79:少女たちに守られながら、ダンジョンマスターは領土を広げる
タツキが、ダンジョン・コアから膨大なエリキシルを引き出し、エーテル変換を行った途端に。
「おい、ダンナ、明らかに狙いが変わったぞ」
緊張した面持ちで、ロベルトが両手剣を抜刀し、タツキを守るように立つ。
「やっぱりあいつ、エーテルが欲しいんだ。エーテルに惹かれる害虫のような存在、イロナシ」
だが、事は一刻を争う。
なぜなら、
「ミアズナ周辺の森の一部が白化している。あの辺が出所かもしれない」
ガーゴイルとイビル・アイは、その発生源らしき変異を見つけたからだ。
「ロベルト、護りは任せた。俺は街道沿いにダンジョン化を進め、そのままミアズナを手中におさめる。サツキ、さっきみたいにロベルトを支援してくれ!」
「承知した!」
「任せなさいっ」
「坊っちゃん殿、俺たちもいますぜっ! お前ら、飛び道具か長物に持ち替えろっ!」
「町会長さんが、あいつにつけた傷が消えていません。攻撃は有効です。皆さんにも、――燃え上れ、炎のごとく《勇者の祈り》」
「おおー、漲ってきたぜっ!」
ロベルトを中心として、タツキたちのテーブルにも支援の法術が降ってくる。
「俺にもちゃんと効くんだな」
タツキも、ダンジョンマスターではあるが、心の奥に灯がともったような、今ならなんでも成し遂げられるような、強い気持ちになる。
「神々は、正しき心に加護をお与えになります」
ウォルフが、彼にしては珍しく得意げな顔をする。
「だけど、ちょっと効きすぎじゃないか?」
「え?」
なんと、ゆらりと立ち上がったエルローネが、左手にワイン瓶を持ち、右手でタツキの出した剣を持っているではないか。
「私、娼館で護身術も修めてたんですよぉ~」
などと、ほんのりと頬を染め、眦の垂れた美しいお顔でのたまっている。
「あー、ロベルト、あちらのお方の護衛を最優先で頼むわ…」
「お、おおっ!? い、いや、イロナシの狙いはあくまでダンナなんだが」
タツキもあわてて防御系のユニットの検索を始める。
何せ、背中でふんすふんすと、チェリの鼻息がどんどん荒くなっていっているのだ。このままでは、ナイフとフォークあたりをグーで握って前線に飛び出しかねない。
「お兄さん、ポーションは、爆発だよっ!」
そして立ち上がる、もう一人の女傑。
「ルートさんまでっ!? 落ち着いて。ああ、静心の祈りで中和を…っ!」
紫色の、いかにも爆裂しそうなポーション瓶を両手に持ったルートに、助祭モードのウォルフも、さすがにあわて始める。
「皆様、ご安心ください」
そこに、涼やかで落ち着いた声が降ってくる。
「町の皆様をお守りすることは、衛兵の誉れです」
そうだ。俺やチェリに勇者――、もしかすると狂戦士かも、なバフがかかっているのだから、俺を抱きしめるように寝ていた彼女にも、等しくかかっている。
酔いがさめたのか、それとも、溢れる闘争心が酔いを凌駕したのか。ダンジョンタウン最強のユニット、名付き黒砦大将軍のクロベニは、ゆるりと立ち上がると、その凛とした美貌に、燃えるような闘志を纏わせて宣言する。
「望む方は私に続いてください。――我が名はクロベニ。いざ、参るっ!」
クロベニが滑るように大地を蹴る。
「なっ、視える!」
「どうしたロベルト?」
「クロベニ様が、私たち、戦う意思を示した者たちを指揮しておられます」
「エルローネ?」
「ベニちゃん、分かった。私も行くね。タツキ様を守る!」
「チェリっ!?」
ロベルトとエルローネ、そして弓を選択したチェリまでが、タツキの眼前に立つではないか。
「となれば、ダンナはダンナにしかできねーことに集中だな」
両手剣を担いでエルローネに並ぶロベルトに、
「そう。ミアズナ掌握が最優先だね。行こう、お兄さん」
ルートが補足する。
「はい。行きましょう。――祓え、神域のごとく《防魔の祈り》」
そして、どこか月光に似た、法術抵抗力向上のバフが、クロベニの魔技《軍学の賦与者》指揮下の者たちに降り注ぐ。
「皆様、削り尽くしてください。この種の手合いは一片も残してはいけません。はあぁっ!!」
降り注ぐ、クロベニの斬撃。
迎え撃つは、
『Gyurぃぃぃiiiieeeっ!!』
精神を削る高周波。しかし。
「おおっ、こりゃいいぜ、絶叫攻撃が和らいでやがるっ!」
ウォルフの守りがその威力をそぎ落とし、
「よし、俺たちも衛兵隊長のねーちゃんに続くぞっ!!」
「「「おおおっー!!」」」
町会長たちが、タツキの生み出した斧や槍で、イロナシを滅多打ちにしていく。
それら導線や連携は、長年の訓練の成果であるかのように美しい。
「見事よね。クロベニの魔技のせい? ウォルフの《法術》と違って、私たちには効いてないみたいだけど」
「そうだな」
ダンジョンマスターに対しては、反逆や誤爆防止のための、安全回路なんかがあるのだろうか。
などとタツキが考えていると、サツキが、やや遠慮がちに、チェリがしていたように背中からそっとタツキを抱きしめる。
「おにぃのことは私も見ててあげるから、さっさとやっちゃいなさい」
「お、おう。ありがとう」
ちっちゃくても、ちゃんとあたたかくてやわらかくて、多幸感に包まれる。
などと、若干失礼なことを考えながら、タツキはエーテル浸食と、物質転換。状態固定と形状記憶化、すなわちダンジョン空間の拡張作業に集中していく。
「今ですっ、エルローネ様」
クロベニが開き、ヴォルドガングたちが穿った空隙。そこに、ロベルトの後ろから飛び出したエルローネが、《軍学の賦与者》の導きのまま「え~ぃっ!」と、ショートソードを一閃する。
『Gyiiiiyyyaaaぁぁぁああぁeeぇぇeaaa!!』
「うぉっ!?」
「どういうことだ!? 俺たちと威力の桁が違うぞっ!」
斬撃を受けた部分が蒸発したかのように抉れ、イロナシが確実にその体積を減じる。
「そして御台所様っ! 止めをお願いしますっ!!」
「チェリだってば。いっくよーっ!!」
そして、
「むむむむむむーっ!!」
と、顔を真っ赤にして弓引くチェリ。
「ええっ?? 何あのエーテルの奔流!? あんなの、おにぃでなくたって見える」
引き絞られた弓。そこにつがえられた矢に集まる感情は、タツキに対する思慕であり、この町に対する愛着であり、そこに暮らす人々に対する慈愛であり、チェリがようやく手に入れた、小さいけれど、暖かで、優しい世界に対する深い愛情であった。
「どーんっ!!」
ダンジョンマスター2人にしか見えない莫大な感情。それが《軍学の賦与者》の支援を受けて、まっすぐイロナシに吸い込まれる。
「すげぇっ! 貫通したぞ!?」
「どてっ腹に真っ黒な穴が」
『aAAaぁぁa――』
それが断末魔の叫びだったのだろうか。
チェリの弓が開けた暗い穴。そこに、イロナシの残された部分が落ち込み、『――xxaあAaaa…』一瞬の抵抗を見せるも、ぎゅるりと裏返るように、あっという間に吸い込まれ、跡形もなく消えてしまったのだった。




