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ダンジョンマスターと生贄の少女  作者: 緑 素直


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39/111

37:ダンジョンマスターは西の騒動に巻き込まれる

 お世辞やごまかしには慣れている。

 そして、それを行っている者は、纏う雰囲気で分かる。


 辺境伯は、当然貴族であり、その地位は貴族の中でも高い。

 国境を守るという重い立場にあるためだ。

 故にカミューは日常の大半を、その身分ゆえ敬われながら育った。けがであると知られていながらも。


 だから明確に分かるのだ。

 敬いの中にある憐憫が、嘲りが、そして忌避感が。


「これは――」

 首周りと、手の甲から肘のあたりまで。

 そして、今改めて見れば、目元のアイシャドウに見えていたものも、光沢を放つターコイズブルーの鱗。

「――綺麗で神秘的で、なんというか、ドラゴンのようだ」

「な? ドラゴン?」


 故に、タツキの言葉に、どう反応すればいいわからずに、カミューは歳相応の少女のような、無防備な声で尋ねてしまった。


「あ〜、すみません。女性にドラゴンはないですね」

 そのタツキには、憐憫も、嘲りも、そして忌避感も、カミューの慣れ親しんだそれらが一切ない。


 それどころか、

「でも、カミューさんは強くて綺麗だから――」

 むぅ、と、顎に親指を当てて、さらなる褒め言葉を考えている様子。


「あ、いや、その、それでいい」

「え?」

「ドラゴン」


 自分の声のキーが上がってしまうのを、カミューは抑えられない。

 眼尻がたれているのが自覚できて恥ずかしい。


「良いんですか?」

 彼女の纏う雰囲気が一瞬で軟化したため、タツキは戸惑いながらも尋ねる。


「ああ。その、す、す、」

「す?」


「すごく、嬉しい!」

 笑みの形に下がった眼尻に、涙がにじむ。

 それはターコイズブルーの鱗の上で水滴となって、宝石のように輝いていた。


***


「辺境伯領とは、穢れた者の流刑地なんだ」

 つかえていたものが取れたのか、彼女はずいぶんと幼くなった声音で、しかし、この世界の住人にとっては重いであろう事実をタツキに告げる。


「王族や高位の貴族に穢れた者が生まれると、2つの選択肢が突き付けられる」

 それは、殺すか、流刑とするか。


 カミューやエルローネのように、出生時からそれと明らかな特徴を持つ者は殺されることが多く、そしてチェリのように、ある程度大きくならないとその特徴がはっきりしない者は、育てたことで情が移るのだろう、辺境伯領に流されることが多いらしい。


「その者たちが婚姻を重ね、今のワナジーマ辺境伯、バルツェル家があるんだ。だから――」

 椅子をタツキの隣に持ってきて、並んで座ったカミューが、恐る恐る伺うようにタツキを見上げ、告げる。

「――私達の一族はとても穢れ持ちが生まれやすい」


 カミューは穢れであるため、タツキにはその感情図が意図せずとも見えてしまう。剣を持った彼女を無手で圧倒できたのも、それを読むことによって打ち込みの予測ができたからにほかならない。


 だが「読める」ことと「分かる」ことは違うのだ。

 「殺す」という意思。「当たれ」という願望。「そこに打ち込むのだ」という先触れならば分かる。

 だが、今の彼女から漂う、羞恥と、恐れと、そしてほんの僅かばかりの期待が混じった感情。


「私には、こちらの世界の常識がありません。なので、全然気にしませんよ」

 そして、タツキがそう返した時に、これまでのすべてを押し流すかのように溢れ出す喜びの感情。

 それら、気持ちの複合体を指してなんと呼ぶのか。

 それがタツキには分からない。

 物事に対する感じ方、その感情の動きは、人それぞれで違うからだ。


 しかし――


「本当かっ!? そ、その、もしも、もしも、だぞ」

 あくまで仮定の話だからな、とカミューは念を押す。

「私と、お前が、だ。仮に、こ、こ、恋に落ちたとして」

 ふー、とカミューは息を吐く。

 吐いて、その神秘的な瞳でタツキをまっすぐに見つめる。

「男はこんな、穢れた女を、そ、その、娶ってくれたりするものだろうか?」


 ――ああ、普通の女の子なんだ。ということは分かった。


 精神年齢がロベルトおじさんに匹敵、あるいは凌駕するタツキは、茹で上がる彼女を微笑ましく見つめる。剣を振り、部下を従え、穢れに悩むカミューも今ではもう歳相応。15~6の少女にしか見えない。


「――そうだね。信頼があれば大丈夫だよ」

 なのでタツキも敬語をやめ、人生の先達として言葉をかける。

「ほ、本当かっ!?」

 花開くように、カミューの表情が明るくなる。

「だ、だが、私を娶るということは、その血に穢を受け入れるということになるんだぞっ!」


「少なくとも俺は気にしないな」

 そう微笑むタツキ。


 だが、彼はやはり分かっていない。

 あくまで人生の先達としてかけている言葉だが、当の本人の外見は、カミューと大差ない15~6の少年であるということを。


 「読める」と「分かる」は、やはり違うのだ。


***


 うつむいて、両の頬に手を当てて、首筋まで真っ赤になったカミューは、「気にしない?」「本当に?」「娶ってもらえる?」などと、ワナワナしながら呟いている。


「すみません、私達もお邪魔してよろしいですか?」

 意中の人でもいるのだろうか、微笑ましいな――、などとタツキが考えていると、背後から声がかかった。

「あれ、みんな?」


 タツキが振り返れば、ダンジョンチーム・オールスターが揃い踏みだ。


 相変わらず、しっとりとしたエルローネは、

「チェリ様が膨れていましたから、みんなで来ちゃいました」

 そう言って、くすっと笑う。


 確かに、復活したチェリはなぜか「げっ歯類ほっぺ」だ。

 次いで、両の鼻に血のついた布を突っ込まれ、口呼吸をせざるを得ないウォルフと、その右腕にぴっとりとくっつくルート。

 そして、ウェイターよろしく、左腕に幾つもの肉皿を載せ、右手にジョッキを持てるだけ持ったロベルトが続く。


「チェリ?」

 彼女から漏れる感情は、嫉妬。

 エルローネからは好奇心。


 寂しい思いをさせたかな――?

 そんな保護者的感情で、とりあえずタツキはチェリの髪をもふもふする。


「ふにゅーっ、わんこなんですっ、どうせ私はタツキ様にとってわんこなんですっ!」

 すると、ふくれっ面になりながらも、喜悦の感情を溢れさせるチェリ。

 悔しそうな表情ながらも、ぶんぶんと力いっぱい振られるしっぽが幻視される。


「はいはい、俺の、世界で一番大事なわんこ、だな」

 酔っぱらいには、過去に酔っ払っていた時の行動をトレースする能力がある。たとえその本人が記憶を酒の精霊に捧げていたとしても。


 チェリは、

「世界一!」

と目を輝かせ、

「でもわんこ!?」

と、複雑な表情になる。


「世界一! なのにわんこ! ううううううっ、ふにゅーっ!!」

 なんだろう、思考回路がショートした感で、チェリはタツキの膝によじ登ると、酔っ払った時の定位置だと言わんばかり、タツキに膝に座ってにぎゅむむとしがみついた。


 温かさと柔らかさ、そして彼女の匂いに、タツキの体から力が抜け、心が安らいでいく。

 それを認識した瞬間タツキは、「意外に俺、気張ってたんだな――」と初めて自身の過負荷を意識する。


「そ、そ、その娘は?」

 当然驚くのはカミューだ。


「ああ、ごめん。チェリって言って、彼女が、俺を魔王の手先から、俺に戻してくれた恩人だよ」

「ふぇ? そうなのですか?」

 そんなこと、しましたっけ? な感でチェリが膝の上でタツキを見上げる。


 相変わらず、いつでも平常運転。

 言い換えれば、彼女の側にはいつでも日常があるのだ。

 異常に晒され続けているタツキにとって、これ以上安らぐ相手はいない。


 だけど、今回は近い。すごく、近い。

 タツキとチェリは、拳一つ分くらいしか背丈が変わらない。そんな彼女が、タツキの膝の上におさまっているのだ。

 ゆえに、見上げる彼女の顔は、タツキの顔の至近距離。


 ――随分、顔色が良くなったよな。肌もきめ細かくなった。

 見つめれば、初めて出会った時とは比べ物にならないくらい美しくなったチェリのかんばせ。

 桜色の頬と、血色の良い、ぷっくりとした唇。


「あれ? タツキ様、珍しく酔っ払いましたか?」

「――え? 俺が?」

 気づけば、自身の頬に熱を感じる。

「ドキドキ、してます、よ」

 そして、言われれば、鼓動がいつもよりやかましい。


「今日は酔うほど飲んでないぞ」

「ふわわっ」

 照れ隠しに、タツキは両手でチェリの髪をかきあげる。

 

「み、耳が、見えちゃいます」

「いいんだよ、俺は好きだから」

 なんとなく悔しいので、思わず見惚れてしまった、とは告げないタツキだった。


***


 長い、妖精のようなチェリの耳。

「いいんだよ、俺は好きだから」

 の言葉に、それがピーンと立って、数秒間硬直を維持し、次いで真っ赤になって、へにゃりと垂れた。


「あらまぁ、まぁまぁっ」

 次いで、興味津々に2人を伺っていたエルローネの尻尾も、何故かピーンと立つ。


 それら、露わとなった穢の証に、カミューは息を呑んだ。

「――あの話、嘘、じゃなかったんだ・・・」

「ん? 嘘?」

 隣から聞こえてきた言葉に、タツキは首を傾げる。

 もう少しに意識を向ければ、「信頼してもらえれば」とか、「幸せな結婚が?」とか、「でも、第二夫人か?」等、何やら不穏な単語までもが聞こえてくる。


 その甘やかな空気に、無粋な呼び出し音が割り込んだ。


 ――何だ? 携帯**?

 ひらめきそうで、やはりクリアにはならない現代の記憶。

 その気持ち悪さに、タツキは頭を振るも、

「タツキ様?」

 膝の上のチェリの存在が、心の平穏を取り戻させる。


「すまない、父上からだ。まったく、さっき定時連絡をしたばかりじゃないか」

 カミューはダンジョンチームの面々に頭を下げると、腰の道具入れから《遠見の水晶球》を取り出す。ダンジョンマスターの瞳には、夜露に輝く蜘蛛の糸のような、細く長いエリキシルのラインが、どこか遠くへとつながっているのが見える。


「――なっ!?」

 そして、不意にそれが麻糸ほどの太さになり、タツキは目を見張った。

「カミューさん」

 タツキの声に緊張が生まれ、チェリを抱く腕に少しばかり力が入る。

「それが、父上の声や思いを伝えるアイテムだとしたら、すぐ受けるんだ」

 糸から、明らかな焦りの感情が漏れ出ている。


「え? いや、しかし」

「緊急事態の可能性が高い」


 ――なぜ分かる!?

 そう問い返せないほど真剣なタツキの声音に、カミューが父からの通信をつなげる。


『おお、カミュー、いつものように出てくれないのかと思っていたところだ』

 浮かび上がる、いつもとかわらぬ父の姿はしかし、豪奢な鎧と緋のマント、そして重厚な大剣で完全武装されていた。

「ち、父上っ! そのお姿はっ!?」


 カミューの問いに、ワナジーマ辺境伯ゲオルグは答えない。

 答えず、愛娘を取り巻く環境に、ダンジョンタウンに、タツキに、そしてチェリに視線を向けていく。


 ――何だ、謝罪か? 安堵か?

 タツキは、そのビジョンを伝えるエリキシルの流れから感情を拾い、

「父上っ、なぜそんな悲しそうな顔で笑うっ!?」

カミューは父娘のつながりでそれを知る。


 そしてゲオルグは、優しく、悲しく微笑んで告げるのだった。

『カミュー、お前はもうワナジーマに帰ってこなくていい』

 と。


次回、第2章完結予定です。

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