49:ケジメをつけるダンジョンマスター
***&*****、略して****。
ゲームの概念であるため、当然思い起こすことはできなかったが、武器防具、アクセサリーの類を初めて意識的に生成したタツキは、同じものを生み出しても、それらの性能にバラつきがあるということを知る。
例えば、
>武器≫片手剣≫聖光の剣_アイテムランクB
基本性能は、アンデッド特攻及び、一定確率で浄化が発動。
要するに、アンデッドに対しては攻撃力が倍増し、時折一撃必殺――ただし、発動率は相手ユニットランクに反比例――が発生する聖剣だが、タツキに見えた生成時のパラメータでは、切れ味、耐久度、そして、浄化の発動率などがそれぞれに異なっていた。
「お父さ――じゃなかった、課長っ! これ、これ! 課長が持ってるのより《浄化》発動率が高いですよっ!」
5本ほど生成したうちの一本を取り上げ、ルイーゼが騒ぐ。
どうやら《鑑定師》であるルイーゼにはそれが分かるらしい。
「なんだとぉーっ!!」
そしてどうやら《武器庫》は武器マニアらしい。
「各自、武器防具は好きなものを選んで。でも、《天使の光輪》だけは絶対に装備すること!」
「坊っちゃん殿よっ!」「はいはい、どうぞ持っていってください」「おおおおっ!」
ギースを軽くあしらいながら、興味深そうに武器防具を検分する面々にタツキが告げる。
好みや戦闘スタイルもあろうかと武器防具は聖光の剣をはじめ、ナイフ、槍、両手剣など数種を生成した。
しかし、神使を騙った際、偶然にも敵の切り札を知ることとなったタツキは、不死化・眷属化に対する完全耐性を獲得できるこのリングだけは統一して人数分の15を用意したのだ。
「ウォル君、こっちのリングがいいよ! 《祈祷師》限定の詠唱短縮効果がついてるよっ!!」
「え・・・? えええっ・・・!?」
――やはり、ひどくゲームじみてるよな。
タツキの生成した武器防具が、《鑑定師》であるルイーゼによって、真に持つべき者の手に渡っていくのを見ながら、タツキは今更ながらにひとりごちる。
ゲームじみている。
それは、タツキにイイモノのダンジョンマスターとなることを決心させた、この世界に対する第一印象だった。
魔王の在り方、ダンジョンマスターの本能に始まり、職位、魔技、バーサスモード、そして、***&*****的な武器防具たち。
この世界の《ゲーム》は《遊戯》の概念。故に言語化できる。
対して、タツキがひとりごちる《ゲーム》は、当然現代**のそれ。
「タツキ様?」
悩むタツキの視界に、チェリの栗色の髪が入ってくる。
「――ああ、うん、なんでもないよ。それ、よく似あってるじゃないか」
「えへへ」
暁の薄衣を試着する彼女のの髪をもふもふすると、彼女は嬉しそうに笑う。そして、その手を取ると温かく、
「タツキ様?」
ギュッと握ると、とくとくと脈打っているのが分かる。
「コギト・エルゴスム――、って、言えるのか・・・」
「ふぇ? なんの呪文ですか?」
「なんでもないよ。とりあえずはそれで十分かな、なんてね」
「もう、――変なタツキ様」
そういえば、現代**においても《我思う故に我あり》以外に自身の存在証明はできなかったように思う。
今、タツキはこの不思議な世界で、ダンジョンマスターとして様々に思い悩んでいる。
故に、タツキはこの不思議な世界に、現代**と同じ確からしさで《在る》のだろう。
チェリのぬくもりを感じながら、タツキはそう思うのだった。
***
「さて、みんな行き渡った?」
タツキは、なんとなく銀色っぽくなった面々を見渡して確認する。
防具はほぼ全員が。
武器は、主に戦闘経験が乏しく、己の獲物が定まっていない者――含む、なんでも使える武器マニア、もとい《武器庫》――が手にとった。
「指輪だけは、各自絶対に装備するように」
タツキが己の左手を掲げ、《天使の光輪》の存在をアピールする。
すると、主に女子が不思議な顔をする。
「タツキ、その指はな――」
そういえば、タツキは目覚めて間もないんだったな、と苦笑しながら、カミューが代表して教えてくれる。
「――結婚を誓い合った男女が、揃いの指輪をはめる指だぞ」
「・・・?」
それを聞いたダンジョンマスターは、少しぐらいは照れたり慌てたりするのだろうか。
そんな淡い思いで、女子たちはタツキを見ていたが、彼は、己の左薬指にはまった《天使の光輪》を、心底不思議そうな顔で見ている。
それは、二つの感情ゆえ。
ひとつは、「この世界でも薬指なんだ」という思い。
もう一つは、「なぜ俺は、なんの迷いもなく薬指を選んだのだろう」という疑問。
「――まぁ、ここで良いよ」
タツキは、どこか透き通った笑顔で笑う。
利き手は右手なのだから、無意識ならば左の指のいずれかにはめようとするのは自然。
しかし、どの指にはめるのかは5分の1だ。
そこから導き出されるものは。
――もしかして、俺は現代**で妻帯者だったのだろうか?
そして、そこに指輪があるのが当たり前になってしまうくらい、時を得ていたのかもしれない。
胸に満ちるのは、どこか郷愁じみた、甘やかな気持ち。
悲しみではないことに、タツキはほんの少し納得する。
現代**の、タツキ自身に関する記憶。
それは、起き抜けの夢の記憶のような、あっという間に輪郭が失われてしまうような不確かな思い出だ。
この世界で活動すればするほど、浜辺の砂の城を波がさらっていくかのように、どんどんとその輪郭があやふやになっている。
そんな、触れらるはずのない懐かしいもの。
触れていたとしても、懐かしいとすら、分からなくなってしまったもの。
『こっちでも、がんばらなきゃね』
それが、不意に現れて、タツキを励ましていったかのような、どこか優しい気持ちになってしまったのだ。
***
ダンジョンが、幾度目かのガツンっ、に見舞われる。
ワナジーマ救援班の準備が整ったため、城下を貫いて、居城手前までの掘削を行ったのだ。
相手ダンジョンマスター方向ではないので、エリキシルの追加要求もなく目的の地点までの貫通はたやすく完了する。
「――それでは皆様、再びこちらにご搭乗ください!」
タツキがフライングマンタを再召喚するのを制し、トーマスがとても嬉しそうに魔法の絨毯を取り出す。
「前回のタツキ様のお支払いがやや過剰であったため、この絨毯には十分な距離を移動するだけの金額が《預入》されております!」
ちなみに《預入》は《雑貨屋》ランク3の魔技らしい。さらには《物納》も魔技であり、こちらはランク2とのこと。
「いや、しかし」
「でも、これしか」
「背に腹は」
悪夢の記憶がよみがえる一行。
しかし、時は一刻を争い積極的な反論を行うことができない。
「ささ、ご遠慮なさらず、どうぞどうぞ」
嬉しそうに魔法の絨毯に座るトーマスは、いつもの緑色が銀色装備でコーティングされ、どこかコガネムシのようにも見える。
「み、みんなすまないっ! ワナジーマの民と、父のために覚悟を決めてくれっ!!」
最後は、目尻に涙を浮かべたカミューの一言で、ワナジーマ救援班は覚悟を決め、悲鳴とともに再爆走することとなった。
***
「じゃ、今度は俺達だな」
*****効果を伴って遠ざかっていく悲鳴に苦笑しながら、タツキは3体のフライングマンタを再召喚する。
実は、エリキシルは随分と増えていた。
思い起こせば汗顔の至りだが、仲間たちが、特に穢れ女であるチェリとカミュー、次いでエルローネが、タツキを大いに心配してくれた分だ。
――無論、トーマス大暴走の恐怖の感情も多分に含んで入るものの。
今も、現在進行形で暴走の渦中にあるカミューから、生まれてきてごめんなさい的なエリキシルがドバドバと流れ込んできている
それらを踏まえ、タツキは改めてダンジョンマスターの本能に問い合わせる。
しかし結果は、その増加分を見込んでも、追加コストを要する相手ダンジョンコアまでの一気掘削にはややエリキシルが足りないと出る。
「――これはそろそろ、ケジメをつけとけってことなんだろうなぁ」
「タツキ様?」
「あー、みんな、ちょっと失礼」
もちろん、こんな動機では少し失礼かな、という思いがないわけではない。
しかし、自身はダンジョンマスターだ。
そして、彼女は生け贄の少女。
意外に、2人にはぴったりなシチュエーションのような気もする。
「お、おい、ダンナ?」
「ふわわわっ!?」
なんの前触れもなく土壁がせり上がり、タツキとチェリを覆い隠した。
その向こうから、「鼻血はカンベンだぞ」とか「え? あの?」とか、「わっ、わっ、ふわわわわっ」とか、声が漏れ聞こえる。
そして、そのたびにエルローネの尻尾がピーン、となる。
ルートが「・・・あれ、いいな」とウォフルの袖を引いた所で、土壁がザラザラと崩れ落ちた。
現れた2人にさしたる変化はない。
チェリが真っ赤な顔でうわ言を述べているのは比較的よくあることだし、それをタツキが、表情に乏しいながらも慈しみの眼差しで見つめるのもいつものこと。
ただ、決定的な相違点はある。
チェリが、自身の右薬指につけた《天使の光輪》。
それが、左薬指に移っているのだ。
そして、
『獲得エリキシルが規定値を突破。ダンジョンマスターランク6を認定し――』
その無機質な脳内アナウンスをバックグラウンドに、タツキは相手ダンジョンコアへと続く通廊を一気に掘削するのだった。