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60:高みに登るダンジョンマスター

「そ、その、俺は一応ダンジョンマスターなのですが・・・?」

タツキの自白。

好き勝手ワイワイ言い合っていた領民たちの喧騒が、ピタリと止まる。


「あはははは――」

しかし止まったのは一瞬で、その静寂をやぶったのは、あの重量級の、もとい、ふくよかなおばちゃんだった。

「――ダンジョンマスター? 坊やがかい?」


「い、いちおう」

慈しみの表情で覗き込まれて、思わず一歩後ずさりながら答えるタツキ。


「坊や、ダンジョンマスターってのは、あのマオウの手先なんだよ」

彼女はかがんで、幼子に語りかけるかのように優しく告げる。

そして、ぽん、と手を打つと、

「そうかぁ――。坊やは黒目黒髪だったから、きっと苦労してきたんだねぇ」

「へ?」

ご婦人は一人納得したかのようにうんうんと頷く。


「大丈夫。このワナジーマには、人の身体的な特徴をあげつらって、悪く言ったりするやつはいないよ」

彼女は領民たちを振り返る。


ゾンビの侵攻。

彼らは――、それを阻むために街にバリケードを築き、断腸の思いで己が生活空間に、己が故郷に火を放ったはずだ。故に、誰も彼もがどこか煤けて、しかし、タツキと彼女のやり取りに、微笑ましいものを見るかのような表情を向けている。


「ねぇみんな、そうだろう?」

そして、彼女の呼びかけに、虚を突かれたかのように呆然としていた彼らだったが、すぐに、すごくいい笑顔で笑って、

「おうよ!」

と返事したり、笑ったり、手を振ったり、親指を立てたりしてくれた。


「これは・・・?」

タツキから、思わず言葉が漏れる。


――ふさふさの耳が見える。猫のような尾が見える。二の腕に自前の毛皮を持つ者がいる。

彼ら領民たちの2割程度だろうか、そこに異形があったのだ。


「だから坊やも――」

そして、再びタツキの瞳を覗き込むふくよかなご婦人。


その瞳は、猫のように、縦の瞳孔。


「――あたしらのこと、受け入れてくれると嬉しいな」


***


「さてさて、色々と聞きたいこと、問い詰めたいこともおありかとは思いますがね――」

互いの自己紹介は終わった。

そのように判断したのだろうか、金色口髭のオーラスがこの場を取り仕切る。


この男、金髪はふわふわとしたくせ毛で、その艶や、肌の張りなど、「ヒゲ」のイメージに惑わされなければ、十分に若者と言っていい年齢であることが分かる。


そのオーラスの視線。その先には、白い、仙人のような髭をたたえる老人カータヴェル。


「――疲労した頭では、ろくな案が出ませんからな。続きは明日といたしませんか?」


その言動は、暗に、カータヴェルに逃げるなよと釘を刺しているようにも見える。

当の死霊術師ネクロマンサーは、いつの間にタツキが出したのか、籐椅子に腰掛け手足を組んで瞑目している。


老人はピクリとも動かず、その姿は、生気も消え果て、死人のように見えなくもない。


「あの、すみません、オーラス様。そのことなのですが・・・」

「おや? 商会長殿。どうしましたか?」


カータヴェルから視線を外し、オーラスが振り返る。

そこにいたのは初老の領民。


「私らは今晩、夜露をしのぐ場所を持たず・・・」


彼らの多くは交易商であり、飲食店経営者であり、雑貨屋であり、八百屋であり、肉屋であり、そして宿屋であった。つまり、入り口から中央広場近くに軒を連ねていた、言ってみれば商店街の経営者たちだった。


「ふむ、そうでしたな。これは困った」


ゾンビの軍勢は国境方面の城門を破り、暁の通りを進行。

ゲオルグ苦肉の策で、打ち壊され、火を放たれた町並みにその数を減じる。

そして、中央市場でもある《旭の広場》に到達したところで、暴走絨毯に乗ったギースたちが飛び込んできて、屍腐真竜ドラゴンゾンビとともに大暴れを演じる。


結果、彼らの住居あるいは店舗は壊滅状態なのだ。


「いや、困りましたなぁ。――ねえ?」

「あの、オーラスさん? でしたっけ、――全く困ったような顔に見えませんが・・・」


タツキは苦笑をしながらオーラスに告げる。

なぜなら、彼がその立派な髭をたたえた口元に、笑みを浮かべてタツキの方に振り返ったからだ。


「タツキくん? でしたな。あなたがいらっしゃいますからな。もしかすると、困らなくてもいいのではないか? などと、思っておりました」


***


タツキとしては、もともとそのつもり。

それが故に、ワナジーマを己が領土に取り込んだ。


そして、己が、ダンジョンマスターがこの地を支配する、すなわち、その糧であるエリキシルを得ていくことと引き換えに、衣食住の、その最低限度の保証をする。そんなカードをどこで切るべきか。

そもそも、己がダンジョンマスターであることをいかに明かすのか、それが、思案のしどころだったはずだ。


それが、やや暗喩的ではあるが、相手から手を差し伸べられた形となる。


「――皆さんは、俺のこと、ただの・・・黒目黒髪だと思っているみたいですが?」


タツキの探りの言葉。

「おや、本気でそう思っておられますかな?」

それをオーラスは、間髪入れず切り捨てる。


商会長、と呼ばれた初老の老人をはじめ、領民たちは、縋るような、期待するような瞳をオーラスに向けている。


「では、皆さん――」

オーラスは己の口髭をくるくると弄ぶ。

「――ここは辺境、ワナジーマですな」


雰囲気が、変わる。


「そして、我々は、打ち捨てられ、受け入れられた者たちの末裔であることは覚えておいででしょう」


オーラスの発したそれは、何かのキーワードであったのか。

領民たち全員が彼を真剣な瞳で注視する。


「ゆえに我々はずっと、受け入れ続け、そして、受け入れられてきました」

誰かが頷く。

「裏切られることもありましたが、我々の絆は、それらを跳ね返しました」

誰かが、一瞬だけ、悲しげな顔になる。


「さて」

オーラスはタツキに視線をやる。

「今回、我々が受け入れようとしているものは、これまでよりもずっと大きな穢かもしれません」


誰もが、顔をこわばらせ、そして、いくつのも瞳がタツキに集まる。


そこで、タツキは己の誤解に気づく。

「ダンジョン、マスター、なんだよな」

誰かが呟く。


猫目の彼女。あの人の良いおばさんは、あえて・・・タツキを茶化してくれたのだ。


彼女が茶化してくれたからこそ、彼らはタツキに向き合うことができ、向き合うことができたものの真正面に、オーラスが今、彼らを導いたのだ。


「皆さん、俺は――」

だから、いろいろな口上を考えてたタツキも。

真正面から、この世界で、最も信頼している言葉で返すことにする。


自然と、口元がほころぶ。

それは、彼女がくれた言葉だから。


「――大丈夫。俺は《イイモノのダンジョンマスター》です」


そして、彼らから得た膨大な「心の力」を、タツキは形に変えて解き放つのだった。


***


ガツン、と地下*****と呼んでも差し支えがないほど広い空間が揺れる。


「タツキっ! だから無理はするなと――」

地面が揺れる→タツキが何かをする→死にそうになる。

そんな図式が成り立ってしまったのか、慌てたカミューが飛んでくる。


「いや、それがね」

タツキは苦笑するしかない。


7を、飛ばして8。

ゲームのように、上限はあるのだろうか?

そして、あの、相当な迫力を有していた冥界宮の主、サクラコはいくつなのだろうか?

――などと、高揚したタツキは考える。


ここまで来ると、これは快楽の一種だ。

背中の中心を、背骨の中を、温かい、心地よいものが通り抜け、丹田のあたりに溜まっていく。そして、それらはゆっくりと、毛細血管に乗るように全身へと行き渡り、己の世界が、知覚が、広がっていくような全能感が全身に満ちる。


そして、注がれるのは驚愕だ。

皆が――、このシーンを想定し、意図的に誘導したオーラスまでもが、あんぐりと口を開け、こぼれんばかりに目を見開いている。


それは己と、己に駆け寄るカミューを通り越し、己の背後に注がれている。


それは、ダンジョンタウンにもある公衆浴場。

少し違うのは、そこに飲食スペース、厨房、休憩所を備えたいわく******であること。


木造の、このあたりでは見られない建築様式。雅な形の瓦が緩やかな曲面を描く屋根を覆い、柔和な木の構造をむき出しにした家屋が、何もない地下空間に、天井からの温かみのある光に照らされ、あたかも御伽噺フォークロアのように鎮座している。


「おい、ロベルト」

きらきらと、好奇心に満ちた瞳のギース。

「ここは俺たち冒険者が先陣を切るべきだろう? ――そうだ、爺さんも一緒に来ないか?」

唐突に水を向けられたカータヴェルだったが、意外にも無言で頷くと立ち上がる。


「あの、おやっさん、今の俺は騎士で――」

「えっ? 私もいきますっ」

そのやり取りに苦笑するロベルトを押しのけ、色々転がってホコリまみれになったルイーゼが手を挙げる。

「お。ルイーゼちゃんと混浴か?」

それを、受付嬢をからかう冒険者的なノリで返すと、

「お前がこいつをもらってくれるなら、俺は許すぞ」

予想外のところから重たい返答が来る。


「あー、遠慮します」

「あんたたちーっ!?」


このように。

タツキ慣れしている面々は、母屋の煙突にほくほくと湧き上がる湯気から、この施設が何を意味するのかを理解したようだ。

次々と入口をくぐっていく。


「さぁ、皆さんもご案内しますので俺に続いてください」

イイモノのダンジョンマスターは、その適応力に呆れながらも、嬉しそうに微笑むのだった。

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