。
口の中に広がる塩味と、魚の旨味の詰まった油を、タツキはぬるいエールで流しこむのだった。
***
酔っぱらいのチェリを1人にするのはなんとなく心配で。
いやむしろ、タツキ自身が今は1人になりたくなくて、自身の部屋のベッドにチェリを転がす。
ダンジョン内はやや冷える。寝具は以下の組み合わせで作成し、「削り残し」た岩石製のベッドの上に設置してある。
>褒章≫生活雑貨≫絨毯(厚手)_アイテムランクD
>褒章≫生活雑貨≫クッション(羽毛)_アイテムランクC
>褒章≫生活雑貨≫ブランケット(羊毛)_アイテムランクC
それらにくるまって丸くなるチェリをほほえましい気持ちで見つめながら、タツキは現状を確認する。
フジタニ・タツキ
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ダンジョンマスターランク:2
・ダンジョン:現在 385(上限 780)
・ユニット:現在 0(上限 560)
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魔技
◯ダンジョンマスターの本能(親和:亜人)
・ユニット生成(D)/アイテム生成(C)/敵勢探知/ユニット視点/鉱物探知
◯異界の理(状態:封印解除)
・ステータス閲覧/自在掘削
謎のランクアップアナウンスを経て、タツキは自身のステータスを確認できることに気づいていた。
「ったく、なんのゲームだよ」
そしてその記述から、ステータスを見る、という行為そのものが、おそらく特殊なのではないかという感触も得る。自在掘削が「削り残し」を指すのであれば、この「封印解除」が思わせぶりな「異界の理」なるカテゴリーが、今後の自分の生命線ではなかろうか。
ゲーム、という単語は一般名詞だからだろうか、すんなりとタツキの脳裏に浮かぶも、自身が果たしてゲームに熱中していたのかどうかとなると、とたんに何もわからなくなる。
ただ、ステータスから読み取れることは、ダンジョンの拡張及びユニットの召喚には上限が有り、ダンジョンであれば部屋を追加したり、その部屋に罠や装飾などのオブジェクトを追加するごとにポイントが加算されていく方式らしい。
ちなみにこのダンジョン、浴室とその装飾、そして機能を維持するトラップ一式で200 point 弱を消費していたりする。
「このままじゃお風呂ダンジョンだ。さすがに、そろそろ外界に対する対策をしないと詰む」
これは「ダンジョンマスターの本能」が警告するところでもあるが、タツキ自身の感覚は少し違っていた。
エリキシルの枯渇で詰む可能性は、チェリという、感情豊かな、もしかすると豊かすぎる少女によって排除されている。
しかしこのままでは「情報格差」によって、そう遠くない未来に詰むだろう。
何しろタツキは、チェリがただ単に「感情豊か」なのか、それとも「豊かすぎる」のかも判断できないほど、この世界の情報を持っていない。
このままでは、味方にすべきものを遠ざけ、敵対すべきものを引き入れるというミスを犯すだろう。その判断基準の一切を、タツキは持たないのだから。
「優秀な参謀役が必要だな」
「ふにゅぅんー」
残念ながら、わざわざ寝息で相槌をうってくれるこの少女は参謀たりえない。
田舎の生活、しかも隔離されてのそれでは、得ている情報はタツキと大差のないレベル。
「ま、それは冒険者に出会って考えるとして」
話せるような奴がいれば協力を仰ぐ。いや、とりあえずは対等な関係を築く。
初めての、チェリ以外の人物との邂逅を間近に控え、タツキは画策する。
そのためには。
「まずは戦力において、話し合いができるレベルの拮抗状態を作り出す」
さらにそのためには。
「ユニット生成・・・って、うはは、どんだけ居るんだよ」
酔っ払っていい気分のタツキは、独り言もだだ漏れでゲラゲラ笑う。
ふにぃ、とチェリは寝返り。
脳裏に展開されたのは以下のツリー。
>獣族
>神族
>死族
>魔族☆
これはまだ第一階層。
例えば「魔族」を展開すると、以下となる。
>魔族☆
≫亜人種★
≫魔人種
≫異形種
さらに「鬼種」を展開。ついで「亜人種」を展開。ようやく見慣れたユニットたちが出てくる。
≫亜人種★
採集_E:グノーメ
戦闘_E:ゴブリン
戦闘_D:オーク
ユニットを選択するよう念じると、詳細な能力が閲覧できる。
「カードゲームかよ。って、ああ、概念を言葉に出来ない」
*******カードゲーム。略して***。
「これはあれだろ、お店で袋に入った、中に何が入っているか分からんカードのセットを買ってきて、様々なカードを集めて、組み合わせて、双方の能力の利点を増幅させて…って、あれ? いいのかこれ、マジで?」
いたずらにツリーを展開し、ユニット能力を閲覧していたタツキははたと我に返る。
今の彼には知る由もないのだが、この世界のダンジョンはすべて単系等。
例えば王都トキアト近郊に広がるランク6のダンジョンは「魔神窟」と呼ばれ、最奥にはマオウが存在すると噂される魔族のダンジョン。他にも、死族の「冥界宮」、獣族の「大密林」などがこの世界の名だたるダンジョンとなっている。
余談ではあるが、「魔神窟」のアイテムは武具の他に、調度品や嗜好品に優れ、「冥界宮」は薬品材料、「大密林」は食料と、人類の生活、発展に欠かせない資源を生み出し続けている。
ゆえに。
「やべぇ。拮抗どころか、俺、負ける気しないわ」
「ふにゅにゅにゅにゅー?」
酔っ払って気も大きくなっているタツキは、ワシャワシャと眠るチェリの頭を乱暴になでて、その隣に滑りこむ。そして、チェリの体温によって程よく温まった寝床で、あっさりと意識を手放すのだった。
2015/10/18:ユニットランクの矛盾を解消しました。
いつも読んでいただきありがとうございます。