52:宿敵貫くダンジョンマスター
「おにいちゃんっ!!」
その瞬間。
無機質に臣下の礼を取っていた少女が、色鮮やかに表情を歪ませてタツキの腕の中に飛び込んだ。
衝撃が必要なのではないのか。
精神的な、あるいは肉体的な。もしくは両方。
――自分の場合は、そう、愛しい生け贄の少女が落っこちてきた。
タツキはこの世界においての、自分の最初の記憶にアクセスする。
そしてタツキとサツキを交互に見ながら「おにいちゃん?? 妹さん??」と首を傾げるチェリに、温かい笑みを向ける。
――そして、自分の場合はチェリの衝撃と、そう、フジタニタツキという己の名が「ワタシ」を駆逐した。
ゆえに、
「サツキっ!」
タツキは呼びかける。《ダンジョンマスターの本能》が告げた彼女の名を。
「ワタシ・・・サツキなの? 私・・・?」
抑揚のないワタシと、不安げな私が交差する。
「サツキっ!!」
もうひと押しだ。タツキは更に強く呼びかけ、その痩せた小さな体を抱きしめる。
「ワタシ・・・サツキ・・・私・・・ワタシ・・・」
まるであの時の自分のように、必死にラジオの周波数を合わせるように――
「――ラジオ?」
「ワタシ・・・、主よ、次の命令を・・・」
「――くっ、サツキ、お前はダンジョンマスターじゃなくて、サツキなんだっ!!」
何かを思い出しかけた衝撃に、一瞬だけ呆けていたタツキだが、ダンジョンマスターの本能に引かれるサツキに慌てて呼びかけを再開する。
――くそっ、足りない。 何かないかっ!? あとひと押しなんだっ!
そのひと押し。
やはり、と言えばよかったのだろうか。
それとも、何故だ!? と突っ込んだほうがよかったか。
「さささ、サツキちゃん、わ、私、チェリと申しまして、お、お兄様と、おおおお、お付き合いをさせていただいて――」
「えええっ!? 非モテのお兄ちゃんにこんな可愛い彼女さんが!?」
タツキの愛すべき生け贄の少女は、あっさりサツキの周波数を合わせてしまったのだ。
***
タツキはおもわず、ぶおぅっ、と吹き出す。
「まてぃっ! 非モテとは誰のことだっ!?」
俺は****年に**の***に生まれて、**は*まで行って****に勤めて――
思い出せない思いをタツキは脳裏に巡らせ、
「結婚だってちゃんとしたはずなんだっ!」
左の薬指を見せつけるようにそう宣言する。そう、今のタツキの、《天使の光輪》が輝く薬指を。
「けっこ・・・けっこ・・・ふわわわ、ふにゅぅぅ〜」
「あ――っ、そ、そうじゃなくて、チェリ、お〜い、チェリ?」
真っ赤になって目を回すチェリを慌てて左に抱きとめる。
「タツキ様、そういえば、その婚約指輪は装備出来ていますね?」
「いや、婚約指輪じゃないし・・・」
笑みを噛み殺すような成分を含むエルローネの問いかけに、タツキは、たしかに、と首を傾げる。
「お兄ちゃん、おめでと。それからごめん、もうダメ。後でいろいろ、教えてね――」
「サツキ!?」
そして、チェリとは違う理由で、主に身体面の不調だろう、くてりとサツキの体から力が抜ける。
「両手に花、ですね」
「ま、まぁ、な」
なんと答えればいいかわらからず苦笑するたつきの右からピシリと音がする。
「何だ? サツキの指輪が、消える?」
条件を満たせなくなったそれは、タツキが武器防具を手にした時と同じ反応を示したのだった。
***
ギシッ――
「あんた、魔技から判断するに盗掘師系だな」
ロベルトの大剣を、あえてソードブレイカーで受け止め、グレコーはその刃に負荷をかける。
「速い。それに間合いの取り方がうまい」
両手剣が、その肉厚で、ショートソードより短いソードブレイカーを押し込めないのは、ひとえにグレコーが大剣の間合いに居ないからだ。
その速度でロベルトに肉薄し、力の入れにくい至近で刃を合わせる。
相手の力量や癖、一撃の重さなどを見極め、必殺の一撃を探る。
しかし、軽い口調のロベルトに対しては、
「そういうお前は重戦士派生の上位職か?」
ショートソードを一閃し、一転、大きく間合いをとると、
「どうにも硬すぎるんだがな」
と吐き捨てざるを得ない。
おそらく聖騎士だろう とグレコーはロベルトの職位に当たりをつける。チラとソードブレイカーに目をやれば、武器破壊のための背面の突起がいくつかダメになりかけているのだ。
聖騎士であれば、己の武具を聖別することでその防御力と魔系・不死系に対する攻撃力を飛躍的に上昇させる受動魔技を有する。
「いんや、あえて重戦士のまんまさ。これ以上機動力を落としたくねーんでな」
「なっ!?」
開けた間合いが一瞬で詰まる。
そこからの魔技《重連弐式》
「連撃――」
その神速の踏み込みに驚愕するグレコーだが、大剣相手に退くは愚策。
踏み込んで、その2連撃を、己の2刀でいなし切る。
「――からの」
「連続魔技だとっ!?」
そして、なめらかに繋がる《重連参式》。
「アンタは《技》の人だからな」
《重連肆式》――
ロベルトのさらなる気迫とともに、彼とグレコーとの間で閃く白刃は、その量と密度と、そして速度を増す。
《重連伍式》――
「ぐ、ぐぅぅっ!? まだ繋がるだとっ!?」
受動魔技《盗人の外套》を有するグレコーが、徐々に、その上昇した回避能力をもってしても捌ききれなくなり、金属と金属が相うつ音が増えていく。
これ以上はかわせぬ、止めきれぬっ――ならばっ――
ぎりり、とグレコーが奥歯を噛みしめる。
「――ならば、その武器をもらうまでっ!!」
真正面からのバトル。それに向かない密偵の、その危機を幾度と無く救ってきた技術、武器破壊。
右手のショートソードを捨て、完全防御の姿勢でソードブレイカーを打ち付ける。
「――おおおぉぉぉっ! 砕けろぉっ!!」
「――無駄だぁっ!」
《重連陸式》――
ロベルトは、トップスピードの六連撃を持ってそれに当たる。
それは、弐・参・肆・伍・陸と加速する弐拾連撃の完成。
1撃、2撃と金属同士が噛みあい削りあう耳障りな音が響き渡る。
3撃、4撃と破壊の火花が散る。
そして5撃でそれは折れ飛び、
「ばっ、馬鹿なっ、そんな馬鹿なーっ!?」
剣を破壊するはずのソードブレイカーが砕かれ、最後の1閃がグレコーを袈裟懸けに断ち切った。
「《技》潰すのは――」
流石に荒い息をつき、ロベルトが呟く。
「――それを超える《技》、と言いたいところだが、まぁ、ぶっちゃけ《ゴリ押し》だわな」
***
「く、くはは、・・・お、専用魔技だな、貴様のそれは」
ボドボドと鮮血を散らしながら。
青く、死相がかったグレコーが凄絶な笑みを浮かべる。
「どれがだ?」
ロベルトはとぼけるも。
「《不破》と呼ばれる使い手が、ぐふっ、ヒールズの近衛騎士団にいたことを我が国は、掴んで・・・」
グレコーはそこまで呟いて、崩れ落ちるように片膝をつく。
「あわよくば、利用できるかと考えていたんだがな――」
そして、独白した所で、パキり、という無機質な音とともにグレコーの手袋の下で指輪が砕けた。
グレコーが目を見張り、
「――くはっ、ははっ」
そして、笑い出す。
「ここまでとは。危険だ。タツキくんは危険過ぎる」
「悪いがダンナは殺らせない」
死相の色濃く現れたグレコーに、ロベルトは無造作に近づき――
「いいや、殺らせてもらう。専用魔技なら、私も持っているんだよ」
――その瞳に、意志の力を煌々とみなぎらせたグレコーは、ふっと掻き消えた。
***
「《技》潰すのは、それを超える《技》、と言いたいところだが――」
そう。タツキは最初から見えていた。
タツキだからこそ、そして、タツキだけが見えていた。
「エルローネ、護りはもういい。チェリを頼む」
「タツキ様?」
真っ赤になって目を回したチェリをエルローネに預け、タツキはサツキを抱き直すと、召喚陣を構築する。
痩せすぎて、軽い体。
細く、さらさらしているはずの黒髪は油でべっとりと重く、垢染みた彼女からは獣のような臭いがする。
生命ではなく、ただの機能として使い潰されようとしていたサツキを、タツキは左手で、今一度強く抱きしめ、右手を召喚陣に伸ばす。
怒りは、ある。だけど、静かだ。
覚悟も、今なら、ある。
>ユニット≫魔族≫異形種≫ダンシングソード_ランクD
タツキは己が作った武器を装備できない。
ゆえに、己が呼び出したユニットを握り、――《武技の賦与者》――一瞬だけそれに憑依し、魔技を仕掛け、
「さよならだよ、グレコー」
サツキに施された、タツキだからこそ見える、紫に脈動するマーキングに導かれ、彼女の背後に正確に出現したグレコーを、
「ぐ? かはっ??」
その胸の真ん中を、正確に貫き通したのだった。