44:神使を騙るダンジョンマスター
「なんで地下にゾンビがっ!?」
視点を地上のイビル・アイにも残し――、主天使を使役し――、そして、思考する。
職位によって強化されているのは身体能力だけではない。
ダンジョンマスターの職位はタツキの精神をも拡張しているようで、己が能力で得た多次元の情報は一切の過不足なく処理されていく。
送られてくる映像は、急に乱れ始めた地上の騎士団の動き。
感じられるのは、複数のユニットとのつながり。
そして、思考するのはこれからの戦略。
「地上も何かおかしい――。主天使、俺を守れ」
唯一の、しかし絶対の配下に命令を下し、己が意識はイビル・アイの中へ。
『魔技《極彩の魔眼》発動――、魔眼・鷹の目』
即座に魔技を発動させ、イビル・アイの魔眼能力を何倍にも強化する。
そして鷹の目が望んだところへ、混乱する騎士団の只中へ、一瞬でのズームを果たす。
「錯乱? いや、《眷属化》!? 」
剣を捨て、兜を脱いで、顔面をかきむしりながら悶える騎士。それを中心として、恐怖、そして絶望が渦巻くように発生している。
その感情は、バーサスモードの理に従って、発生源に最も近いユニットを操るダンジョンマスター、すなわちタツキの対戦相手に与えられる。
相手のエリキシルの増加に安堵するのは、それら3本のバーの後ろに少女の姿が幻視されるからであろうか。
『いや、そんなことよりも』
死体ではなく、生きている存在を直接《眷属化》できるアンデッドは、タツキの予習で得た情報では最低でもBランク上位だったはずだ。しかも、人間のように複雑な精神を有する対象の《眷属化》は、その心を単系統の思念で――例えば恐怖など――で塗りつぶす前提条件があったはず。
『魔眼・精霊の瞳』
タツキは望遠の魔眼から、相手のランクを視覚化する魔眼に切り替える。
視界から一瞬にしてランクのない者達――すなわち人間が消え、ゾンビ――すなわちダンジョンマスターの創造物がだけ、黄色に近い、オレンジのオーラを纏って残る。
『この色、Eじゃないぞ。ゾンビのランクが上がっているっ!?』
そして大地には、オレンジ色の細い線が、美しい幾何学模様状に引かれ、その一本一本がゾンビに接続している。
何も知らなければ、オーラを発しているのがゾンビだと言われなければ、美しく幻想的とも言える風景。
『あれか。おそらくはゾンビマスター』
しかし、その光線の束なる元をたどれば、丘の上に、赤に近いオレンジのオーラ。
魔眼を再び鷹の目に戻せばやはり――
『人為的大暴走ってことか。そしているじゃないか、俺の見知った顔がっ!』
***
タツキにしては珍しく、彼は少しだけ頭に血が上っていた。
というのも、タツキは他人に寛容なのだが、自分には厳しい。言ってみれば優等生気質を多分にはらむ人物であるためだ。
自身の失敗。
それがゾンビマスターを従える老人の隣で、双眼鏡を使ってこちらの状況を観察している。そして、死の軍勢を指揮し、幾多の死をを振りまかんとしている。
《極彩の魔眼》で強化された鷹の目は、口元に笑みを浮かべ、この状況を明らかに楽しんでいる様子さえ映す。
「グレコーッ!!」
自身の体に戻ったタツキは叫ぶ。
眼前の主天使が、その怒りに呼応するように剣を振り、かすったゾンビ、腕が飛んだゾンビ、両断されたゾンビ、それらの被害を問わず3体まとめて光の粒子に――エリキシルへと還元する。
「だったら、まとめて面倒見てやるっ!!」
ガツンッ、とダンジョンが揺れる。
それは岩盤の崩落。
イビル・アイが提供するビジョンを元に、中央付近、騎士団に最も接敵しているゾンビの一団を地下へと――、タツキのダンジョンへと落とす。
落盤の衝撃が、タツキのいる位置にも響いてくる。
もうもうと、砂埃をはらんだ空気が落盤に押し出されるようにタツキを襲う。
ユニット憑依――
しかし、タツキの体は主天使の背後に。そしてタツキの心は主天使の中に。
『まとめて消し飛べっ!』
砂塵すら鋭く切り裂いて、主天使の白き輝きが一層強まる。恐れを感じないはずのゾンビたちの、その勢いが鈍ったような気さえする。
『魔技、《十字の審判》!!』
それは、カードゲームではよくある、属性特攻の魔技。
曰く、範囲内の不死族に極大ダメージを与え、魔族に大ダメージを与える。ダメージは、ダンジョンマスターランクに比例する。
文字通り、周囲のゾンビは消し飛び。
「な、何が、・・・一体何が起こってるんだっ!?」
ゾンビに紛れて落着していた被験罪人があらわとなったのだ。
***
『人!? なぜゾンビの中に人が?』
主天使の中でタツキがうろたえ――
「て、ててて、天使様っ!? ・・・ってことは、俺はくたばっちまったのかぁ」
ボロをまとった青年は、どこか晴れやかな顔でひっくり返る。
「まぁ、こんな粉を使うくらいなら、死んだほうがマシってもんだ。天使様がいるってことは、使わなかったおかげで銀の船の国にも行けた――」
そして、そこまで言うと、今度は遠い目になって、
「すまんな、スラムのみんな。どうやら兄ちゃんはここまでのようだ」
何というか、一人勝手に走馬灯を回し始める。
『粉・・・? いや、それよりも』
――何だ、こいつの肩にべっとりと張り付いているエリキシルの塊は?
一方タツキは、青年の左肩に目を奪われる。
気持ちの悪い、虫の卵塊のような、どことなく手のひらの形に見えるような、そんなエリキシルが青年に張り付き、紫めいた色で脈動している。
不測の事態のオンパレード。
そんな状態で、本体を無防備にしておくのは得策ではない。
主天使を、己の姿を隠すように操作し憑依をとく。
そこで、ふと思いついた。
「そこなる青年よ!」
「は、はっ、・・・はいっ、天使様!?」
このまま情報収集してしまおう、と。
***
黒目黒髪の自分が出れば、どうせ「殺される」だの「食べられる」だの、罵詈雑言が飛んでくるに決まっている。
ゆえに、このまま神使の威を借りてしまおうというのだ。
「そなたはなぜ、このゾンビあふれる場所にいたのだ?」
先の大天使の一撃は、多くのゾンビを巻き込んでこの空間に静寂をもたらしたが、Bランクとはいえ、たったの1ユニットの魔技だ。
全滅には程遠く、地下空間には遠くゾンビの呻き声が反響している。
「何者かの差金か?」
「て、天使様、俺は・・・、俺はっ」
「よい。楽にせよ。心を落ち着けて話すのだ」
状況に感情がついていけていないのだろう。
相当量のエリキシルを漏らしながら、言葉をつまらせる青年に、タツキは優しい言葉をかけ、次いで己も身悶える。
――よい、楽にせよって、声に出すと相当恥ずいぞ、これ!
脳裏には笑い耐性の低いどこかのギルド課長が、笑い転げる姿が幻視される。
「はい。天使様――はいっ。実は俺・・・」
しかし、それなりに効果はあったようで、青年は涙を流しながらあらましを語ってくれた。
それは懺悔だ。
スラムのリーダとして、危ないことにも手を染めながら、子どもたちを食わしていたこと。
それが発覚し、被験罪人に落とされたこと。
線の鋭い、猛禽類のような男に連れられ、ここまで来たこと。
そして。
「ゾンビに紛れて進軍し、かぶったやつをゾンビにしてしまうパウダーを、敵の手練にぶつけろと、渡されました。それが終われば自由で、どこへでも消えるがいい、と」
青年は、それを使わず死ねてよかったと涙ながらに語る。
一方のタツキは先の原因不明の《眷属化》の正体がそのパウダーにあることを悟る。
グレコーへの怒りによって中断していた思索が、再びタツキの中に戻ってきた形となったが、その元凶がグレコーであったことにより、更に強い怒りとなってタツキの心中を駆け巡る。
その刹那――
「くっ、主天使っ!! その男の肩の――」
咄嗟の命令を形にできないまま。
青年の肩に張り付いた紫のエリキシルが、明らかなエネルギーの高まりを見せ弾ける。
「――確かに自由さ。どこへでも消えるがいい。この私から、逃れることができたら、だがね」
青年の背後に。
「転移だとっ!?」
「そして、その声には覚えがあるな」
銀の閃きと、コトリと転がる青年の頭部と、遅れて吹き出す鮮血。
「確か、タツキ君だったかな、ダンジョンマスターの少年よ」
血霧を纏い、狭まってきたゾンビたちの呻き声をバックコーラスに、黒装束の鷹がタツキの前へと舞い降りたのだった。