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04:ダンジョンマスターのふたりぐらし

「ああ~、窮屈だったよぉ」

 タツキがゴブリンに命じてチェリの手足を縛る縄を切らせる。

 手首をひねってみたり、屈伸をしてみたり、伸びをしてみたり、彼女は自由を全身で表現する。その感情の発露が、少なくない量のエーテルとなってガラス瓶へと流れこむのがタツキには感じられる。


「さて、チェリはこれからどうしたいんだ? 元いた村へ送ることもできるが?」

 彼女を生贄に差し出すような村だ。できれば送りたくはない。

 ちなみにグノーメの探索部隊はすでに引っ込めてエーテルに還元した。タツキがタツキとなった以上、ダンジョンマスターの半自動的な行動はもう不要。


 見方によっては、チェリを生贄に差し出したがために、村への襲撃が止まったと見ることもできる。


「タツキ」

「なに?」

 案の定、彼女は何かを耐えるような表情になる。

「その、私、働くから。お料理とか、お洗濯とかするから…」


 タツキは黙って続きを促す。

 決断は、自身で行ってこそ力を持つ。言葉はチェリ自身が紡ぐ必要がある。


「だから、その」

 すぅー、っとチェリは息を吸い込む。

「ふ、ふつつか者ですが、どうか末永くよろしくお願いしますっ!!」

 たとえ、斜め上の言葉であっても、だ。


「お、おいおい…。それはけっこ…」

「どうか私を、タツキ様のお側においてくださいっ!!」


「は、はいっ、分かりました!」

 顔を真っ赤にして、ふーふーと肩で息をするチェリに、何故かタツキまで敬語になる。

 こういうところで使う表現ではないが、タツキの脳裏に浮かんだ言葉は「蛇に睨まれた蛙」だった。


「よ、よかったよぉ……」

 そして彼女はへにゃへにゃとその場にくずおれる。


 天真爛漫、とでも言うのだろうか。

 ものすごくエネルギーを持った女の子だと思う。抽象的な意味でも、そして具体的・・・な意味でも。


***


 グノーメを還元し、チェリの感情を吸収し、液量は3分の2強まで回復したエリキシル。

「うわぁ~、綺麗……」

 目をまんまるにして驚く彼女。オレンジの水位がほんの少しだけ震える。


「これがダンジョン・コアだな。そして俺の魂というべきものだ」

「たましい…?」

 ゴブリンにロープを切らせ、チェリが自由になったあと、2人は迷宮を進み、最深部まで戻ってきたのだ。


「ああ。この器が何者かによって壊された時や、このオレンジ色の液体がなくなってしまった時、俺とこのダンジョンは世界から消滅する」

「えっ!?」


「それから」

 と、タツキは目を閉じる。

 瞼の裏に浮かぶのは「ダンジョンマスターの本能」が見せる****画面。


「褒章」のカテゴリーから「調度品」を展開し、期待通りのものをそこに見つける。

「この液体――エリキシルと言うんだが、それを使えば俺は魔術師のように振る舞うことができる。まぁ、ダンジョンの中限定だけどな」

 いくつか出てきた「姿見」のデザインの中から気に入ったものを選択。アイテムランクはD。消費エリキシル量を確認し、決定する。


「アイテム・クリエイト」

 キーワードを口にすれば、エリキシルが自身の体を通るのが感じられ、それを右手に集約、燐光とともに放出する。

「ふわわっ、か、鏡っ!?」

 このように、ダンジョンマスターはエリキシルが許す限り物を生み出すことができるのだ。


「んー、ずいぶん若いな」

 姿見を選択したのは、今のタツキがどんな格好をしているのかを知りたかったためだ。

 藤谷達己だった頃の姿は残念ながら記憶に無いが、今の自分は「若すぎる」という違和感だけが存在する姿だった。


 チェリの指摘通り、黒目黒髪。

 年齢も10代くらいではなかろうか。柔らかそうな髪と、つるりとした、中性的な顔立ち。

「なんつーか、全く個性のない顔だな」

 現代風にいえば****か******。ファタジーチックにいえばホムンクルスといったところではないだろうか。


「タツキ様は、その、カッコイイと思いますよ」

 頬を引っ張ってみたり、笑顔を作ってみたり、自身の印象を把握しようとしていたところ、鏡にチェリが映り込んだ。


「うわぁ、鏡って、綺麗ですね。私、初めて見ました」

「やっぱり珍しいものなのか?」


 タツキと並ぶと、チェリは頭半分ちいさい。

 元気いっぱいの少女と、何を考えているかわからない、人形のような男の子。

 容姿はどちらも美男美女。

 年齢的にもお似合いなカップルが居るようにみえなくもない。ただ、自分の姿がイメージと合致していないので、なんだか他人が写った**を見ている気分になる。


「はい、村長さんの奥様がお持ちの手鏡しか、私は見たことがありません」

「んー…?」


タツキは首を傾げる。

「なぁ、チェリ」

「はい、何でしょう、タツキ様」


「なんで敬語なんだ? ついでに様ってのは…」

「とーぜんです」

 むん、とチェリが胸をはる。思わずタツキは見てしまう。彼女、痩せているくせに意外と大きいのだ。

「ここにおいていただく代わりに働くのですから、タツキ様がご主人様で、私は召使いです」

 まったく、ドヤ顔な召使いもいたものだ、とタツキは思う。


「あー、まぁ、分かった」

「はい、タツキ様」

 なんとなく、子どもが背伸びをしているように見えて、見ていて微笑ましい。少々こそばゆいが、悪い気分ではない。飽きるまでやらせておこうとタツキは思った。


「しっかし、汚いな」

 鏡に写る2人は「素材」はいいのだが、薄汚れ、あかじみている。この世界ではデフォルトなのだろうが、現代人の感覚を持つタツキにこの状態を許容することは難しい。

「とりあえず、浴室を作るか」


「浴室、ですか?」

「ああ。まずは風呂に入って、清潔な服を着て、さっぱりしたい」

 このダンジョンは現在、湖につきだした崖の中に存在している。

 ならば、浴室は湖を一望できる場所に作るしかないだろう。


「そのあと、トイレと寝室か。食事のことも考えないといけないし、やることは山積みだな」

そう言って、少年は気だるげな表情を笑みの形に歪めた。


***


 急転直下って、こういうことを言うのかな?

 でも、直下じゃなくて急上昇だよね。あれ、落っこちたからやっぱり直下?


 チェリは浴室のデザインについて、虚空を見上げながらああでもないこうでもないとつぶやくタツキを見ながら思った。


 居場所ができる。

 そのことについて深い安堵があると同時に、タツキと一緒に居られるということに、暖かいような、こそばゆいような、今まで感じたことのない心地よさを感じる。


 タツキが、本来ならばマオウの手先であるダンジョンマスターであることは疑いのない事実。

 しかし、彼だけがチェリを蔑まなかった。遠ざけなかった。そして、あろうことか、抱きしめてくれて、優しく慰めてくれた。


 その体は暖かかったし、しっかりと、男の人の匂いがした。


 まだタツキと出会って数時間しか経っていない。

 しかし、その数時間に感じたことはチェリのそんなに長くない人生の中で、燦然と輝く記憶になってしまった。


 タツキに信頼されたい。

 チェリは自然とそう思った。


 えっと、信頼してもらって、使える女だと思ってもらって、そしてそして、もしかしたら、もしかしたらっ! きゃーっ!!


 そのように妄想を暴走させていたところ、突然ダンジョンがガツンと揺れる。


「ぎゃーっ!!」

「チェリ、なんつー声出すんだ…」

「揺れたよっ、揺れたっ!! 今、がつん、って揺れたよっ!!」


 何かが攻めてきたの? すっごくおっきなモンスターが暴れたの!?

 敬語もふっ飛んでまくしたて、はたと、チェリは何かをタツキに伝え忘れているような気持ちにとらわれる。


「崖をぶちぬいて寝室と、居間と、浴室、それからトイレを一気に作ったからな。その反動だ」


 しかし、タツキのその一言で綺麗に霧散してしまった。

「案内するから、先に風呂に入って来い」


「ええっ、お風呂!?」


 振り返れば、3分の2強あったオレンジ色のエリキシルは、半分をやや下回っていた。

「ああ。おかげでエリキシルはずいぶん減ったけどな」


 やり方は単純かつ力技。

 ダンジョンマスターは、ダンジョンに関わる「ほぼあらゆるもの」をエリキシルから生成する能力を持っている。そしてそれら「ほぼあらゆるもの」はツリー構造で「ダンジョンマスターの本能」に格納されている。


 大分類はこうだ。


>ダンジョン

 ダンジョン建築一式が格納されている


>褒章

 冒険者がダンジョン探索を行う動機づけを行うアイテム群、つまり、宝箱の中身の一式が格納されている。


>生命維持

 ダンジョンマスターが生きるために必要な物一式が格納されている。


>ユニット

 ダンジョンに解き放つモンスター一式が格納されている。


 それらの中から、タツキが浴室作成に使ったのが以下のトラップパーツ。

>ダンジョン≫罠≫水≫「水牢(真水)」トラップランクD

>ダンジョン≫罠≫炎≫「灼熱の床」トラップランクD


 ダンジョンの浅い階層に「水牢(真水)」を作り、その排水口を「灼熱の床」で作られた水路につなげる。そして水牢(真水)より深い階層に浴室を作り、トラップの起動スイッチを浴室壁面に取り付ければあら不思議。壁のボタンを押すだけで温水が流れこむ快適な浴室が完成するといった寸法だ。


「論より証拠。ついといで」

 タツキが手招きをする。見れば、ダンジョンコアの部屋に新しい通路ができていた。


 入り口とは逆、つまり湖の方向に向かって2人は歩く。

 天井がぼんやりと光っていて、奥に、大きめの部屋と、いくつかの扉があるのが見えてきた。


「わぁ……」

「この大きな部屋が居間だな。ご飯とかはここで一緒に食べることにしよう」


 中央には、床石を削り残して作ったテーブルと椅子。左手には「水牢(真水)」の排水口を分岐させて作った流し場と、天面に「灼熱の床」を配置した簡易コンロがあった。


「で、奥の扉から、トイレ、物置、俺の部屋、チェリの部屋、だ」


 チェリの部屋、に、本人がピクリと反応する。

「後で見てもらえばいいけど、部屋にはベッドと、それから机として使えるよう、岩盤を削り残してあるから」


 多くのものを作成できるダンジョンマスターだが、ベッドや机、タンスなど、大きな家具を作ることができない。

 姿見など小物は「褒章」カテゴリーから作ることができるため、冒険者がダンジョンから持ち出せないような大きなものは不要、という判断がされいるのだろうか? と考える。一方で、ランク表記があることから、本人の成長に伴って増えていく可能性も無きにしも非ず、だ。


「あ、あの、タツキ様」

「どした?」

 チェリは複雑な表情でタツキを見ている。

「わ、私なんかが、お部屋を、頂いてもいいのですか?」


「一緒に暮らすんだから、当然だろ?」


「ううっ」

「う?」


 瞬間的に感じるデジャブ。

 タツキは思わず腹に力を入れて身構えたが、

「嬉しいですっ!!」

 チェリは大喜びで自室へ飛んでいってしまった。


「あれー?」


 妙な肩透かし感。

 一人残されたタツキは肩をすくめる。


「うわぁ~、窓っ! 外が見えるよぉ! きゃんっ、透明の板? ふぇぇぇっ、すごい、すごいっ、きれいだよぉー!!」


 今、エリキシルの液量がもりもりと回復中であることが、ダンジョンマスターであるタツキには感じられる。


 チェリが特殊なのか、喜びという感情がエリキシルに変換しやすいのか。

 比較対象を持たないタツキはわからないが、エリキシルの枯渇が死に直結するタツキにとって、彼女が得難き存在であることは間違いないようだ。

2015/09/26:誤字を2点修正しました。

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