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35:ダンジョンマスターは西との和解に動く

ワナジーマ辺境伯が公女。

エールのほろ酔いも手伝って、それを聞いたタツキの第一印象は、コウジョってなんだっけ? だった。


真っ先に浮かんだのは、勤め人であったがための記憶の残滓。

「税金が、少しばかり返ってくるんだっけか?」


それを聞いたトーマスは、

「ほうっ、それはダンジョンマスター的ボケですか? 実に興味深い。で、私はどう突っ込めばいいのでしょう?」

という、生真面目かつぶっ飛んだ返事を返す。


「あ――」

次に起こった脳内変換は何がしかの名作劇場。幼いころに見た***だ。


「小公女、つまり、やんごとなき御身分な女の子・・・」

そして理解に繋がる。つながって、もう1回理解した。

「ヤバい、ぶっ飛ばしっぱなしでフォローできてない!」


「ほうっ、カミュー殿の剣は、女性ながら王都にも聞こえる腕前ですよ。それをぶっ飛ばすとは、さすがはタツキ殿ですなぁ」

青くなったタツキだが、トーマスは、いつも通りズレた方向から感心する。

ダンジョンマスター至上主義はこんな時もブレない。


「トーマス」

「は、はい、何でしょう?」

タツキはその緑の商人の肩をガシっとつかむ。

「顔、繋いでくれ」


せっかく冒険者ギルドギースから信頼を取り付けたのだ。

それなのに、どこかの貴族のご令嬢をぶっ飛ばしたまま帰すのはいかにもマズいだろう。

ダンジョンマスターは基本、待つしか出来ぬ身。

ゆえに、やってきた特別なお客様は、もれなくキッチリ饗さねばならない。


「お任せください。ワナジーマ辺境伯領も親父殿の販路ですからね」

ダンジョンマスターに頼られたトーマスは、嬉しそうに微笑むのだった。


***


「タツキ様・・・」

そんな2人の姿を、チェリはボア首肉トロをはむはむしながら眺める。

口に広がる旨味の詰まった油。

村では食べたことのない素晴らしいお肉。その味に、心の底から幸せが沸き出す、はずなのだが。


「寂しいな」

その光景は、チェリに何かを思い起こさせるのだ。

その「何か」に出てきた「誰か」も、今のタツキのように、先頭に立って多くの人をもてなしていたように思う。


思い出すことを許されない記憶。

しかし、そこで彼女が抱いていた感情も、今と同じ「寂しさ」ではなかっただろうか。


「はわっ!?」

そんなチェリが、後ろから、しなやかで柔らかなものに包まれる。

「チェリ様、隙ありですっ!」

「え、エル姉様」


傍からみていると鯨飲しているように見えるのだが、一切を顔色として表さないエルローネが、後ろからチェリを抱きすくめる。

「ああ、チェリ様の髪はふわっふわで、お肌はもっちもちで、癒やされます~」

「はわわ、はわわぁ~」

アルコールが顔色に出ない分、行動と、そして体温に出ているエルローネが、そのあたたかい手のひらでチェリを撫で回す。


胸の痛みが少し和らぐ感覚。

あたたかな、優しいものに包まれ、チェリはうっとりと目を細める。

しかしながら、

「え、エル姉様、そこはお胸で、あぅ、くすぐったいです」

「やっぱり私より一回り以上大きいですね。悔しいので、えい、えいっ」

「ひゃうっ、ひゃんっ!」

いつもどおり、いや、酒精にたぶらかされている分、いつもより余計に撫で回されるのだった。


***


「あれ、ロベルト?」

トーマスとともに再びカミューの卓に向かうタツキにロベルトが合流する。

「・・・いや、ちょっと居づらくてな」

何が、とか、なんで、とかは聞かない。タツキたちの卓方面で吹き荒れる桃色オーラはここにいても感知できる。


あと、振り返れば普通に、

「お兄さん、見ては、ダメ。刺激、強すぎ」

とかいいながら、ウォフルの目を両手で塞ぐルートの後ろ姿が見える。

その体勢は普通にウォルフの頭を後ろから抱きすくめるかのようで、そちらの刺激もなかなかな破壊力を持っていそうだ。


どちらにせよ、チェリを撫で回し尽くしたあと、次なる犠牲者は十中八九ルートで、ウォルフの鼻血コースは確定のように思える。


「酒宴はいいねぇ」

そんな、幾多の幸せの感情が、まさに奔流となってダンジョンコアに流れ込んでいる。

それは、自らの胸のうちが、ここにいる皆の幸せで暖かく満たされるかのような感覚だ。


肉の焼き加減を見定めながら、時折エールを流し込み、何故かその周りに正座する元盗賊団の面々に冒険者の心構えを語るギース。


新しいジョッキを持ってきたり、焼けた肉を皿に取り分けたりしながら、ギースの冒険譚の裏話、すなわち、その冒険でどんなモンスターが獲得され、調理され、そして自身のお腹にどんな悲劇が待っていたのかを力説するルイーゼ。


卓に居るのがまどろっこしくなったのか、灼熱トラップのそばで自ら肉を焼き、かたっぱしから食らっていくトーマスが連れてきた双子。


誰かが歌い出せば、誰かがテーブルを叩いてリズムを取る。

そこに手拍子も加わり、小さな楽団が出来上がる。


太陽は沈み、天井の集光クリスタルは闇をたたえている。

その闇の中で、街灯の魔法の明かりが暖かく滲んでいる。


幸せに満ち溢れるダンジョン。

タツキの旅の終着点、その小さな完成形がすでにこの場に現れていた。


***


しかしながら。

3人で辿り着いたカミューの卓は、周囲から比べると沈んだ雰囲気だ。全員が若い女性であるにもかかわらず、その雰囲気がために周囲の野郎どもも声をかけるに戸惑っているようだ。


アンナとショーナ、父をダンジョンで亡くした姉妹は切り替えも早く、肉を喰らい、酒を飲んでいる。兵士たるもの、食べられるときに食べ、コンディションを整えておくことも仕事のひとつだからだ。


「カミューお嬢様、毒など入っていないことはこのダリアが保証いたします。少しくらいは召し上がっていただかないと、いざというときにお力を発揮できませんよ」

沈んだ雰囲気の元凶は彼女らの主、カミューだ。


法術師キャスター然とした3人目の女性がカミューを諌める。腰に魔術の発動体と思しき、少々ごつい鈍器を下げている彼女は、施術師ヒーラーである可能性が高い。


「調理しているのはあのギース殿だ。毒など入れるものかよ」

「ギース様がなさらなくとも、ここはダンジョンです。警戒しておくに越したことはないでしょう」

「――ダンジョン、か」

ダリアのその言葉で喚起されるのは、そのダンジョンが主、タツキに完膚なきまでに負けたこと。

もともと武人の気質を持つカミューだ。それがなければ、アンナとショーナのように、何のわだかまりもなく肉を喰らい酒を飲んでいただろう。


と、その時、飲み食いをしていた姉妹がさっと立ち上がる。


男性にも負けない体躯、ウェーブのかかった豊かな髪。強気な表情を持つのが姉のアンナ。

彼女をパワーファイターだとすれば、やや小柄で、ストレートの髪を後ろで束ねた妹のショーナは、スピードを重視したバランス型だ。


「今度は大勢だな。何用だ、ダンジョンマスター」

誰何するのはアンナ。

その隣に立ち、ショーナは、タツキを、トーマスを、そしてロベルトを伺っている。


姉が切り込み、妹がその隙を埋める。

敵ではなかったが、剣による戦いと同じスタイルだな、とロベルトが分析していると、

「アンナ、何度言わせるのです。お世話になっているのにその態度はいけません」

柔らかい声がそれを制する。


タツキが先ほどこの卓を回った際、唯一まともに相手をしてくれた存在、ダリアだ。

警戒を忘れず、それでいて礼節も忘れない。

外渉に向いた人物であるとタツキは評している。


「先程はろくにお相手も出来ず失礼いたしました。それで、今度はどのようなご用件でしょう」

アンナとショーナの間を割って、歩み出るダリア。

女性らしい、ふっくらとやわらかなボディライン。紫のロングヘアをふんわり編みこんで、肩口から垂らしている。20代中頃だろうか、カミューたち一行の中で最も大人びて見える女性である。


「あー、ええと、だね・・・」

「これはこれはダリア様、ご無沙汰しております。カーライル家のトーマスでございます」


カミューを慰めに来た。

そんなぶっちゃけた理由を告げるわけにも行かず、タツキが口ごもっていると、トーマスがずいずいと前に出てきた。


「カーライル様――、ああ、存じておりますとも」

それを見たダリアは、優雅に一礼して嬉しそうに微笑む。

「辺境伯領まで来てくださる商人はなかなかおりませんから。お父上には大変お世話になっております」

「これはこれはもったいないお言葉」

トーマスの返礼。

ここは彼に任せたほうがいい。そう判断したタツキは半歩後ろに下がる。


「ならば、良いお知らせですよ」

トーマスは、普段のダンジョンフリークスな彼からは想像もできないくらい爽やかに微笑む。

「あら、なんでしょうか?」

「その辺境伯領を訪れる商人ですが、ひとり増える見込みなのです」


トーマスのその一言。

タツキにとっては世間話の延長にも聞こえるが、ダリアに表情が驚きに彩られ、

「そ、それは本当なのか!?」

カミューまでもが席を立ち、こちらへとやってくる。


やってきて、当然タツキとも目があって、

「あ、う。・・・、その、なんというか、すまなかったな」

意外なことに、カミューが頭を下げた。


「「カミュー様・・・」」

アンナとショーナが驚きの声を上げ、ダリアはにっこりと微笑む。


「いや、気に――」

気にしてないから。


その言葉をタツキが告げるまもなく、

「そそ、それで、トーマス殿、商人が増えるというのは・・・」

カミューはくるりとトーマスに向き直った。


ベリーショートの青髪お兄さん、もとい、お姉さんはその対比が面白いくらい真っ赤になっている。

羞恥の感情もだだ漏れになっているが、タツキには、敗北を恥じているのか、それとも、謝罪を恥じているのかの判別まではつかない。


ゆえに当然、そこに秘められた第3の可能性になど、今は気づけるはずもないのだった。

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