62:交流育むダンジョンマスター
「失敗、とは言わないが、責任者が殉職っていうのは、想定の中では一番被害がデカかったなぁ」
グレコーの魔技《伝書烏》は、術者の遺志どおり、いつもの場所へといつものように情報を届けると、あらかじめ定められていた方法で、術者、すなわちグレコーの死を伝えた。
「それで、壊滅状態となったワナジーマに二の矢を放つべきか否か、君ならどう考える? そろそろ盗りに行けそうか? 屍生粉末に関しては、劇的な効果を上げているように読めるじゃないか」
「はっ。諜報部にて今一度情報を吟味し、十全な分析とともに再度献策をさせていただきます」
――あいつなら、即その場での献策があったんだがなぁ。しかも、割と俺好みの。
隣国辺境の工作員でしなかったグレコ―は、迷宮都市を作ろうなどと画策する、前代未聞のダンジョンマスターの情報をもって皇帝のお気に入りとなった。
結果として重用できた期間が短かったため、その能力に関しては測りきれないところが多かったが、その辺の有象無象よりは格段に秀でていた、というのがクリストバル自身の印象だ。
――ゆえに、便利に使いすぎたか。
心に去来した苦い思い。それを微塵も顔に出すことはなく、
「おっけー分かった、頼んだよ。あと、あいつの関係者には十分に報いてやってくれ」
クリストバル帝はひらひらと手を振って、事の詳細を報告にやってきた諜報部長官を退出させる。
そして、執務室にて独りごちた。
「おっかしいなぁ。どう考えたって詰んでただろワナジーマ。グレコーの奴が逝っちまう確率なんて俺の専用魔技の演算じゃ、100回に3回くらいなんだけどなぁ」
と、報告書に目を通しながらひとりごちる。
「いやまてよ――。100回に3回って、3%じゃん!? なんでか3%って、意外と当たるんだよなぁ。閃きはもったいないから、集中くらいかけとくべきシーンだった、ってことかぁ?」
執務室に詰める皇帝の侍従たち。
前者はともかく、後者のつぶやきを理解できる者は、当然ながら誰もいなかった。
***
「おい爺さん」
「なんじゃ、若造」
一方、タツキが創造した******の大浴場にて、ギースが死霊術師の老爺カータヴェルに呼びかける。
方や筋骨隆々の初老。方や骨と皮だけの老人である。いや、比喩ではなく、地獄の亡者もかくあらん、といったレベルで骨と皮である。
「それ、大丈夫なのか? 湯の中で溶けて無くなったりせんだろうなぁ?」
「かっかっか」
とカータヴェルは笑う。
「わしのピッチピチな姿はさっき見せたじゃろう? こちらは生身よ。御年300歳の、むう? 400歳じゃったかの、まぁ、それくらいのジジイじゃから、こんなもんじゃろうて」
と、作法を心得ているのかじゃぶじゃぶとかけ湯を始める。
「かーっ、骨身に染み入るわい」
そして、いい顔で湯につかっても、もちろん溶け出す様子はみじんもない。
「ってことは、死霊術師ってやつは、みんな爺さんみたいに長寿なのかい? ラコウでは珍しくない職位と聞くが?」
町にゾンビを率いて現れ、巨大な腐ったドラゴンまでを呼び出した不気味な老爺だ。
皆彼を恐れて遠巻きにしていることをいいことに、ギースはずいずいとその距離感を詰めていく。
「どうじゃろうなぁ? 不死化は儂の専用魔技ゆえ、そっちせいではないかと睨んでおるよ。同僚や弟子も、おおよそ常識の範囲内で生きて、そして、皆、儂より先に死によったわ」
「ほーん、よくわからんが、爺さんも苦労してるんだな」
さすがは大都市のギルドマスターというべきか、はたまた天性の無神経男(ルイーゼ談)というべきか、それゆえに、何の支障もなく、世間話が成り立ってしまっている。
「そうさのう。常に見送る側というのはつらいものよ。…じゃが、苦労と言えばそこの緑色。お主も専用魔技で苦労をしておるクチではないかぇ?」
「はい? 緑色と言えば私のことですか? はい、私はトーマスと申す者ですよ」
そして暴走絨毯男(カミュー談)こと、トーマスがその世間話に合流する。
「わしはカオルコと縁を結んでおるから認識できるが、お主の専用魔技も相当に難儀よのぅ」
「これはこれは、ご心配痛み入ります。しかしながら御老体、そんなことはございません。このおかげで私はダンジョンマスターの謎を追うという、人生の命題を得ましたからね」
と、トーマスは、どこか人好きのする顔で笑う。
「ほぅ、その心は?」
「そうですねぇ、少し長くなるので、順を追ってお話ししましょうか」
ざぶざぶと、澄んだ湯をかき分けて若者は老爺と初老の近くへと赴く。
「私は当初、私の専用魔技《舞台之黒子》は、対象の脅威度を正確に認識する能力である、と思っておったのですよ」
「なに、お前、専用魔技持ちだったのか!?」
唐突な告白にギースが驚く。
「ええ。ウチは商家の名門カーライル家でしょう? 粋がった若造だった私は、さもありなんと、鼻高々でした」
いいですか、相手の「脅威度」がわかるということは、と、トーマスは続ける。
「かの御仁と契約すべきか否か。その判断の確たる助けとなるのです。これが商売にうってつけで。自分でいうのもなんですが、私は、メキメキと頭角を現していきました」
「あー、そいうや、死肉喰獣と呼ばれる前のお前の評価、《神童》だったもんなぁ」
「なんと、ご存じでしたか。これは実にお恥ずかしい!」
ペシッ、と、緑の商人は、自分の額をたたく。
「なるほど黒歴史ってやつか…って、発音できた!?」
そこに4人目が登場する。
チェリたちへの報告を行ったのは脱衣所前の空間だ。それを終えて、我らがダンジョンマスターもひとっ風呂を浴びに戻って来たというわけだ。
「おや、タツキ殿、お戻りになられましたか。ちゃーんと、尻に敷かれてきましたか?」
「え? 尻? ぬぅ、む? うーん?」
ダンジョンマスターならぬ「タツキの本能」は早々に白旗を挙げているのだが、即答で認めるのはいかがなものか、という葛藤が生じるのは、なけなしの男の見栄とでもいうものだろうか。
その空隙を縫って、
「坊ちゃん殿、坊っちゃん殿、ちょっとちょっと」
巧みに手招きする戦闘巧者は、冒険者ギルドの頂点に立つ男ギースだ。
しかしその目的ゆえに、
「そのジェスチャー、もしかしなくても、酒だよね?」
威厳もへったくれもない顔で、彼は親指と人差し指を円にして、くいっ、くいっ、と口元に運ぶ動作をしている。
湯で、適度に火照った赤ら顔もあいまって、もはや全身でダメ親父を体現しているではないか。
タツキは、ここはジョッキ文化なのに****っぽい表現だよな、と内心ツッコミながらも、
「はーい、みなさーん、ここでダンジョンマスターからの大サービスっ! 酒と、果実ジュースの大樽を出しますよーっ!!」
女湯にも届く声量で叫んだ後に、ガツン、と大浴場の床を震わせた。
「なんというか、お主、なんでもありなんじゃのぉ…」
おおおををををっ、という男性陣の雄たけびと、ぎゃあああぁぁぁっ、という、これまた間違いなく雄たけびを上げる女性陣に圧倒されたのか、カータヴェルが苦笑いをしながらつぶやく。
「まぁ、これが迷宮都市の日常ってことで…」
さて、俺も一献、と、一緒に生成した木製ジョッキを手に取りかけて、タツキはハタと気づく。
「そういえば俺たちって、大事な話をする時って、だいたい飲んだくれているような…?」
湯をかき分け、我先にと酒樽に殺到する全裸の野郎集団。あ、カミューパパ、ロベルトとともに先陣切ってんじゃん、とか、ちょっとそこのギルドマスター、ジョッキ両手持ちはやばいんじゃないの、とか、一歩引いてみれば、確かにそこはかとなく、いや、かなり不安な光景が広がっている、かもしれない。
「かーっかっかっ!」
しかし、その思いを、老爺が高らかに笑い飛ばす。
「それも歴史の常じゃよ、若人よ」
御年300歳か400歳かの大老は「なんら問題ないわ!」と太鼓判を押すのだった。




