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51:同胞手招くダンジョンマスター

グレコーの問に、ここで答えよう。


誰が――、それはダンジョンマスターの少女だ。

何に――、それはバーサスモードにおいて、だ。

敗北したのは彼女で、それをせしめたのはダンジョンマスターの少年だ。


すでにクリエイトした3000のゾンビも、死霊術師ネクロマンサー職位持ちジーンホルダーの老人も、そしてグレコーも、最初から彼女の世界には関係のない存在だった。


生み出したゾンビが、どう動こうとも――

それらがたとえ、死霊術師ネクロマンサーの支援を受けながら、近隣の都市を攻め滅ぼすための道具とされていたとしても。


自身が、分岐した条件下でいかな命令に晒されようとも――

それがたとえ、己を檻に捕らえ、今まさに我が首を突き貫こうと剣を構え、その体勢のまま、はたと思案していたとしても。


そして。


「――っ、地面が揺れている? 何事だっ!? ――うおっ!??」


そのグレコーを突き飛ばすかのように地中から土砂が吹き上がり、打倒すべきであり、そして、それが叶わなかったエリキシルの構成体、すなわち、対戦相手のダンジョンがポッカリと口を開けたとしても。


それらは何一つ、ワタシと関係してはいない。

ワタシの本能は「次の命令を待て」というだけなのだから。


「おにい、ちゃん・・・」


敗北したワタシへの命令権は、0008895a の分岐より、勝利した対戦相手のものが優先される。


「こわい・・・よ」


だが、ワタシの口から漏れるこの音は何なのだろうか。


「たす・・・けて・・・」


そして、頬に流れる温度のある液体は、一体何だのだろうか。


***


「何事だっ――!?」

なんの前触れもなく足下から吹き上がった土砂。


それが自身を数メートルも打ち上げるも、しかし、盗掘士シーフ時代に取得済みの魔技アーツ軽業アクロバット》により、何事もなかったかのように着地する。


ダンジョンマスターの少女は、吹き上がった土砂の向こうにタツキのダンジョンを視たが、グレコーの位置からは、もうもうと立ち込める砂塵に遮られ、それを見ることはできない。


『解答。バーサスモード下において、我々は敗北いたしました』


脳裏に蘇るのは、ダンジョンマスターの少女の台詞。


「敗北が、追いついてきたとでもいうのか?」

情報の奪取に特化した職位ジーンである《密偵スカウト》。

その感覚が一刻も早くこの場を立ち去れ、と告げている。


「《伝書烏ホーミングレイヴン》――」

しかしながら、指輪の回収、そして、ダンジョンマスターを操っていたという痕跡の消去。

この2つを果たさぬままの帰還は、考えられない。


「――いつものところへ」

密偵スカウト魔技アーツにより構築されたエリキシルの烏。

グレコーが得た情報そのもの、とも言えるその召喚生物は、夕暮れの空に雄々しく舞う。


そして、右手に握ったままだったショートソードを軽く振り、砂塵の曇を吹き飛ばす。

左手に、ベルトから盾代わりのソードブレイカーを引き抜く。


特殊二刀流。

不意打ちが物理戦闘の主体となりがちな密偵スカウトには、あまり起こりえないことではあったが、これがグレコーの、真正面からの対スタイルだ。


「使えそうなのはあのでかい男のみ、か」


草原を渡る、都市の焼ける匂いをはらむ風。少しずつ吹き散らされつつある砂塵の向こうに見える人影。その気配は6つ。

それら中で、自身に匹敵するだろう圧を感じるのは、背の高い男のみ。


『解答。バーサスモード下において、我々は敗北いたしました』


再び脳裏でリピートされる、幼い声音。

しかしながらこの程度、幾多の場数を踏んできたグレコーにとっては、ピンチのうちにも入らない。


「ならば、私を捕まえてみたまえ、敗北よ――」

そう自身を鼓舞し、グレコーは心の奥底にへばりつく焦燥感を振り払うのだった。


***


その時、タツキの脳裏にファンファーレ、としか表現しようのない音楽が鳴り響いた。そして、続くいつもの無機質な機械音声マシンボイス


『ダンジョンコアの指圧が完了しました。あなたはダンジョンマスター・サツキを配下レギオンに加える権利を獲得しました』

そして、脳裏に赤い光点として瞬く、対戦相手ダンジョンマスターの現在位置。


「サツキ――? 地上か!」


そうつぶやくが早いか、タツキは、奇しくも自身と一音違いの少女の、その隣となる位置まで、一気にダンジョンを掘削する。


もはや、眼前のコアは敵対するどころか、己にも力を与えてくれている。

タツキが指し示した岩盤が水面のようにさざめいたかと思えば、粘土のように凹み、空間が生まれ、それを石壁が支え、連鎖し、加速し、地殻を揺らしながらその現象は地上へと突き抜ける。


その余波は、結果としてグレコーをはじき出し――


「なるほど――、敗北とはダンジョンマスター同士の戦いを指していたのか。合点がいったよ、タツキ君」


――やがて砂塵は、丘を駆け抜ける風によって払われる。

――そして両雄は、三度みたび相まみえたのだ。


「ロベルト」

「ああ、任されたぜ、ダンナ」

タツキの剣である重戦士ヘビーアーマーは、無造作にグレコートの距離を詰めにかかる。


「ウォルフ」

「は、はい・・・微力・・・ながら」

まだ(仮)が取れないものの、タツキの参謀たるウォルフが、ルートを伴いながら、ロベルト、そしてタツキたち双方が、己の支援の射程に入るよう位置取りを始める。


「エルローネ」

「はい。お任せください」

銀髪狐耳の美女が、戦乙女と見まごう白く輝く甲冑を纏ってタツキの右前立つ。


「チェリ」

「は、はいっ!」

そしてタツキは、チェリの手をとって檻の中の少女へと向き合う。


***


檻を、破る必要がある。

銀光を放つ乙女たちに守られながら、未だ村人然とした貫頭衣を纏うタツキは思考する。


ダンジョンマスターは「ダンジョン」と「ユニット」で戦えということなのだろうか、己の出した武器防具をタツキは装備することができなかった。

タツキが鎧を纏うと、あるいは、使うという意志のもと武器を握ると、それらは空間に溶け消えるようにエリキシルに還元されてしまうのだ。


『ロベルト様が剣ならば、私は盾となりましょう』

その様を見て、エルローネが求めたのは大盾と甲冑だった。

『お恥ずかしいのですけれど、何故か私、力持ちなんです』


それらを纏い、しかし、いつもと何も変わらない、背筋を伸ばした優雅な歩みを見せるエルローネ。その容姿から《獣人》というキーワードが伏せ字とならずマスクされずに脳裏に浮かぶも、今はそれを振り払う。


眼前のサツキは、檻の中で片膝をつき、臣下が主を待つ姿でタツキを待っている。

ダンジョンマスターの本能に操られたままで。

「エルローネさん、念のため飛び道具に警戒。俺達とグレコーの射線を塞いで」

「かしこまりました」


トリガー系の魔技アーツを持たないタツキは、エルローネがそのタワーシールドの突端を地面に突き立てたのを確認し、召喚陣にエリキシルを込める。

>ユニット≫魔族≫異形種≫リビングアーマー_ランクC


「チェリ、俺の体を頼む」

「ふわ、あわわっ」

幸い、ロベルトと対峙するグレコーからはなんの妨害もやってこない。

命令として、言葉で表現することが難しい、《人が通れる程度に鉄格子を曲げる》というそれなりに繊細な動作を、タツキはリビングアーマーに《憑依》することによって自身で行う。


「タツキ様〜、もしもし? 今はあの鎧の中なのですか? だったら――」

「ありがとう、もういいよ」

「ひゃわっ!」


急に、自分にしなだれかかってきたタツキ。

抱きしめニマニマしていたら、あっという間に戻ってきて、なんというか、そのニマニマを見られたことが猛烈に恥ずかしい。


両手で熱くなった頬をばふばふしていたら、タツキが、ダンジョンマスターの少女を手招いて、真剣な声音で要請する。


「サツキ、そんな所にうずくまってないで、お兄ちゃんのところへおいで!」

「おにい・・・ちゃん?」


サツキを示す赤の光点。

それは逡巡するかのように数度瞬き――


「おにいちゃんっ!!」


――そして、緑に変じたのだった。

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