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03:ダンジョンマスターとラジオ

「あの、タツキ? ちょっとその、あのね?」

 チェリの手足は荒縄でしっかりと縛られている。


 タツキは改めて己の姿形を確かめようと、自身の髪やら顔やら服やらをペタペタまさぐってみたが、どうやら自分もチェリと似たり寄ったりの状態であることを知る。


「風呂、入りてぇ」

「その、だから、ね?」


 薄汚れたシャツと粗末なズボン。そして自身の肉体。たったそれだけしかこの場にはないらしい。

 何とかしてチェリの縄を切れないものかとあたりを見回すが、湖につきだした半島の突端だ。背後には草原。はるか眼下には花をつけはじめた美しい水生植物。そして、海原にも匹敵するような、青い青い水しか無い。


 ダンジョンに戻って、エリキシルから何かを生成したほうが早い。

そう判断したタツキはろくに歩けないチェリを再びお姫様抱っこし、ダンジョンの入口に向かっていた。


「悪いな、匂うか?」

「ううん、好きな匂い。・・・って、そ、そうじゃなくて、ね」


 腕の中のチェリは、今度はエビのようにびったんばったんする代わりに、リンゴのように赤くなってもぞもぞしている。


 まぁ、王子様じゃなくて見知らぬ男だからなぁ。お姫様抱っこされれば怒るよなぁ。

 タツキは心のなかでため息をつく。断片的に残る記憶の中に、悲しいかな、女性にモてたという感覚は存在しない。


「下、見るなよ」

 なので、せめて紳士を心がけ、優しくそう告げる。


 湖につきだした半島の突端は、崖の突端でもあるのだ。

 ダンジョンの入口は崖の中腹に。そして迷宮自体は湖とは反対方向に伸びている。


 よって、いまチェリを抱いたタツキは、ダンジョンの入口を目指し崖に刻まれた階段を下っている。


 階段は岸壁にそって弧を描くように続いていて、ダンジョンマスターの力で形成したものではあるが、幅は大人がようやくすれ違えるかどうかといったところ。湖から吹き付ける風に足をすくわれれば、湖面まで一直線という可能性も十分にはらむ。


「うわぁっ! すごいっ! すごいよっ!!」

 しかし、チェリはそのブラウンの瞳に感動の輝きを載せて湖を見る。


「チェリは、高いところは平気なのか?」

「ううん。怖いよ。怖いけど、私、こんな景色見たの初めてだから」

 言う通り、怖さはあるのだろう。幾分体をタツキに寄せながら、視線だけは湖から離さない。


 いや、その体勢はキミの胸が、胸がね…。


「え、えっと、チェリはこの近くの村の人なんだろう? いくらでも見てきたんじゃないの?」

階段を下る振動に、むにむにと押し付けられる細身ながらもしっかりとした感覚。

 トキメキに窒息死させられそうになりながら、タツキは尋ねる。


「ああっ!! そう、ダメ、ダメなのっ!」

「おおおっ!? いきなりなんだっ!? お、落ちるっ! 危ないから、ここでエビはやめなさいっ!!」


 何が地雷だったのか。もしかして、胸の感覚を楽しんでいたのバレたのか。

 まるで絶望を見たかのように表情を急転させ、チェリがびったんばったん暴れ始める。


「放してっ。お願いっ! でないとあなたまで穢れちゃう!!」

「穢らわしい!? あああっ、悪かったっ! やっぱお姫様抱っこはマズイよなっ。ちゃんと安全な所についたら下ろすから、あと少し我慢してくれっ」


 色々勘違いをしながらも、タツキはチェリをしっかりと抱きしめる。


「ダメェ、離してぇーっ」

 抱きしめたまま、階段を駆け下りる。

 こんな状態だが、どうやらこの体、ずいぶんとスペックが高いことにタツキは気づく。

軽いはいえ、人一人分。その重みをモノともしない腕力と脚力。


 タツキは階段を降りきり、ダンジョンの入り口から内部へと突入した。


***


「はぁ。ごめんなぁ」

 湖の湿度にしっとりとしたダンジョン入り口。

 最初のフロアでタツキはチェリをそっと立たせる。


「こんな見知らぬ男なんかに抱かれたくないよな」

「ええっ!? 違うよっ、私、そんなことで怒ったりしないよっ!」

 蒼白な顔をしていたチェリは、その瞬間だけ真っ赤になる。


「へ? じゃあ、なんで?」


「あのね、タツキは、私を見て何も思わないの!?」

「は? そうだな。あえて言うなら、その、美人だなぁ・・・って」

 困ったように頬を書きながら、タツキは自分でも驚くほど素直にそう告げる。


「ふえっ、びじーっ!」

 チェリはさらに顔を赤くして、縛られたままの手を胸元によせて、わなわなしている。


 や、やば。また怒らせた?

 もしかして、いろんな人に言い寄られて辟易していたとか?


「からかわないでっ!」

 たしかに彼女は怒っていた。

 しかし、怒りのベクトルがどこかおかしい。

「私、けがなの。見れば分かるでしょっ!!」

 彼女は、とても悲しそうに怒っていた。


「けがれ、め?」

 タツキは腕を組んで首を傾げる。自身の記憶にも、ダンジョンマスターの記憶にも、それに該当する情報は存在しない。


「じゃあ、これでどうっ!?」

 チェリは縛られた両手で、右の髪をかきあげた。

 尖った耳と白いうなじが露わなる。そして、まるで羞恥や屈辱に耐えるかのように唇を引き結んで下を向く。


「首、細いんだねぇ。もっとごはん食べなきゃだダメだよ」

「ええっ! えええっ!? そ、それだけっ!?」

 本当はそれだけではなく、やたらエロスを感じるポーズであった事をタツキは心のなかで付け加える。


「うそよっ!」

 チェリは弾かれたように前を向くと、タツキをまじまじと見つめる。嘘や誤魔化しを探す目だ、と理解できるが、やはり美人に見つめられるのはどぎまぎする。


「嘘はつかんよ。っていうか、つきようがない。俺、どうやら部分的に記憶を失ってるみたいなんだ」

 タツキはどこか申し訳無さそうに頬を掻く。

「だから、穢れって言われてもさっぱり分からん」


「私、耳、尖ってるでしょ?」

「ああ。エルフみたいだな」

「エルフ?」

「俺の記憶にある物語の、美しい妖精」

 耳のことは、実は最初から分かっていた。特に告げなかったのは、これがこの場所のデフォルトかと思ったからだ。


 この場所はまるで中世*****のようだとタツキは思う。

 ダンジョンマスターがいたり、モンスターがいたりするところなど、ゲームやファンタジー小説のそれだ。タツキも若い頃は***でそんな小説を好んで読み漁ったものだ。


 だから、エルフくらいいても当たり前で、ことさら告げるほどのものでもないのだろうと思っていたのだが。


「美しい、妖精・・・」

 チェリはしばらく、ぽかん、と無防備な表情を晒していた。

 彼女の耳は細く尖って長く、その線の細い容姿と相まって、エルフと言われれば誰もが納得するだろうに。


「じゃ、じゃぁ、タツキは」

「お、おう?」


 いきなりチェリの声が震え、瞳から涙が溢れる。


「私の事、怖くないの?」

「ああ、全然」


「避けたり、しないの?」

「避ける理由ないし。っていうか、今のところ唯一の知り合いだし」


「その、わ、私が触れても、穢れたりしない?」

「そもそも、穢れの意味がわかんないし」


「逃げたり、しない?」

「するわけない」


「ううっ」

「う?」


「ううっ、うわわあぁぁーんっ!!」

「おわっ、げふぅぅっ!」

 この日一番の大ジャンプではなかっただろうか。感極まったチェリは縛られた両足で、半ばタックルのようにタツキに飛び込んだ。


 避ける理由がないといった手前、男らしく受け止める。

 頭突きがきれいにミゾオチに決まって、半分涙目になりながらも、優しく抱きしめ背中をぽんぽんしてやる。


「よくは分からんが、ずいぶんと苦労してきたんだな」

 言い換えればそれは、チェリはずっと怖がられ、避けられてきたということなのだろう。

 ならばせめて。

 この可愛らしい少女が泣き止むまで、しばらくこのままでいてあげることが、大人としての役割だろう。


 加えて、彼女の境遇が何となく理解できてしまった。

 穢れ。それはようするに、多数派マジョリティーと違う特徴を持った少数派マイノリティーを、迫害する言い訳。

 そんな圧力がこの世界にあるということだ。


 簡単にいえば、イジメ、カッコ悪い。

 穢れとは単なる後付の理由なのだろう。

 本当に呪いとかであった場合はちょっとばかり嫌だが。


「……タツキ」

 グズグズと鼻をすすりながら、腕の中からチェリが見上げる。


「…タツキにくっついてると、あったかい、ね」

「そうか」

 人のぬくもりというものは、勇気や信頼、安らぎを与えてくれるもの。

 それを、ほとんど得られてこなかったと思われる少女に、タツキは深く同情する。


 ただ、この邂逅は偶然の賜だ。

 タツキ自身も、この自分をタツキと認識してから1時間経ったかどうかだ。

 自分がこれからこの場所で、どう振る舞えばいいのかさえわからない。


 かたや生贄として捧げられ、ここで生涯を終えるはずだった少女。

 かたや見知らぬ世界で覚醒め、ここでこれから、生き続けなけれなばらないダンジョンマスター。


 終りと始まりの邂逅は、何を生み出すのだろう?


「じゃあ、今度は俺の方から質問だ」

「なぁに?」


 ゆえにタツキは、彼がタツキであることの引き金を引いた少女に問いかける。


「チェリは俺が怖くないのか?」

「怖くないよ」

 とろけるように笑って、即答。

 思わず二の句が告げなくなって苦笑する。


「俺は記憶を失っているが、どうやら間違いなくダンジョンマスターらしいぞ」

 タツキは芝居がかった動作で右手を上げる。

 それに応えるかのように、薄暗かったダンジョン内の壁が柔らかく発光を始め、辺りを白日のもとに晒す。


「わわっ」

 チェリは暫くの間眩しさに目を細める。

「ひゃぁぁっ!」

 そして、周囲を認識した瞬間、おもいっきりタツキに身を寄せた。


 いや、だから、その体勢はキミの胸が、胸がね…。


 果たしてそこには、グノーメとゴブリンの一団。

 それらが片膝をつき、若干鼻の下が伸びているタツキに、深く頭を垂れている。


「こほん。魔王の手先、だったか?」

 失いかけていた威厳を取り戻すかのように、若干低い声でタツキは問いかける。


 それを受け、

「ごめんなさい」

とチェリが謝罪する。

「私が間違ってたの。タツキはマオウの手先じゃないよ」


「だけど、俺はこのとおり、ダンジョンマスターであることは間違いない」

「じゃぁ、タツキはマオウの手先になりたいの?」


 タツキの服をギュッと握って、不安に揺れる声でチェリは問いかける。


「いや、なりたくないな。というか、なれない。なりようがない、というのが正しいかな」

 魔王がそのような在り方では、さすがに無理だとタツキは考える。

 確かに、ワタシであった頃のタツキは間違いなく魔王の手先だったのだろう。


「よかったぁ!」

 チェリがタツキを見上げ、ぱぁっと笑顔が輝く。

「じゃぁね、タツキは今日からイイモノのダンジョンマスターになるの」


「なんだそりゃ」

 ずいぶんとこどもっぽい提案にタツキは吹き出す。

「いや、まてよ」

 しかし、即座に脳裏に閃くものがあった。


「それはアリなんじゃないか」

 ダンジョンマスターとしての全能を得たうえで熟考すると、それは素晴らしいアイディアではないだろうか。むしろそのためにタツキはタツキとなったのかもしれないとすら思い始める。


 イイモノのダンジョンマスター。

 その概念が、不安定だったラジオの周波数をピタリと固定してしまった。


 そしてその概念が、生贄の少女とダンジョンマスターの、波瀾万丈の物語を紡ぎ始める。

2015/10/08:サブタイトルの書式を統一しました。


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序章的なもの、完結です。

あまり書き溜めがない(かつ、仕事が繁忙期)ですので最低1週間に1話くらい増やしていければいいなぁと思っております。


無駄足、踏まれませぬよう。。。

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