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68:古巣の発展に、ダンジョンマスターは力尽くす

 紫がかった光源が照らす、月夜のような空間で、彼女は喜びに打ち震えていた。


「ついに。ついにこの時が」

 何者にも知られず、何者とも触れ合わず、ただ与える者に与え、奪う者から奪う。

 そうやって、一体どれだけの年月が流れたのだろう。


 気が付けば、己に並び立つ者も、己を超える者もいなくなり、彼女は一人静かに、己に与えられた責務を全うしてきたのだ。


「この停滞の日々が、ようやく終わるのですね…」

 その過程で、いやおうなしに理解した。

 己だけではここまでだ、と。

 独力では、さらに幾千の歳月を重ねようとも、この先に至ることはできない、と。


「まずは先触れを送り、経路を繋ぎましょうか」

 独力で行き詰まったなら、手を取り合えばいいのだと、本能は彼女に囁く。同系同族と手を取り合って、共に、さらなる高みを目指すのは、あらかじめ想定されている道のひとつだ。


「さて、先触れの大役にふさわしいのは、どなたでしょうか?」

 紫色の薄闇の中で、彼女は思考する。


「――やはりあなたが無難でしょうね」

 キン、と澄んだ音とともに、紫の光が溢れ出る。

「さぁ、お行きなさい。ワタシの姿を携えて、あの方のもとに」


***


 留守にした半月。

 そんな短い期間であっても、タツキのダンジョンタウンは、タツキの力を借りずに、確実に変化していた。


 魚屋と畑、そしてニワトリ型モンスターの養鶏場ができていたのだ。

 さらには、魚を売るための店と思しき掘っ立て小屋と、残った魚を日干しするための乾燥用スペースまでもが誕生しているではないか。

 

「おかえりなさい、坊っちゃん」

「坊っちゃん、お疲れ様です!」

 そうはいっても、ワナジーマと比較すればド田舎かつ限界集落風の景色である。これを何とかすることが、これから俺たちの使命、ただしスローライフ風味に…、などとタツキが考えていると、地面を耕し、畑面積を拡張しようと頑張っている若者2人から挨拶がある。


「坊っちゃん?」

「…いや、なんというか、その成り行きで」

 その呼称に、笑いをこらえるサツキ。


「あれ、坊っちゃん、そっちのお嬢ちゃんは初めてましてですが、どちら様で?」

「ばっ…、おい、よく見ろ。嬢ちゃんも黒目黒髪だぞっ!」


「お嬢ちゃん!」

 恐らく精神年齢はタツキとそう変わらないであろうサツキ。よって、お嬢ちゃんと呼ばれて嬉しそうである。いや、今の見た目は100%お嬢ちゃんなのだが。


「あなた達っ!」

「は、はいぃ!?」

 とはいえ、黒目黒髪と言えば、この世界では忌まわしきマオウの手先たるダンジョンマスターの象徴。つかつかと歩み寄れば、野郎2人はおっかなびっくりである。


 その彼らに、

「はいっ、地面にはこれを混ぜて耕すといいわよっ」

「これは…?」

 サツキは深緑の輝きとともにツボを一つ生成する。どうやらほめてくれたことに対するご褒美のようだ。

 ちなみにワタシ人格から完全に脱却したサツキは、言動がとてもオバ――お姉さまチックなのだ。指摘すると殺されるだろうから言わないが。

 なお、外見は非の打ちどころのない美少女なので、見ている分にはほほえましい。


「それ、きっと肥料ポーション」

「ルート? 知ってるのか?」

 ピンクブロンドボーイッシュ少女が、ウォルフの隣を離れ、トテトテとサツキたちに歩み寄る。


「死族ダンジョン…は、死と…その裏面たる生も…、司ります。よって…、生の…一面たる豊穣も…その範疇…です」

「そーいや、ラコウは農業大国でもあるな」

 ウォルフ、そしてロベルト。


「お米が有名ですね」

「それ、おいしいのっ!?」

 エルローネとチェリも会話に参加する。

「ヒーズルでは小麦が主食ですから、あまり食べられてはいませんね」

「えー。しょぼーん」


「あはは。俺たちが育てようとしているのも、トーマスの旦那が置いて行ったただの芋っすよ。荒地でも育つんだそうで」

「えっ!? 私お芋大好きです!」

「やー、これは頑張って育てなくっちゃなぁ」


 チェリが会話に混じると、不思議とそれが触媒であったかのように、皆の会話が弾みだす。彼女に魔技アーツがあったなら、専用魔技オリジナルはきっと「カリスマ」や「ムードメーカー」なんだろうな、とタツキは考える。


「ふーん」

 そんなチェリに、サツキもにっこり笑って、肥料ポーションなるツボのふたを開ける。

「あんたたち、種芋、とってきなさいよ」

「あ、はいっ!」

 そして男たちが畑わきのずだ袋をとってくる間に、サツキが、すでに耕されている一角に謎の肥料を投入する。それは、深緑のインクのような、実に濃い色をしており、

「この手のポーションは、色が濃いほど品質が高いとされる。これはもしかして最高級品?」

 ルートが頬を染めて興奮気味に解説してくる。


「そうなの? あたし、薬品系は何でも出せるけど、だからと言って知識があるわけじゃないのよね」

 土にポーションを混ぜ混ぜしながら答えるサツキに「わかる」とタツキが頷く。

 タツキも様々な褒章アイテムを出すことはできるが、その詳細は、フレーバーテキストのような説明文に書かれている以上のことは分からない。


「お姉さまっ!」

 それを聞いていたルートがサツキの手を取る。

 そういえば、このボクっ娘は、薬品知識を買われて盗賊団にいたのだった。

「はいぃ? お姉さま??」


「ボクを、お姉さまの助手にしてください!」

「えっ!?」

「ボクとお兄さんとで、お姉さまのお手伝いをさせてくださいっ!」

「えっ、えっ!?」

 困惑するサツキに加え、少し離れたところで、灰髪スケルトンな――最近ちょっと肉がついてきた気もする――ウォルフが「僕もなの?」と首をかしげているのが面白い。


「いいね。薬局でも建てるかな」

 この申し出はとてもありがたい。

 衣食住はなんとかできるが、医療分野にどう手を付けてよいのか、誰もわかっていなかったのだ。


「じゃ、サツキはダンジョンタウンの医療の要、ということで」

「えええ!?」

「ボクがお支えします!」

「サツキが局長で、ルートは薬剤師長だな。給料とかは、まだ、出せないけど」

 貨幣流通も、山積する課題の一つ。

 何しろ、この超ド田舎には、金の使い道がないのだから。

 その辺りは、お抱え商人で、きっと財務担当にならざるを得ないだろうトーマスが帰ってきてからになるだろう。


 そして久しぶりに、本拠地ダンジョンタウンがガツンと揺れ、トーマスの商館の隣にサツキの薬局「薬の五月堂」がオープンするのであった。


 なお。

「うわっ、何これ、きもちわる!?」

「もさもさ生えてきたっ!!」

「動いてる、動いてるっ!!」

 サツキ印の最高級品質ポーションは、お約束のごとく種芋を、ほんの数分で収穫可能な状態にまで成長せしめたことをここに付記しておく。


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