72:新たな入り口を、ダンジョンマスターは開通する
聞いてみたいことはそれなりにある。
中でも最も重要な点は「彼女は何者なのか」だ。
彼女がどこから来て、そしてどこへ行くのか、という形而上学的な問いではなく、彼女はちゃんと黒砦大将軍のスペックを有しながら自己判断ができる《将》足りうるのか、といった、実務的ともいえる確認事項である。
衛兵長の採用面接である、と言っても大きく外れるものではないだろう。
「はい、じゃあ、そこに座ってね」
タツキは自分の正面の椅子をクロベニに勧める。右隣には参謀のウォルフが座り、そして、騎士たるロベルトはさも当然のごとく紅茶を淹れ始める。そしてその所作は不思議とイケオジ執事のごとくとても様になっている。
「失礼します」
一方のクロベニも美しい動作で椅子に腰かけ、背筋を伸ばす。
漂い始める、ふくよかな茶の香りに、タツキも優雅な気持ちになって質問を始める。
「クロベニにはこの町の衛兵長を任せようと思っている」
「光栄にございます、お屋形様」
「そこでいくつか確認したいことがあるんだけど、まず、君はそこに突っ立ってる黒砦シリーズを指揮できるってことで良いのかな?」
タツキの、ダンジョンマスターの本能が示すクロベニのデータは、いまだに黒砦大将軍である。表示名に★が付き《ネームド:クロベニ》という付加情報が与えられ、そして魔技には《軍学の賦与者》なる、なんともそれっぽい能力が燦然と輝いていたりする。
「はい、お屋形様。クロベニはそれらを、クロベニの手足がごとくに操ることができます」
ふんす、と、溢れる気合が彼女の鼻から漏れた気がするが、その音は、黒砦シリーズの一糸乱れぬ敬礼にかき消される。もちろん、タツキはそのような命令はしていない。彼女の能力の一端なのだろう。
「すばらしい」
タツキも想定通りの回答と結果に満足し、とても良い気分でロベルトが淹れた紅茶をすする。
「もったいないお言葉」
「それでは…クロベニさん…」
次なる質問はウォルフからだ。
「町に…野生のモンスターが…侵入したとします。あなたは、…どのように、対応しますか?」
「はい。魔兵で探索させ、兵で迎撃し、私が切り捨てます」
淀みなく答えるクロベニ。
うんうん、と上機嫌で頷くタツキ。
「お前さんの部隊は、町の正面入口の防衛も担うことになる」
さらに、ロベルトからの質問が重ねられる。
いつもの灼熱トラップ床コンロを活用し、紅茶を人数分淹れ終えたロベルトはタツキの右側の椅子に座る。
「見るからに怪しい一団が、町に向かってきた場合はどう対応する?」
「はい。魔兵で遠距離から観察すると同時に、兵を派遣し、誰何します。クロだった場合は、私が切り捨てます」
こちらも即答。
まぁ、クロでも追い払ってもらえば、切り捨てなくてもいいかな、とは思うが、後顧の憂いを断つという意味ではそれもありかもしれない。
「…では、町の住民が…、酔っ払って…喧嘩騒ぎを起こした…とします。周りでは、手に負えなくなり…、衛兵が…、呼ばれ…ました。…どうします?」
「はい。同様に兵を派遣し、誰何します。双方の罪状を確認し、どうしようもなければ私が切り捨てます」
そして即答。
――でもあれ? ちょっと雲行きが怪しく。
「ええと、住人は、切り捨てなくてもいいんじゃないかな?」
「お屋形様、いけません。悪・即・漸です」
それって、どこかの文化的情報じゃなかった?
「まぁ、それも悪くはねーが、住人が減るのは、ダンナは望んでないんじゃねーかな?」
え、悪くないの!?
「腐ったミカンは周囲も腐らせます」
え、これも文化的情報…、って、ミカンあるんだこの世界。
「と、とりあえず、住人が何かやらかした場合は、斬る前に捕らえて、俺たちの誰かに相談しに来てくれるかな?」
脳内で種々の突っ込みを生成していたタツキだったが、主人として落としどころを提案する。
「では、お屋形様方に害が及ばないよう、牢獄の建築を求めます」
「ああ、それは要るね。衛兵の詰め所を作る際、併設しておくよ」
「承知いたしました。対応を修正します。兵を派遣し、誰何し、双方の罪状を確認。どうしようもなければ投獄のうえ、お屋形様方に対応を相談します」
「うん、完璧だ」
「ありがとうございます」
凛とした佇まいのまま微笑むクロベニは美しい。
「じゃあ、最後に、住人から飼い猫がどうしても見つからないので探してほしいという相談があった場合はどうする?」
と、半分冗談のつもりで聞いてみる。
「はい、モンスターの時と同様に、魔兵で探索させ、兵で逃走経路を塞ぎ、私が切り捨てます」
「「「えっ?」」」
「冗談ですよ。ちゃんと優しく確保して、依頼者にお返しいたします」
そういって彼女はにっこりと笑ったのだった。
***
「よーし、じゃ、開けるよーっ!」
開通式である。
なんとなく、住人全員を呼んでしまい、酒樽にモンスター肉、取れたての湖の幸と畑の芋、そして、それらを使って、凄腕シェフがこしらえた逸品料理の数々が用意されている。
「「「せーのっ!」」」
と、住人たちが音頭を取れば、
「どっかーんっ!!」
最後のチェリの発声で、ダンジョンタウンがガツンと揺れ、眼前から木々の香りを含んだひんやりとした外気が流れ込み、石造の防壁と、そこに備わる開かれた門扉が現れ、夕暮れの光が差し込んでくる。
それは、タツキのエリキシルの輝きのような、澄んだオレンジ色をしているのだった。




