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06:ダンジョンマスターのランクアップ

「タツキ様、こんな時に何やってるんですかっ!?」

「何って、晩ごはんの調達かな」

 ダンジョンコアの部屋から、階段を掘って下ること5メートルほど。タツキは湖面近くにバルコニーのような構造物を作って釣り糸を垂れる。

「ふわぁぁ、お魚が食べられるんですかぁ?」

 既にびくの中には程よい大きさの魚が3匹。チェリの目がキラキラと輝く。


 誰がほしがるのか、釣りセット(アイテムランクD)は褒章カテゴリーの中にあった。餌はダンジョンマスターの食べ物、栄養機能バーを練ったものだ。


「って、食べ物で釣らないでくださいっ! そうじゃなくて、明後日くらいには冒険者さんたちが攻めてくるんですよっ!」

「いや、俺はチェリを釣るつもりは全く無くてだな、おっとっ!」


 あたりが来たのでタイミングよく竿を上げる。

 よく太った小魚があがる。体長15センチメートルほどの、頭からむしゃむしゃ行けそうな小魚だ。


「なぁ、チェリ」

「はいっ! なんでもおっしゃってください。私、戦えはしませんが、一生懸命お手伝いしますから」

 タツキは人差し指で頬を掻く。

「俺は…。いや。この魚って食えるんだよな? 毒とかあったりしないよな?」


 はふぅ、とチェリからしおしお気合が抜けていく。

「大丈夫です。どれも村で食べられていた魚です」

「そっか」

 タツキは笑って釣り竿を振るった。


***


 それから空が茜色になるまで、タツキは湖に釣り糸を垂らし、チェリはその横でタツキの釣果を見守った。


「なぁ、チェリ」

「なんですか? 今日釣れたお魚は、どれも食べられますよ」

 彼女は困ったように微笑んで、そう答える。


 全裸事件では残念な娘認定をしてしまった彼女。しかし、本質はそうではないのだろうとタツキは考える。

「むむっ、今、タツキ様、ろくでもないこと考えましたね?」

「わかるのか?」

「ひ、酷いですぅ、せめて否定してください~」


 ほんとうに残念なだけの娘であったとしたら、おそらくけがというハンデを背負ったまま、ここまで明るく振る舞えては居なかったはずだ。


「なぁ、チェリ」

「はい」


 湖面近くの岩でできたバルコニー。

 辺りは一面が水。遠くに茜色に染まる山々が見えていなければ、海ではないかと疑うような景色だ。


 そこに、夕方の少し冷たい風が流れ、チェリとタツキの髪をかき乱す。

 風は雲を動かし、夕日を遮って薄闇をつくりだす。


「殺すのは、たぶん、簡単なんだ」

 タツキはその闇を纏って物騒な一言を投げつけた。

「その次に簡単なのは、殺されること、だな」

 主語は、もちろんダンジョンマスター。対象は、冒険者。


 しかし、優しく微笑むチェリの、その笑顔は陰らない。

 微笑んだまま、続きを促すように、少しだけ首を傾けた。


「チェリは、言ったな。俺に、イイモノのダンジョンマスターになれ、と」

「はい」


「なって、欲しいか?」

 風が、少し強めに吹いた。雲を押しのけ、再び辺りはオレンジ色に包まれる。


「もちろんです。チェリは全力でタツキ様を応援しますよ」

 タツキは、その時のチェリの表情を一生忘れないだろうと思った。


***


「おっさかなー、おっさかなー」

 それは実にあられもない表情だった。

 目尻は垂れに垂れ、口元はにへらとゆがみ、ヨダレ決壊の徴候が見られる。入浴を経てふわふわになった髪の毛も、なんというか、アホ毛にしか見えない有様だ。


 湖畔のバルコニーに居た美しくも凛々しかったチェリ。

 彼女はいったいどこへ行ってしまったのだろう? と、タツキは苦笑する。


 トラップランクD「灼熱の床」を応用したコンロで、先ほど釣った魚がジュウジュウといい音を立てている。天井に設置したダンジョンパーツ「通気陣」が煙を吸い込んでゆくが、室内に広がるいい匂いまでは吸いきれていない。


 大きめの魚は3枚に下ろした。

 小さい魚は綺麗に内臓を取った。

 そこまでして「俺には料理スキルがあったのか」と驚愕した。もしかしたら前世は独り身自炊生活だったのかもしれない。


 そんな、やや灰色な前世妄想を追い出して料理に集中する。床の灼熱度合いをコントロールしながらこんがりと焼いていくのだ。

 もともとが岩石を灼熱しているだけなので、実にいい感じで熱が通って行く。小魚には、ダンジョン掘削の過程で発見した岩塩をまぶし、3枚に下ろした魚には釣りが終わったあとにチェリと一緒に採取したハーブを使って香草焼きにする。


 良い匂い度合いが一気に増して、

「はうぅぅーっ」

 おあずけに悶えるチェリの残念度合いも増大の一途をたどる。


「少し落ち着け・・・、もう少しで焼けるから」

「ふぁぃ・・・」

 村ではろくなものを与えられていなかったのだろう。チェリは昼食の、よく噛むとほんのり甘い栄養バーも貪るように食べていた。


 ゆえに、あつあつ焼き魚の期待と感動は相当なもの。

 タツキが思い描いた作戦を、余裕を持って実行可能なラインまであと少し、というくらい、相当なものなのだ。


「んー、脂が乗ってていい感じだな」

 フライ返しで3枚に下ろした魚をひっくり返しながらタツキがつぶやく。

 じゅわわ、っという良い音と、背後からチェリの感極まった溜息が聞こえてくる。

 後者はだんだんと色っぽく聞こえ始めたので、いい加減正気に戻って欲しい。


「もうちょっと、調理器具が使いやすかったら言うこと無いんだがなぁ」

 いかな褒章カテゴリーとはいえ、包丁やフライパンは存在しなかった(やたら消費エリキシルの高い、魔法の鍋などはあったが)。ゆえに、調理器具はすべて岩石製だ。


「まぁ、おいおい改良していけばいいか」

 ダンジョンマスターには、いくつか裏技的な能力が在ることにタツキは早い段階から気づいていた。「削り残しクラフター」と名付けた技術もその一つ。


 エリキシルを消費し、地中を自由自在に掘削する能力をもつダンジョンマスター。タツキはそれを応用することで、好きな形のものをあえて「削り残す」事ができるという事実に気づいていた。


 ゆえに食器などは比較的簡単に作れるし、岩の質を見極めながら、フォークやナイフ、フライ返しも作った。欠点は、重いことと、やや欠けやすいことか。


「ほーら、完成だ!」

「ふわぁ、ふわぁぁ」


 その岩石性フライ返しに、油と香草の匂いが食欲をそそる、じゅうじゅうと湯気のたつ魚の切り身を乗っけて、チェリの皿に入れてやる。


「ほわぁぁぁっ!!」

 ったく、テンション、ダダ上がりだな。


 チェリのその様子にタツキが苦笑した瞬間。

『獲得エリキシルが規定値を突破。ダンジョンマスターランク2を認定し、以下の機能のロックを解除する』


>エリキシル保持量上限拡大

>エリキシル変換自由度拡大

 ≫魔技性能アーツスペックが一部向上

  →「ユニット視点」のロックを解除

>エリキシル親和性向上

 ≫支配可能オブジェクト数増加

 ≫支配可能ユニット数増加

 ≫スキル性能が一部向上

  →「自在掘削」の性能向上→掘削速度向上

  →「鉱物探知」の性能向上→探知可能鉱物種増加

  →「敵勢探知」の性能向上→範囲拡大


「ほわぁぁぁっ!?」

 突如として脳内に響いたアナウンスに、思わず、タツキもチェリよろしく謎の叫び声を上げるのだった。


***


 なんだこれは。

 喜び7割、戸惑い3割。


 もっしゃもっしゃもっしゃもっしゃ。


「美味しいですー! しあわせですー! お口の中が楽園ですー!!」

 喜び10割の叫びをバックグランドに、タツキは「ダンジョンマスターの本能」に格納されたツリーをチェックする。


「確かに、増えてる」


 アナウンスどおり、ステータス画面には「ユニット視点」なるスキルが生えていた。

 他にも、保持可能エリキシル上限の増加や、生成可能なモンスター、アイテム、トラップの増加、掘削にて獲得可能な鉱物の増加等、見るべきところは多かった。


 だが、

「じ〜」

「ん?」

「じ〜っ」

 刺すような視線、というか擬音語に思わず我に返る。


「おお!? おかわりか、おかわりなんだな?」

 視線の主はもちろんチェリ。

 ナイフとフォークをそれぞれグーで持って「はやく持って来い」のスタイル。全くどこの3歳児だ。


「今度のは骨があるから、よくかんで食べるんだぞ」

 慌てて小魚の丸焼きを空になった皿に入れてやる。

「ええ? ち、ちがわないけど、違いますよぉ」

「?」


「さっきは、つい我慢できなくて食べちゃったけど・・・」

 チェリは羞恥に頬を染める。ついでに、味を思い出したのか、小魚の丸焼きの匂いにやられたのかヨダレも拭う。


「一緒に食べるんです!」

 そう言って、タツキの服の裾を引っ張った。

 そして、ちょっと迷ったあと、

「た、タツキ様と一緒に食べたほうが、きっと、ずっと美味しいんです!」

 フォークをそのふっくらとした口元に当て、上目遣いでそう言った。


「か、可愛い・・・」

「ふわわ、ふわわわわっ」

 おもわずその入浴を経てふわふわになった髪をわしゃわしゃとなでてやる。


「よっしゃ、んじゃ、いっちょ、パーッとお祝いでもするか」

「な、何するんですか・・・って、お祝い? 」


「アイテム・クリエイト」

 指先にオレンジ色の粒子を纏い、「削り残し」て作ったテーブルに天面に触れる。

「うわわっ、すっごく綺麗・・・」

 タツキがおもむろに創りだしたのは、何の変哲もないガラスのコップだ。それをふたつ。

「はい」

「ええええっ、わ、私もですかっ!」

 しかし、それはタツキの記憶のコップと寸分違わない。つまり、この世界においては相当のクォリティーを持った逸品となる。


>褒章≫食器≫ガラスのコップ_アイテムランクC


「そして次に」


>褒章≫酒類≫エール_アイテムランクD


「おお、すごい、樽で出てきた」

 小ぶりな、片手で抱えられるサイズの樽。もちろん中身はたっぷりと詰まっている。コップをあてがって、木製の蛇口をひねる。


「ふわぁ、いい香りです・・・、ってお酒ですか!?」

 エールなので、この琥珀色の液体は泡立たない。

 静かに注いでチェリに渡す。

「あああ、ありがとうございます」


 せっかくやってきた、あるいは目覚めたファンタジーな世界だ。

 おそらく酒好きであったであろうタツキは蜂蜜酒ミードなるものを飲んでみたかった。しかしながらそれはエリキシル消費量がエールの3倍。


「うまく冒険者を撃退できたら、今度は蜂蜜酒ミードにしような」

 そして自分のコップにもエールをなみなみと注ぎ、それを、チェリが大事そうに両手で包み込むように持つコップに軽く打ち付ける。


「乾杯」

「乾杯?」

 キン、と鳴る澄んだ音にチェリが興味深げに首を傾げる。


「知らないのか? 酒を飲むときは、最初に飲む前にこうやって軽く杯を打ち付けるんだ。親愛の証、かな?」

 感覚として当たり前なことを説明するのは難しい。それっぽいことを言ってみると、チェリがタツキを見上げ、手の中のエールを見つめ、そしてニマニマした。

「親愛の、証・・・」

 チェリは、もう一度タツキを見上げ、

「か、乾杯」

 何故か頬を染め、おずおずと杯を差し出したのだった。

2015/10/07:

スキルを「魔技アーツ」に呼称変更。それに伴い魔技性能に「アーツスペック」とルビを振りました。

2015/10/03:

ダンジョンマスターの裏ワザのひとつ「削り残し」に「クラフター」というルビを振りました。


いつも読んでいただきありがとうございます。

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