82:酒精の力を得て、ダンジョンマスターは決意する
「ダンナもエルも、もしかしたら薄々気づいているかもしれないが――」
しゅわしゅわロゼで口を湿らせたロベルトの、大事な話の口火はこのように切られた。
「――チェリ様について、情報を共有しておきたいんだ」
ロベルトは、出会った当初からチェリのことを敬称付きで呼んでいる。
彼はタツキに忠誠を誓ったのだから、そのパートナーにも敬意を払っているのだろう。
当初はその様にとらえ、深く考えていなかったが、確かにこれまでも疑問ポイントはいくつかあった。
まずロベルトは、主であるタツキのことは、ダンナ、と、ずいぶん気安く呼んでいること。次いで、タツキに忠誠を誓う際、剣を授かる儀式を求めたことから、騎士経験者である可能性が高いこと。さらに、大都市のギルドマスター・ギースとは旧知の間柄であること。
その様な人物が、おそらく主人以上に敬意を払って様づけでチェリを呼ぶのだ。
これらの事実から、タツキは『もしかするとこの娘、意外と身分の高い生まれなのかなぁ』程度には思っていたが。
「あの方はこの国の、ヒーズルの王女なんだ」
「え? 王女様?」
告げられた事実はまさかのトップクラス。
そこまで大物とは。
「ダンナはあんまり驚かないんだな?」
「いや、それなりに驚いてはいるんだけど――」
尻尾がブワッと膨らんでいるエルローネに比べると、タツキは落ち着いたものだ。
なにせもともとメンタルは現代**人。この国に対して帰属意識を持ちようがないし、王侯貴族が存在する、いわゆる封建制に対する肌感覚もない。故に王族という権威が持つ重みを、ほとんど理解できないのだ。
「――まぁ、チェリだしなぁ」
なるほど、基本ポンコツなのに、時々ものすごいカリスマとか、オーラとかを出すことがあるのは、そのせいなのか。と納得する程度である。
「だからといって、いまさら『王女様を返してくれ』って言うわけじゃないんだろ?」
と、タツキも杯を傾ける。
酒精を重ねてきた体に果実味のある炭酸が心地良い。
「そこは、情勢によるな」
「え? 返せってなるの? やだよ」
あれは俺のだ。誰にも渡さん。
などと、酔った勢いで口に出してしまうと、エルローネさんから事あるごとに弄られるので自粛。
「第2王子派が本腰を入れて動き出せば、可能性としてあり得る」
すると出てくる何やらきな臭いワード。
「第2ってことは、後継者争い系の話?」
タツキは嫌そうに続きを促す。
「いや。リード王はまだご健在だが、各王子は派閥の足場固めに動いておられる」
「え~。後継者は決まってるのに、第2皇子が野心持っているってこと?」
「あー。野心というか、個人的な正義感というか」
難しい顔をしたロベルトが酒を注いでくれるので、返杯する。
やはり、めんどくさそうな話だ。
「ウィルム様は私のような者ことをあまりよく思っておられませんから…」
膨らんだ尻尾を恥ずかしそうにしまい込み、エルローネがその先を継ぐ。
「私のような者? それは、いわゆる《穢れ》ってやつに関係すること?」
「はい。中庸派のリード王、融和派のアルド皇太子、嫌悪派のウィルム第2皇子。御三方のお考えはそれぞれに異なっているのです」
私が王都の娼館に居場所があったのもアルド様のおかげと言えます、とエルローネは続ける。
「ダンジョンに対する姿勢も、概ねそんな感じだ。あー。それから一応補足しておくと、リード王は巷じゃ中庸ってことになってるが、何もお考えになっていねーだけだからな」
いつもの口調に戻ったロベルトから漏れ出るのは、王に対する親愛の情か。
「えっと、前例踏襲の愚王系?」
一応聞いてみるが。
「いや、興味ないことはほったらかしの、才能が武に特化した系」
「ギースさんみたいな?」
「おやっさんは親友らしい」
だいたい分かった。脳筋系か**会系だ。
《穢れ》やダンジョンに中庸ではなく、全く気にならない派だな、とタツキは理解する。
「さらに補足すれば、ウィルム第2王子がリード王の正妃の子で、アルド皇太子の母は第2妃。正妃派閥は当然、彼女の息子を次代の王にしたいと考えている」
「え、ごめん、酔っぱらいの脳には情報量が多い」
「正妃様の穢れ嫌いのご令息が、生まれ順で第2皇子になってしまったので、その派閥がロビー活動に勤しんでいる、ということです」
確実にタツキの倍は、飲んでいると思われるエルローネが、すらすらと情報を整理する。
「王位継承の順番って、決まってないの? ロビー活動で覆せる仕組みなんだ?」
「エルも触れたように、王直系の男子で、生まれ順だったはずだ。あー。参謀殿は幸せそうに寝てやがるな」
こんなときに、うんちくを語ってくれそうなウォルフはルートとともに夢の中である。
「ってことは直系男子の、アルド王太子は盤石なのでは?」
本来はそうなんだが、と言ってロベルトが酒を注ぐ。
「そこで出てくるのがチェリ様だ」
「え。出さんでいい。頼むからそっとしといて」
タツキは心底いやそうな顔をする。
ダンジョンマスターとして目覚めてからこの方、激動の人生なのだ。いいかげんスローライフをさせてほしい。
「チェリ様はアルド皇太子の妹君なんだ」
「まぁ。なんてやんごとなき御身分」
「だからこそ、皇太子失脚の材料として表舞台に連れ出される可能性がある」
「なるほど。アルドの母は穢れを産んだ。息子である皇太子にも穢れがあるにちがいない、ってかぁ。――でもなぁ」
それはないだろう。
つまり、己の都合で勝手にチェリを捨てておいて、今度は他人を貶めるためだけに連れ戻すってことだろ?
タツキは杯を空け、
「今の俺は、どうやら魔神窟越えのダンジョンマスターらしいぞ」
そう言って不敵に笑う。
「つまり、チェリはこの国最大のダンジョンに匿われているってことだ」
「まぁ、そのダンジョンは、誰でも入れる辺境の小さな村だけどなー」
「そこ、だまらっしゃい」
茶化すロベルトに突っ込んで、タツキは義憤に拳を握りしめる。
「ゆえにだな」
そして、ゆらりと立ち上がると、勢いのままに言い放った。
「何が来ようとチェリは俺が守る。あれは俺のだ。誰にも渡さん!」
――あ。
そして、エルローネさんが、両手で口元を可愛らしく隠しながら、しかし、物凄くいい笑顔で笑っている事に気づいて、
「い、今のナシ! 忘れて、忘れようね!」
しおしおと萎れていくのだった。




