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07:ダンジョンマスターと冒険者

 生まれたてのダンジョンを潰す。

 それはひどく人を選ぶ仕事だった。


 最も大きな要因は、実入りを期待できないところにある。


 ダンジョンは人を寄せるため、その胎内に様々な価値あるものを生み出す。

 魔法のかかった武具や防具。計り知れない価値を持つ装飾品や、そこでしか入手できないな嗜好品。さらには、現在の技術では作り出せないほど高度な調度品など、ダンジョン産アイテムの価値は計り知れないものがある。


 だが、それらアイテムは十分に成熟したダンジョンから、命の危険と引き換えに産出されるもの。生まれたばかりのぬるいダンジョンは、二束三文で買い叩かれるようなものしか生み出さない。


 それでも食い詰め者や駆け出し冒険者には重宝される。彼らが足繁く通ううちに、ダンジョンは複雑さと難易度を増しながら成長していくのだ。


 つまるところ、ダンジョンと人は共生関係にあると言っていいのだろう。


 で、あるのならば。

 食い詰め者も、駆け出し冒険者も通うことのできない僻地にできたダンジョンに、どんな価値を見いだせというのか。


***


 およそ2日前。


「課長、結局潰すことになったのですね?」

 ダンジョン管理課長補佐。

 ゆるくウェーブのかかったピンクブロンド。切れ長の瞳の美人だ。妙齢、といっても20代中盤くらいか。紺を基調とした冒険者ギルドの制服を一部の隙なく着こなしている。


「ルイーゼか。規定上も問題無いだろう」

「はい。《ヒーズル王国ダンジョン管理規定》、権利の項、《緊急遺棄》を適応できます」

 彼女は秘書よろしく眼前の男――ダンジョン管理課の長――に語りかける。

「しっかし、最近多いような気がするんだがなぁ?」

 短く刈り揃えた髪も、そして無精髭も。時を経て随分と白くなってしまったが、その好奇心に満ちた青の瞳と、冒険で鍛えたどっしりとした肉体が彼を一回りほど若く見せている。


「はい、ギース課長。ここ数年はダンジョンの活動が活発らしく、各地の支部から報告が上がってきています。課長ならすでにご存じのことでしょうけど…」

 ルイーゼは「ちゃんと把握していますよね?」な、視線をギースに投げかけ、数瞬の後にその白い額に少しばかりのシワを寄せる。読み進めていた計画書に、気になる点があったのだ。


「あの者たちを派遣するのですか?」

 それは、ダンジョン潰しの実行パーティにあった。

「まあな。俺もイヤだが、今回は緊急性を有する上に他にロクな志願者がいねぇ」


 ルイーゼはその細く形の良い指を顎に当てて思案する。

「では、ミアズナには至急防衛要員を派遣し、ダンジョン討伐要員の募集期間を延長しては」

「それは俺も考えた」


 ギースはふぅ、と息をつく。

「だがな、奴らは条件を満たしている」

 課長の言わんとしたことを理解したルイーゼも、ほぅ、とため息を付いて、

「確かに」

 と呟く。


「緊急遺棄懸案の解決数9。実績は十分ですね」

「実績は、な」

 ルイーゼの声音に皮肉を読み取り、ギースも苦笑する。

 実績があり、成功の可能性が十分に担保されている以上、募集期間延長は予算の無駄遣いでしかない。


 資料にある志願者の名はネイハム。職位持ちジーンホルダーにして冒険者ランクC。

 冒険者になる際、家名は捨てているが、伯爵15家に名を連ねるベンケン家の4男。そして、異端児であり、異常者であることは、すでに公然の秘密である。


 依頼達成より殺戮を好み、さらにはモンスターよりも、盗賊団など「人」の討伐任務を好んで受ける。


「ったく、お貴族様は血が濃すぎるんだよ」

 300年を超える歴史を有するヒーズル王国も、貴族間での婚姻が重ねられた結果、少なくない異端を輩出するに至っている。その一人がネイハムであるというわけだ。


「猫の手も借りてぇ状況だって時に、やってきたのは化け猫だったってところか?」

「言い得て妙、かも知れませんが化け猫は持ち上げすぎですね」

 冒険者ランクは下はDから上はSまであり、Dは登録されたばかりの冒険者に与えられるランクだ。

 奇異な噂ばかりが先行するとはいえネイハムはCランク。実力的にはランク3のダンジョンに潜れるかどうかといったところにすぎない。


「なるほど、違いねぇ。せいぜい、化け猫になるかもしれないただの性悪猫だな」


 ギースは、この件はこれで終わったとばかりに机の上のマイカップに手を伸ばす。それは若かりし頃、ランク1のダンジョンで得た初めての戦利品。

 不思議な素材で出来ており、軽く、落としても割れることがないため、数十年を過ぎた今日も愛用している。


「そうですね。あ、課長。今日はコーヒー、まだでしたね」

「おお、すまねぇな。やっぱりルイーゼの入れるコーヒーがいちばん旨い」

 そのしぐさを見て、デキる秘書を自認するルイーゼは豆とミルを戸棚から取り出した。


「お褒めの言葉は、ぜひお給金に反映させてくださいね」

 ルイーゼ機嫌よくミルに豆を投入し、ゴリゴリと挽いていく。

 ちなみに彼女には、貯蓄癖があり、ケチや守銭奴とまでは行かないが、財布の紐はとても硬いのだ。


「・・・これがなければ行き遅れなかったかもしれんなぁ」

 コーヒーの良い香りに包まれながら、なんの気無しにギースがつぶやく。

「なんですってーっ!!」

 ギョリっと、ミルがなかなか愉快な音をたてた。


 余談ではあるが、その時ギースに供されたコーヒーには、人生の苦味がこれでもかと凝縮されていたらしい。


***


「ふえっきしぃっ!!」

 そのころ、冒険者ギルドのエントランスホール。

 性悪猫の噂がひとりの男のくしゃみを誘った。


 第一印象は赤髪の優男。要所を金属で補強したレザーアーマーと濃紺のマント、腰には剣とナイフを佩いている。

 視界の端に捉えても、記憶にすら残らない、どこにでも居る軽戦士ライトアーマー。しかし、一度彼と視線を合わせた者は、その瞳の奥の狂気に気づくことだろう。


「おやおや、大事の前だというのにお風邪ですか?」

「ふん」

 ギルド内の待ち合わせスペース。

 5~6人が座れるテーブル席が5組ほど配置されており、冒険者達はここで打ち合わせや戦利品の分配を行う。奥には厨房も有り、比較的安価で酒や食事も提供してくれる。


 ネイハムのテーブルには3人が腰掛け、少し離れた所に2人が立っている。

「黙れ。死肉喰獣ハイエナ商人」

 座っているのはネイハム自身と、彼に今声をかけた青年。そして魔術の発動体と思しき短杖ロッドを握った、辺りにせわしなく視線を向ける神経質そうな男だ。


「これは失礼。大変にお元気そうですね」

 そのやや病的な魔術師とは対象的に、商人と呼ばれた男は誰よりも堂々としている。緑の羽根帽子がよく似合う、まるで舞台俳優のような気障な男だ。


 彼は「死肉喰獣ハイエナ商人」の呼称を訂正することなく、その帽子を脱いで軽く一礼。

 それきり、テーブルには沈黙が落ちる。


 ネイハムはその結果に満足したかのようにナイフを研ぐ。

「しかし、良い世の中になったものだよ」

 瞳には狂気を宿したまま、彼は実に無邪気に微笑む。


 依頼を探しに来る者、達成報酬を受け取りに来る者、その誰もが彼と顔を合わせようとしない。


「ダンジョンマスターは世界の敵だからね。合法的に切り刻める」

 チャリ、と彼の手元の鎖が音を鳴らす。


 彼は自他ともに認める快楽殺人者だった。達成条件が、対象の生死を問わない依頼を好んで受けてきた。


 モンスターの解体は、もう飽きた。それは人とはかけ離れすぎている。

 盗賊団の壊滅は、ここいらが潮時だ。自身の戦闘技能と釣り合う対象は、あらかたバラした。次にバラされるのは自分だろう。


「俺は弱いからねぇ。法からはみ出す訳にはいかないのさ」

 狂気をはらみながらも、自身の力量を正確に知る男。

 言い換えれば、狡猾。


 ジャラリ、と鎖が再び音を立てる。


「今回も運が良かったね。待ってな。そのうち切り刻んでやるよぉ」

  ネイハムの手からつながる鎖。それは、立っている2人の人物のうち1人につながる。

ボ ロボロのフード付きローブを纏った何者かが、猿ぐつわでもかまされているのか、ぐももった悲鳴を上げる。


 曰く、奴隷。

 あるいは穢れ持ち。


 ネイハムにとって、それら権利を持たぬ者にはふたつの意味があった。

 一つ、肉の盾。

 一つ、長期間、適切な依頼を得られなかった時の、その鬱憤のはけ口。


「くくくっ、ダンジョンマスター。俺が気持ちよく切り刻んでやるからねぇ」

 事務所に続く階段から待ち人であった「見張り屋ウォッチドック」が降りてくるのを横目で見ながら、ネイハムは研ぎ終わったばかりのナイフをひと舐めし、人の良さそうな顔に狂気の笑みを貼り付けた。

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