25:ダンジョンマスターはしょうもない仮説を立証する
ヒーズル王国とラコウ帝国。
国境を同じくする両国は、この世界の一般的な国家間の関係に習い、表面上は友好関係を築きつつも、ダンジョンをめぐり小競り合いを続ける間柄だ。
もちろん、交易は活発に行われている。
ダンジョンからの出土品が、文明を支えている世界だ。自国にないダンジョンの出土品は、他国から取り寄せないことにはその国の経済が立ちいかなくなってしまう。
そのため、どれだけ険悪な国家同士も、商人の行き来を妨げないというのが暗黙のルールとなっている。
例えば、ラコウ帝国は不死系のダンジョンを多く有し、錬金術に関しては並ぶもののない国家と言われているが、獣系ダンジョンがほぼ存在せず、食料の多くは輸入に頼っている。一方でヒーズル王国は魔系ダンジョンに恵まれ、高機能な武具や調度品、貴族を魅了する嗜好品にあふれているのだ。
「坊っちゃん、悪かったな。うちのが迷惑をかけた」
盗賊団全員をヒュージスライムから開放すると、すっかりとしおらしくなったお頭が頭を下げてくる。トーマス無双から始まった立て続けの激変に、彼はすっかりと牙を抜かれてしまったかのようだ。
「まぁ、仕方ないさ。あとでグレコーが関わった案件を洗い出しておいてくれるか?」
「ああ、わかった。ハンスっ――」
長年染み付いた習慣なのだろう。
事務的と思われる仕事を告げられたお頭は、思わずグレコーの偽名を呼び、
「――は、もういねぇんだったな…。おい、誰かまとめられる奴はいるか?」
と、仲間たちを振り返る。
「あ、じゃあ、僕が」
すっかりと小さくなってしまったお頭を不憫に思ったのか、部下の一人がおずおずと手を上げる。
「お前、字がかけるのか?」
「は、はい、一応」
そのやり取りを聞いたタツキは、アイテムクリエイトで羊皮紙と筆記用具セットを出してやる。
これに思い出せるだけ書いておいてくれ、といって渡すと、その歳若い元盗賊は恐る恐るといった感じで受け取って頷いた。
「よし。それじゃ約束通り、当面の間、あなた方の衣食住は保証しよう」
***
神妙な顔でタツキを見つめてくる元盗賊団たち。
彼らにタツキは構想を説明していく。いつの間にかチェリがロベルトの後ろから抜けだして、タツキの隣でニコニコしている。
彼女の笑顔効果もあって、説明は和やかに進んだ。
要約すれば、それは以下のとおりとなる。
タツキはこの《水晶の広場》に十字の道路を刻んでいる。その「十」字の上下・左右・中央で、街の役割を規定しようというのだ。
「あなた方が居るここ、中央は商店街を予定している。この噴水を中心とし、売買と人々の交流の場所とする予定だ。商売をやってみたい人は、商品と在庫の当てがついたら教えてほしい。次に――」
タツキは左手を真っ直ぐ横に伸ばす。
「――こっちは農地と、その農地を管理する者達の居住区とする」
次の右腕。
「そして反対側は工房だ。鍛冶や細工、彫金などものづくりの拠点であり、それを生業とする者達の居住区とする」
将来の夢に瞳を輝かせる者、想像しきれずにぽかーんと口を開ける者、拭えぬ不安を見せる者。元盗賊団の反応は様々だ。様々ではあるが、皆真剣に説明を聞いていることが伝わってくる。
「上は行政区だな。戸籍や納税など、町を運営するために必要な仕事を司ることになる」
「坊っちゃん、やっぱり、税はとられるんですかい?」
「ああ、それはまだ心配しなくていい。あなた方が手に職をつけて、安定して稼げるようになるまで課税する気はないから」
お頭の疑問、その回答に、元盗賊団の間で安堵が広がる。
そもそも、彼らが生み出す感情だけで税は十分なのだが、将来的には町の予算も必要になってくるだろう。行政職員となった者の給料も賄わなければならないのだから。
「最後に下だが、中央に近いところは外から来た方たちが一時的に滞在する場所にしたいと考えている。買い物にも便利だろうしね」
「宿、という意味ですかい?」
質問は再びお頭だ。
ロベルトは自身が「剣」であることを旨としているため、このような場面では口を挟まない。チェリはそもそも事務的な話には近寄ろうとはしない。今も、いつのまにかインプの1匹をその胸に抱きかかえ、羽をびろーんと広げて遊んでいる。
「もちろん宿屋も用意する」
なんとも言えない、複雑な表情をするインプという、レアなものを視界の端におさめながら、タツキは事務的な話を続ける。
「お客様用の宿に加えて、あなた方のような、住人になりたいが、この街での役割が決まっていない人たちに住んでもらう集合住宅も作るつもりだ――」
ガツン、とダンジョンが揺れた。
「――というか、作ったから」
***
こいつは、逆らえねぇなぁ。
お頭は心中そうつぶやいた。おそらく、それが元盗賊団たちの総意であっただろう。なにせ、なにもなかった平地に、一瞬で見上げんばかりの建物が起立したのだ。
これほどの法術を行使する魔力を持った存在――実際は法術などではないが――、すなわちマオウの手先に、一介の盗賊崩れごときが叶うはずがない。そう、魂に刻まれてしまったのだ。
「そんなとこで大口あけてないで、ついといで」
急上昇する彼らの忠誠心。
それらの思いを「おお、こいつら感動してるなー」程度にしか把握できないタツキは、大理石風の模様が美しい、石造りの白い集合住宅に一行を案内する。
トーマスの商館とは違い、一瞬で建築出来たのは、この建物をタツキがよく知っているからだ。おそらくタツキは、現代世界において一人暮らしの経験があり、部屋がひとつで風呂とトイレ、台所がある物件に住んだことがあったのだろう。
「――とう言うわけでだな」
1F手前の部屋の扉を開け、タツキは元盗賊団に部屋の仕組みについて説明する。
チェリの例があったので、特にトイレは念入りだ。
とはいえ、ダンジョンが勝手に消滅させてくれる、なんというか汲み取りの要らない汲み取り式トイレなので、伝えるべきは「ちゃんとここで用をたすこと」と「貴重品なんかを落とすなよ」という程度ではあったが。
さらには。
「うめぇっ!! 何だこりゃっ! こんなものを俺たち、毎日食えるのかっ!?」
トーマスの例があったので、栄養バーの袋は食べられないこと、袋は破いてゴミ箱に捨てることも、やはり念を入れて説明する。ちなみに各部屋に備え付けられたゴミ箱にもダンジョンの性質が働き、ゴミ、すなわち所有権を放棄した物品は一定期間後消滅するという、回収いらずの仕様だ。
「ああ。一日3回提供する。ただ、考えてみるといい。俺にはそれしか提供する力がない。毎日そればっかり食ってると飽きるからな。それ以外のものが食いたければ自分たちでなんとかしてくれ」
食事の提供には、ダンジョンの宝箱機能を使うことにした。
冒険者が回収しても定期的に沸き出す宝箱は、なんてことはない、《ダンジョンマスターの本能》の中に、タイマー関連機能として実装されていた。
各部屋の隅に小さな宝箱を配置し、朝昼晩の1日3回チェックがかかるように設定。中身が失われていた場合、チェック時に定められたグループの中からランダムに――今回は水と栄養バーしか出ないようにしてあるが――クリエイトする、そんなことが設定できる機能だった。
「あとはだな――」
ベッドには毛足の長いラグが敷き詰められ、透明な板のはまった窓からは、ダンジョン天井の水晶を介して陽光が差し込む。
栄養バーの滋味と、行き届いた住環境に、あふれるのは感激の感情か。流れる涙を拭う者まで出る始末。
「――ここは単身者用の部屋だ。もしも、ふたり以上で一緒に住みたいという者がいたら奥の3部屋がここの2倍の広さがある、家族用の部屋になっているので申告してほしい」
ただし、とタツキは付け加える。
「――独り者のくせに家族用の部屋を使おうとした奴は、どうなるかわかっているよな? あと、嫌がる女性を無理やり伴侶だと偽っても俺にはわかるからな?」
念のためそう凄むと、もれなく滲みでる恐怖の感情。
「ぼ、坊っちゃん、配慮はありがてぇんですが、俺達はひとりもんばっかりで――」
すっかりと従順になってしまったお頭がそう申告すると、
「あの、俺たち…」
と、おずおず名乗り出る一組の男女。
場が、なんというか、ピン、と張り詰める。
「なにっ!?」「お前らーっ!」「そんな」「抜け駆けしやがってっ!!」
先ほど滲みでた恐怖に倍する驚愕と、ついでに怨嗟的な感情。
「「「ダンジョンマスター殿、判定はっ!?」」」
「…は? いや、お前ら、判定って」
血走った野郎どもにの勢いに押されるように、タツキは「恥ずかしそうに怯える」という器用なことをしている2人、そばかすの浮いた赤毛のお姉さんと、茶髪のお兄さんに意識を向けた。
おそらくこの2人、タツキと対面してから一貫して敵対心を持たなかった者たちだ。故に、ここでやり直そうという気持ちを持っているのだろう。
ゆえに、その判定はもちろん。
「あー、相思相愛? いいよ、家族用の部屋を使っても」
苦笑しながらタツキが告げると、2人は互いを見合い、さらに恥ずかしそうに頬を染める。
キラキラと、幸せの感情が輝いているように見える。
対して可哀想なのはその他大勢。
「ぐわーっ!!」「なんてこったー!」「神は死んだ―っ!」「こんちくしょー!!」「不幸になりやがれー」「爆発しろーっ!!」
彼らによって「リア充爆発しろの概念は三千世界で有効である」というしょうもない仮説が、ここに立証されたのであった。




