81:月光の下で、ダンジョンマスターは仲間たちと親交を深める
「あっちも盛り上がってるなぁ」
拡張ついでに白化した環境を補修しながら、ミアズナ方面にゆっくりと、しかし確実にダンジョン化を進めていくタツキ。
眼前には、イロナシ撃退の立役者となってしまった、エルローネとチェリ、そしてクロベニを称える酒盛りの輪が出来上がっている。
タツキのダンジョンは、新たな入り口前、つまり現在宴会場と化しているこの草原から街道につながり、周辺環境情報を参照・模倣しながらミアズナに向けて拡大している。速度的には、この大きな月(?)が天辺を超える前には、新たな領土が手中に収まることだろう。
ワナジーマとミアズナ。
「これで、ラコウと国境を接するこの地域一帯は、すべて坊っちゃんの領土ですな、がはははは」
などと恐ろしいことを呟いていったのは、酒の補充にやってきたヴォルドガングだ。
エールの樽と、ワイン瓶をいくつか小脇に抱えてのしのしと、女性たちを称える酒盛りの輪に帰ってゆく。危機を伝えに来たミアズナ村民の2人も、酒と肉の魔力に篭絡されてしまったようで、ちゃっかりと宴メンバーとなってしまっている。
「はい、おにぃも2次会用」
「ああ、ありがとう」
よって、己の仕事を進めるタツキのパートナーは、引き続き、同郷のダンジョンマスター、サツキである。
「なんかこれ、癖になるよな」
「紹興酒っぽい? もしかしたら命を養う方かも?」
「あー、そういや、そんな名前の酒があった気がする。思い出せんけど」
2人でサツキが出してくれた薬酒をちびちびと舐めながら、こういうのもいいなぁ、と思う。
「で、女神様は、向こうに混じらなくていいのか?」
「おにぃ」
やや照れた感じの《おにぃ》が、
「お芋の女神様」
「おにぃ」
怒りの《おにぃ》にクラスチェンジする。
しかし、すぐに甘やかな笑みを浮かべると、
「久しぶりにおにぃを独占できるチャンスだから、ここでいいわ」
とタツキに寄りかかってくるのだった。
***
そして、月は天辺を少し過ぎただろうか?
「よし、ミアズナ掌握完了だ」
タツキは、寄りかかって眠るサツキを起こさないように、座ったままで小さく伸びをする。
「いや、なんというか死屍累々だな」
ミアズナが、ではなく、この屋外宴会場の話である。
男性陣は大いびき。ウォルフとルートはお互いにもたれあうように眠り、ロベルトだけが多少眠そうにしながらも、エルローネの執事として、そしてタツキの剣として周囲に目を光らせているという、いつもの宴の終わりの光景だ。
「タツキ様の出してくださるお酒が、おいしすぎるのがいけないのです。サツキ様の作ったお料理も」
その中で、チェリとクロベニを膝枕しながら、深紅の液体の入った杯を片手に月を見上げるエルローネ。
料理はまぁ、調味料の種類から違うからなぁ、とタツキは苦笑する。
天然岩塩と、タツキの褒章が生み出す現代**に匹敵する種類の調味料を、それらの知識・技術と、料理センスとを併せ持つサツキが使うのだ。相当美味いに違いない。
『おにぃの褒章ラインナップって、雑貨屋と酒屋が合体したかのような品揃えよね。私は漢方薬局かしら?』
と、いつかサツキが呟いていたような気がするが、言いえて妙である。
その3店舗があれば生活の質が上がる事は間違いなかろう。ほかに足りていないのは生鮮食品店だろうか? まだ見ぬ獣系ダンジョンがそれにあたる気がしてならない。
《草種》のカテゴリに植物型モンスターもいるから、野菜や穀物なんかも褒章にあったりするのではなかろうか。
「うーん、あとは獣系ダンジョンか。どこかに沸いてないかな?」
「ダンナはいったい何を企んでるんだ?」
「いや、サツキみたいに、獣系のダンジョンマスターを味方に取り込めたら、食料も出せるんじゃないかな、と」
「ダンナはいったいどこを目指してるんだ?」
ロベルトが苦笑すると、
「私たち皆の、幸せですよ」
エルローネが彼の手を握る。
「サツキ様はきゅーおーえるが重要、と仰っていました」
「なんだそれは?」
「生活の質、だそうです」
「生活の質、ねぇ?」
ロベルトが自分の杯を空ける。
「俺たちは今、すでに、ものすげー質の高い生活をしてると思うんだがな?」
そう言って首をかしげると、エルローネがおっとりとした笑みを浮かべる。
「本当ですね。飢えることなく、きれいな水が与えられ、いつでも好きな時にお風呂にはいれる」
「酒が飲める宴なんざ、普通に生きてりゃ収穫祭の時くらいだぜ?」
「ええ。それから、お洋服はいつも清潔ですし、与えられたお部屋は暖かくて快適です」
「ああ。隙間風もねーし、虫1匹いねぇ」
「はい。王侯貴族だって、こんな素晴らしい生活はできません」
「…王侯貴族か。確かにそうだな」
ロベルトとエルローネ。
当人たちにそのつもりはなかろうが、婉曲的なタツキべた褒め攻撃である。
「あ、あはは、さすがにそろそろ片付けるか」
ムズムズと居心地が悪くなってきたタツキは、宴の終わりを提案する。
「ダンナ、ちょっと待ってくれ」
「ん? まだ呑み足りないか? 給仕ばっかしてたもんな」
「そうじゃなくてだな」
ロベルトが、いい笑顔を浮かべるので、タツキは、ああ、これはきっと大事な話だな、と居住まいを正す。
「――いや、ダンナと話すときは呑みながらのほうがふさわしいか」
「いいね。じゃ、まだ飲んだことのないのを出そう」
互いに幾度かの危機を乗り越え、盃を交わしあった間柄だ。このように、ある程度の呑兵衛非言語コミュニケーションが可能である。
「あ、あの、私もご一緒していてよいのですか?」
そこに、おずおずとエルローネが混ざってきた。
『お2人だけの大事な話なら、私は退散いたしますが《まだ飲んだことのないの》に、後ろ髪惹かれまくりなのです』
と、口にこそ出してないが、上目遣いな瞳と、耳と尻尾で雄弁に語っているエルローネ。
どうなんだい?
と、タツキがロベルトに目配せすれば、
「ああ。エルにも知ってもらって、意見が聞きたい」
などと言うものだから、いつもはしっとりと落ち着いたお姉さんが、少女のように瞳をキラキラさせて、無意識に丸まっていた尻尾が、いまやブンブン振られているのがめちゃくちゃ可愛い。
「じゃ、眠り姫たちには、心地よい寝床を用意しよう」
エルローネが膝枕するチェリとクロベニ。そしてタツキに寄りかかるサツキとを、まとめて生成したラグやら毛布やらクッションやらで形成したもこもこ空間に押し込む。
んー、とか、むーとか言いながら、クロベニもサツキも、しっかりとチェリに抱き着くのは、なんというか、圧倒的な母性的パラメータの差なのだろうか?
「タツキ様?」
何をもって母性としたかは内緒である。
ちなみに、ここはオープンな草原とはいえダンジョン空間だ。謎技術《環境創成》が支配する、屋外のように見える異次元。よって地面からの湿気や冷えなどは存在せず、空調の効いた屋内に近い心地よい環境である。
捨て置かれている男たちもさぞ心地よく眠っていることだろう。
「そして、残った俺たちは3次会だな。では、あらためて――」
「「「乾杯」」」
杯を酌み交わす3人。
ちなみに《まだ飲んだことのないの》は、ピンク色でシュワシュワスパークするロゼワインだった。




