31:ダンジョンマスターは東とガチンコする
累計10万、ユニーク2万突破です。
ありがとうございます!
隠すことはしない。
見え見えの紅い召喚陣。
こういった手合は、ヒーローの変身や、悪役の前口上が終わるのをちゃんと待ってくれるタイプだ。
その筋肉で膨れ上がったでかい体に、少年のようなキラキラした表情を乗せているのだから、こちらの出し物を事前に潰すなんて、無粋なことはしないだろう。
思えば**でも、大昔は『やぁやぁ我こそは!』なんて前口上をやっていた。案外、古風なバトルにおいてそれは礼儀なのかもしれない。
「――召喚」
凝縮したエリキシルは、キン、とガラスとガラスを打ち合わせるような音を立てて結実する。
召喚陣の赤は渦を巻き、兜や肩当てが棘々しい、漆黒の鎧をまとった兵士を吐き出した。
それは能面のような面頬の奥、瞳の代わりに配された赤い輝きでもってギースを睨む。
「がっはっはっ! 黒砦兵とはな! 中級クラスの魔人じゃねぇかっ。貴殿、一体ランクはいくつだぁ?」
この時点でタツキは苦笑いだ。
ランク4がダンジョンマスターの、戦闘能力は最大と思しきユニットの召喚に、漏れ出る感情が恐怖ではなく喜悦なのだから。
「一応ランク4ですね」
「4だとっ!? ウチの見張り屋の報告じゃ、ついこないだまでランク1だったはずだ。一体どんな魔法を使ったんだ?」
やはり自分の成長速度は異常だったのか。
比較対象を持たなかったタツキは、ギースの言葉でそれを知る。
使った魔法は、と問われれば、浮かぶのはチェリの笑顔。
脳裏で彼女と邂逅したタツキは、どこか温かい気持ちになって、
「企業秘密です」
と答えた。
***
>ユニット≫魔族≫魔種≫魔人≫ブラックポーン_ユニットランクB
それはタツキがランク4になってはじめて召喚可能となった、B級上位・黒砦シリーズにおける近接ユニットだ。
余談ではあるが、召喚後、生物同様食料を必要とする亜人系統とは違い、魔人はエリキシル供給のみでダンジョンを守護することができる。
亜人はその特徴故、野良化して世界各地に定着したが、魔人はダンジョン内でしかお目にかかることができない。
ゆえに、魔人の持つ武器や防具、そして素材は、それなりの価格で取引されている。
「いや、ランク4とは恐れ入った――」
全く恐れの感情を乗せずにギースがのたまう。
「――しかし、懐かしいぜ、黒砦兵。俺も若い頃はパーティー組んで、黒砦シリーズで一儲けさせてもらったっもんだ」
「では――、このユニットの召喚を、私の強さの根拠としてはいただけないですかね?」
ダメ元でもそれを求めるタツキは、重ねて戦闘回避を提案する。
「一理は、あるな」
その提案にギースは頷くも、
「だが、貴殿は何だ? ダンジョンマスターだろうが」
即座に一笑に付す。
「マスターってなぁ主だ。主の強さは、その部下をどれだけ使いこなせるかって所で計るべきだと俺は思うぜ」
「ですよねぇ~」
と、皮肉げな同意は外野から。
「単騎でダンジョンに突進する、どこかの課の長にも、聞かせてあげたい言葉ですね」
「うぐぅ、やかましい」
場馴れしているのかネジが緩んでいるのか、タツキとロベルトが座っていた籐椅子にふんわりと腰を下ろしたルイーゼが上司を揶揄する。
「はぁ。もっと言ってやってくださいよ、お姉さん」
タツキがため息混じりに乗っかると、
「あらまぁ」
ルイーゼは花のように表情をほころばせる。そして、
「課長、私、この子の味方になってもよろしいですか?」
などとのたまい、タツキを驚かせる。
「そんなこと言っていいんですか? 俺は魔王の手先らしいのですが?」
初対面でタツキを否定しなかったのは、ダンジョンフリークスの商人くらいだ。
チェリですら、びったんばったんしていた。
「あら、お姉さんは《鑑定師》よ」
タツキが本気で驚いているのを見て、ルイーゼはさらににこにこする。
「人物鑑定くらいお手のものなんだから」
それは文字通り、タツキを信頼できると見たのか、それともギースの前では警戒に当たらないと判断したのか。
いかようにでも取れる返答に、
「じゃぁ、後でほんの少しだけ、協力してもらいますね」
「え?」
タツキは、すこしばかり悪い笑みを浮かべるのだった。
***
「よし、話がついたのなら、始めようぜ」
そう行って、未だ丸腰のギースが、抜刀のモーションを取る。
すると、いつの間にか右手に握られている一振りの剣。
なるほど武器庫か。
それを見て、タツキはロベルトの話を思い出す。
どんな原理かは知らないが、ギースは己が両腕両手に装備可能なものはなんでも、自在に出し入れできるらしい。
「おら、突っ立ってないでかかってこいや」
どうやら先手は譲ってくれるらしい。
構えたギースが、左掌でタツキを挑発する。
「了解です。腹くくりましたからねっ!」
タツキは魔技《ユニット視点》を2重起動。自身の視界の他に、2基の像に擬態しているガーゴイルの視点を合成。3次元的にギースを把握する。そして、その視界を持って黒砦兵に憑依した。
「いくぞっ!」
黒砦兵は大地を蹴る。オークに憑依した時とは段違いの、疾走感。
「なにっ 速えぇ!」
初撃は黒砦兵にあってギースにないもの。盾をかざした突進だ。
全体重の乗ったカイトシールドの一撃は当然、剣一本で防げるものではない。
「ちぃっ!」
飛び込み前転の要領で突進の軌道から逃れると、
「ちょい、舐めてたぜ」
ギースは両腕を掲げる動作をする。それは《武器庫》の予備動作だったのか、そこに光が集まり真紅の手甲を形成する。
「まだだっ!」
3次元視点を有するタツキは、ギースの筋肉のこわばりや、体の傾き、そして僅かに漏れ出る感情などを頼りに、コンマ数秒早くギースの回避位置にチャージの軌道を修正する。
スドン、と軌道修正のための踏み込みが閉鎖空間内にこだまする。
「おおっ、いい反応だっ!!」
己を追従する黒の大質量を前に、しかしギースは笑う。
「だが惜しい、お前は強者との戦いを知らない」
そして、あろうことか右手の剣を何処かへとしまうと、両手で黒砦兵を受け止め、
「マジでっ!?」
持ち上げ、チャージの威力をそのままに後方にぶん投げた。
――うわぁ、これが最高位の冒険者か。半端ないわ。
タツキの意識は黒砦兵もろとも錐揉みになって宙を舞う。
しかし、3次元視点を構成する2つの視界は地面固定だ。
そのサポートを得て、危なげなく姿勢制御、重い音を立てて着地する。
「紅色の籠手です。装備者の筋力を、法術の外骨格を形成することによって擬似的に増大させます。見えますか? 手の甲部分で赤く輝く魔石が」
鑑定師であるルイーゼが、タツキの本体へ説明してくれる。
「反応はピカイチだが、動作に無駄が多いな」
一方で、ギースは黒砦兵に語りかける。あたかも、タツキがそこに在ることを知っているかのように。
「でしょうね」
故にタツキも、黒砦兵から声を発する。
タツキの戦闘はネイハム基準だ。
ギースはネイハムどころか、ロベルトも届かない相手。もちろん、自身の技量で届くなんて、タツキは露ほども考えてはいない。
「私はダンジョンマスター、すなわち主らしいので・・・」
故に、タツキは黒砦兵の中でにやりと笑う。
「――すいませんが、部下、増やしますね」
キン、と、ガラスとガラスが打ち合ったような澄んだ音が、何重にもこだまする。
それは、多重の召喚音。
紅いエリキシルの輝きとともに、タツキが憑依する黒砦兵、その背後に出現したのは、それと寸分たがわぬ10個の影。
「黒砦兵一個分隊、突き進めっ!!」
タツキは、分隊長が如く剣を振り上げ、その10名の部下に命令を下した。
***
がっはっはっはっ!!
自身に殺到する10体+1の中級魔人。その一糸乱れぬ突進を認めながら、ギースは笑った。
「楽しいじゃねぇかっ!」
右手で抜刀。
「俺が遠慮を捨てられるなんて、いつ以来だぁ?」
そして、左手でも抜刀。
それら剣を眼前で交差。
籠手は、赤から黒へ。
「悪魔喰らい、二刀流です。籠手も対魔装備、銀片の籠手に換装しましたね」
タツキが黒砦兵に憑依していることを知らないルイーゼは説明を続ける。
「いいですか――」
その声は得意げで、上司であり、育ての親の活躍は、やはり嬉しいのだということが分かる。
「《武器庫》の真価は、相手に合わせて瞬時に武器防具を変化させられるところにあるのです」
黒砦兵の中でその言葉を拾ったタツキは、なるほどと頷く。
現代で慣れ親しんだゲームにおいて、特攻装備というのは多々あった。
ドラゴンには2倍のダメージを与えるドラゴンキラーや、対アンデッドの聖なる剣。獣人を傷つける銀の武器など、枚挙に暇がない。
なにせダンジョンマスターがいる世界だ。そんな装備と法則が、ここにあったとしても、もはや何の不思議もない。
「課長の豊富な戦闘経験が、多くの装備を獲得させるに至り、それを《武器庫》の能力で駆使する――」
ルイーゼが大変ドヤ顔になってきた。
なので、ここらへんで手伝ってもらうことにしようと、タツキは保険のひとつを起動する。
「――ひゃうぅっ!?」
ルイーゼがぴょこん、と、当椅子から飛び上がって、あたりを見回した。
「おしりっ、今、何かが私のおしりを触りませんでしたかっ!?」
「来やがれ、ダンジョンマスターっ!!」
「ごめんっ、おしりは不可抗力っ!」
妙な幕間を挟んで、両雄は改めて激突を始めるのだった。
2016/03/28
1箇所修正。足し算できてなかった…。