33:ダンジョンマスターは大宴会を主催する
結論から述べると、夜は一気にお祭り騒ぎとなった。
街灯の灯る噴水広場には、タツキが簡易に設置した灼熱トラップ床が、じゅうじゅうと肉を焼き上げている。有り余るまでに蓄積されたエリキシルは、惜しみなく酒に変換され、風呂あがりの元盗賊団、全く訳のわからないまま、状況に流されているカミューたち一行、そして、タツキと仲間たち、ギース、ルイーゼが飲めや歌えの大騒ぎを繰り広げている。
それは数時間前、タツキとギースが腹を割り、洗いざらい話しあったことに起因していた。
***
「なるほど、貴殿はどんなモンスターでも召喚可能ってわけか」
かぽーん、と木製のタライが濡れた床を打ち付ける音が響く。
「多分、どのダンジョンマスターもできるはずです。やらないだけで」
くぅー、と声を漏らしながら湯船に浸かるタツキ。
語らいの場所はもちろん公衆浴場。先に入って、これでもかとリラックスしていた元盗賊団が、大物たちの登場に緊張感を取り戻し、ざざざっと、場所を開ける。
「お、おい、あれ、武器庫のギースじゃねぇか!?」
に始まって、
「知り合いだったのかっ!?」「さすがは坊っちゃんだ」「坊っちゃん、お背中流しましょうか!?」
にまで発展すると、
「いいから、楽にしてて」
と言わざるをえない。そして呼称は、どうやら「坊っちゃん」で確定したようだ。
「坊っちゃん・・・。ダンジョンマスターが坊っちゃんかよ」
ギースが大笑いしたいのか、口元をモゴモゴさせながら呟く。
「――言わんでください。頼みます」
タツキはブクブクと、かけ流しのお湯に沈み込んでいく。
ちなみに、カミューたち一行は女湯だ。
もう少し詳細に言えば、未だショックから立ち直っていないように見えるカミューも女湯であり、供の者達に連行される形で連れて行かれてしまった。
ダンジョンマスターであり、直接相対したタツキは、もしかしたら程度の予感は在ったのだが、「こりゃー、坊主って呼んで悪かったなぁ」と、ギースが謝罪していたのが印象的だった。
「しかし、そいつは驚くべきことだぜ?」
ルイーゼにひねられた首がまだ痛いのか、肩のあたりを揉みながらギースが目を輝かせる。
「え? 何がですか? カミューさんが女性だったってことですか?」
向こうもちょうど湯殿に到着したのか、いろいろと黄色い歓声が聞こえてくる。
それを受けて「お、おい、女子が増えたのか」「俺達の仲間じゃないよな」「春だ。今度こそ春よ来いっ」など、周囲から野太い歓声も上がるがとりあえず無視。
「あ? あぁ、そいつにも驚いた。だが、やはり貴殿の、あらゆるモンスターを喚べる力は驚愕に値するぜ?」
「さっき言いましたが、やらないだけで、他のダンジョンマスターもきっとできるはずです」
自身の功績ではない、なんというか、ダンジョンマスターが持つ機能といってもいい部分。
そこをリスペクトされるとなんとなく居心地が悪い。
「俺はこの業界で30年以上飯を食ってるが――」
ギースは顎に手を当てると、湯気立ち込める天井を見上げる。
「――1度たりともそんな話は聞いたことがねぇぞ」
***
「お前らはどうだ?」
と話を振った先には、主とその客人の話を邪魔しないようにと脇に下がったウォルフとロベルト。
「俺もないっすよ、おやっさん」
と、ロベルトが返し、大物に萎縮しきりのウォルフは、ただぶんぶんと首を横に振る。
「俺とロベルト、そして未熟だが本の虫のウォルフが言うんだ。百歩譲って他国でその情報を秘匿していることはあるかもしれねぇが、少なくともこの辺じゃありえねぇってことだな」
ギースはザブザブと顔を洗う。
「まぁ、それ以前に仲良くおしゃべり出来て、町を作ろうってダンジョンマスターが居るってこと自体ありえねぇんだが――」
そう言われると、ロベルトもウォルフも、そして当のタツキも苦笑せざるを得ない。
「だから俺は、貴殿のその能力を専用魔技と認定して二つ名を贈ろうと思う」
「はい?」
唐突な申し出に、タツキは首をかしげる。
ロベルトはさもありなんという顔をし、ウォルフは驚きと羨望を覗かせる。
「貴殿の能力は、俺の《武器庫》や、ロベルトの《不破》に匹敵するって言ってんだよ」
そう言われても、この世界の常識を持たないタツキはあまりピンとこない。
何分サンプルも少なすぎるのだ。
匹敵するか、と言われれば、状況に応じてギースは武器を、タツキはユニットを自在に選択できる点において武器庫とは匹敵しそうだ。
しかし、ロベルトが専用魔技を持っていることは今はじめて知ったような状態。更には一般的な魔技と専用魔技の違いすらよくわかっていない。
そんな事をやや混乱気味に考えながら、なんの気無しにロベルトの方を見ていたら、
「いや、ダンナ、そんな大した能力じゃねーって」
そう言ってロベルトはタツキに耳打ちしてきた。
いろいろと物騒なこの世界において、職位はともかくとして、得意な魔技や、貴重な専用魔技の情報は、時に生死に直結するため、秘匿するというのが常識らしい。
よって、それを明かしてくれるのは信頼の証明であるということ。
タツキは温かい気持ちになりながらも、ロベルトの専用魔技にひどく興味を惹かれる。
「マジで? それは絶対に、どんな状況でも?」
「おそらく俺が意識を保っている間は働くんじゃねーかな」
「じゃあさ、こんなことしたり、あんなことしたりできるわけか?」
「うわっ、ダンナ、エグっ! そいつは思いつかなかったわー」
どうやらタツキの現代知識はやや***、すなわちゲームや***、ライトな小説なんかを好む方向に偏っているらしく、能力を活かす相互作用の発想が、この世界に生きる人々に比して少しだけ自由なようだ。
「訓練してみていいか?」
「もちろん。俺が出せるそのジャンルの武器の中で一番いいのをクリエイトしとくよ」
「お前ら、仲いいなぁ――」
ここでギースがガハハと笑う。
「坊っちゃん殿よ」
「はい?」
タツキの「はい?」は、返答の「はい」ではなく、「何でアンタまで坊っちゃんなの?」の「はい?」だ。
「ロベルトの坊主はいろいろ苦労してきたからな。大事にしてやってくれや」
「おやっさん・・・」
「貴重な呑み仲間ですからね。当然です」
ロベルトは照れたように、坊っちゃん殿にされたタツキは憮然としてこたえる。
そして、その様子を見てギースは再びガハハと笑うと、
「坊っちゃん殿、貴殿の二つ名は《万魔殿》だ」
少しばかり威厳を込めてそう言った。
***
「万魔殿とは、『世界原書』は”覚醒前の章”に掲載されている、あらゆる魔物が住まう宮殿の名だ。貴殿の能力にはぴったりだと思わねぇか?」
脱衣カゴに定期的に再ポップする清潔なタオルで体を拭き、これまた同じ原理で出現する新しい貫頭衣に袖を通す。古いものはゴミ箱行きだ。数分後には悪食の床の能力で、エリキシルに変換されるというエコロジー。
「いやぁ、ぴったりはぴったりですが、なんか、あれっぽいですね・・・」
万魔殿のタツキ。
言い得て妙、ではあるのだが、どうしても**病という、現代の14歳の多くが罹患する難病の名前が、脳裏にちらつく。
しかしながら万魔殿。
これはタツキの知る、現代の古典創作の中の固有名詞だ。
ゆえに、こちらの世界の固有名詞が、**語の、最も親しい単語として脳内変換されているだけなのか、それとも、ギースの言う『世界原書』は”覚醒前の章”に、本当にそう記載されているのか。
両者の違いはかなり大きいため、早急にこの世界の文字を覚える必要があると、タツキはそれを心に留める。
「ウォルフ、俺にも文字を――」
タツキが参謀(仮)にそう言いかけた時、
「――さて、ダンナ、風呂あがりとくれば、やっぱり冷えたエールっすよね」
唐突に、何故か微妙に敬語でロベルトがそう進言する。
風呂あがりの冷えたエール>>>>越えられない壁>>>>文字の習得。
酒飲み思考により、一瞬にして眼前が琥珀色の液体で満たされる。
「おまえっ! 今、いいこと言ったぜ!!」
どうやら酒飲み思考はもう一人いたらしく、一瞬にして琥珀の魅力に支配されたギースが、ばっちんべっちんロベルトの背中を叩く。
「素晴らしい発想だ、ロベルトっ!! 俺は即座に中央広場において凍結トラップとエール樽をクリエイトするっ!!」
ぐっと拳を握りこみ、タツキが宣言。
ギースとロベルト、そして周囲の盗賊団から割れんばかりの拍手が贈られる。
同時に女子の脱衣所方面からも、すさまじい喜悦の感情が漏れ出ているような気もするが、怖いので深く考えない。
「しかし、問題がある――」
握りこんだ拳を少し下げ、タツキは沈痛な面持ちで続きを告げる。
「――酒はいくらでも出せるけど、つまみがもう無い」
頼みの綱である緑の商人は、まだ帰還していない。ダンジョン拡張の過程で、岩塩は確保できているのだが、肝心の食材がないのだ。
よって、塩を舐めながら酒を呑むという上級者コースで良ければ、とタツキが言おうとした時に、
「んじゃ、早速万魔殿の出番じゃねぇか。マッドボアでも喚べや。俺がざぱっと掻っ捌いてやるぜ?」
ギースが、あっさりとブレイクスルーを行ったのだ。
2016/06/10
「**語」に修正しました