01:ダンジョンマスターと生贄の少女
ノイズを抱えた1人のダンジョンマスター。彼がこの世界に生まれ落ちてから、季節が一巡りしようかという頃。
「ダンジョンだっ! ダンジョンが出たぞっ!」
早朝。地方都市クワナズーマの冒険者ギルドに、早馬や駆鳥を乗り継いで一人の男が転がり込んできた。
「ダンジョンだとっ! 間違いないのかっ!?」
ダンジョンとは、国家にとって莫大な資源を生み出す資産。
同時に、管理が行き届かなければモンスター・ハザードを引き起こす諸刃の剣だ。
「どこだっ! どこに出やがった!?」
ゆえに国家により委託を受けた冒険者ギルドによってダンジョンは厳重に管理されている。
そして、新たなダンジョンが生まれたのであれば、それはすみやかに冒険者ギルドの管理下に置かれねばならない。
駆け込んできた男は冒険者ギルドの「ダンジョン管理課」に所属する探索者。中でも、新規ダンジョンの発見を専門とする「見張り屋」である。
「ノウトの、外れ、です」
その彼が呼吸を整え、新規ダンジョンの場所を告げる。
「ノウトっ! あのへんは冒険者ギルドの支部もなければ、駐屯地の類もないど田舎だぞ」
報告を受けたダンジョン管理課長は天を仰ぐ。
ここクワナズーマですら、王都から馬車を乗継ぎ10日はかかる。
さらにここから3日はかかるノウト。
ニフヌ大湖に半島にように突き出た土地には戦略的な価値もなく、観光地として開発しようにも大都市からは遠く、結果、管理課長が「ど田舎」と表現するにふさわしい土地柄となっている。
「近くに町や村はあるのか?」
「はい、漁で、生計を立てている小さな村がひとつ」
「くそっ、そこまで手が回るかどうか。おまえは人事課の奴らに先遣隊を招集するよう依頼だ。人が集まるまではゆっくり休んでいろよ。集まり次第現地へ案内してもらうからな。俺は領主様にこの事を報告してくる。」
椅子にかけてあった上着をひっつかんで、飲みかけの眠気覚ましもそのままに管理課長は足早ににギルドを後にする。
「こりゃ、ダンジョンがまだ若いうちに、潰すしかねーだろうな」
その小一時間後、早朝の静かだった冒険者ギルドは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
***
クリフホー地方はノウト区の、漁で生計を立てている小さな村ミアズマ。
開拓者であり初代村長であった者の名にちなんでいる。
湖に半島のように突き出た地形。冬の寒さは厳しいが、陽の光が煌く湖面と湖畔に咲く色とりどりの水生植物。湖畔の森の緑。遠くに見える山々の威容は風光明媚の一言に尽きる。
「まだか。冒険者ギルドはまだなのか」
その雄大な風景に包まれながら、小太りの当代村長はしきりに村の入口を見つめながら、額の汗を拭っていた。
村に最初のモンスターが入り込んでから10日は経っただろうか。
幸いにしてグノーメと呼ばれる亜人系ダンジョン最弱の怪物であったため、木こりや漁師など村の腕自慢たちで対処できた。
往復6日をかけてやってきた冒険者ギルドの見張り屋。
彼がその足跡を追っていった結果、湖に突き出た半島の、まさに突端にダンジョンの入口を発見したのだ。
それからというもの。
カンカンカンカンッ!
村中に甲高い音が響く。
「モンスターだっ、モンスターが来たぞっ!!」
村は定期的にモンスターに襲われている。村の男達は漁に出ることもできず、森に入ることもできず、急ごしらえの防護柵の向こうで斧や銛でやってくるグノーメを迎撃している。まだ死者こそ出していないが、けが人も増え、それももはや時間の問題だ。
「時間だ。時間を稼がなければならない」
時間的にはあと3~4日でギルドが手配した冒険者たちが来るはずなのだ。
「おいっ!」
熊のように町の広場で右往左往していた村長は使用人の男を呼んだ。
「は、はいぃっ」
「ほかに奴らの餌になりそうなものはないのかっ!?」
冒険者ギルドの見張り屋は、至急人を集めて戻ってくると言い残し、ミアズナからクワナズーマへと取って返した。その時、ひとつのアドバイスを残したのだ。
『人が潜らないダンジョンは、モンスターを吐き出す。奴らの仕事は人間や動物、そして魔物など、命を持った存在を生きたままダンジョンへと運んでいくことだ。冒険者ギルドが戻ってくる前に、村の男達ではどうにもならないくらいのモンスターに襲われたら、迷わず家畜を餌にしろ。うまくすれば村に襲ってくるモンスターの数を減らすことができる』
効果は抜群だった。
グノーメは毛のない灰色の猿のような風体をもつモンスターだ。大きさも猿と大差がない。
20匹ほどのグノーメが村を襲った時、村は断腸の思いで1頭の雌牛を手放した。結果15匹ほどのグノーメが牛にかかりきりとなり、そのまま村に向かった少数のグノーメは男たちによって始末されたのだ。
「おいっ! 餌はないのかっ!? 聞かれたことにさっさと答えんかっ!!」
「ああぁ、ありませぇんっ! 牛も山羊もニワトリも、皆奴らに奪われたではありませんかっ!!」
もともと湖の恵みで生きてきた漁師の村だ。
家畜に力を入れるより、その分を漁に回したほうが実入りが良かった。
「おおおっ! 俺達の村を守れっ!!」
「ちくしょー、数が多いぞっ」
「猟師の銛裁きを舐めるなよっ!」
怒号と衝撃が伝わってくる。どうやら戦端が開かれたらしい。
「どどどどどうすればっ!? モンスターどもを欺く餌さえあればっ! この襲撃さえ乗り切れば、冒険者ギルドが来てくれるんだっ!」
その時村長の脳裏に閃くものがあった。
「家畜だっ! 生贄だっ! 家畜でさえであれば、動物である必要はないっ!」
「そ、村長様?」
狂気を帯びたその叫びに、使用人は恐る恐る問いかける。
「我が村には穢れた女がいただろう? 連れてこいっ! いよいよとなったらその女を生贄にするっ!!」
***
私の名前はチェリ。そう、穢れた女。
漁師たちの村ミアズナで家畜の世話をするのが私のに与えられた仕事だった。
動物は、好き。私が一生懸命世話をしたら、ちゃんと懐いてくれるから。
人は、怖い。私が一生懸命お話をしても、誰も応えてくれないし、冷たい目を向けるから。
でも、ミアズナは好きだったんだ。
湖の湖面でおひさまの光がキラキラしてるのが綺麗だった。季節によって、違う色の花が咲くのが楽しみだった。ずっと、ずっと見てても飽きない景色だったなぁ。
うん。みんな過去形。
もう、私が世話をしてきた動物たちはみんないなくなっちゃった。
だから、私の仕事もなくなって、だから、わたしは今、灰色のたくさんのモンスターに担がれて、ダンジョンに向かっている。
1、2、3…ええと、20匹くらいで私を運んでる。わたしはいつものボロボロの貫頭衣。手足を縛られて、丸くなって震えながら、森のなかを湖の方に運ばれている。
私を連れて行くために、モンスターが20匹少なくなったから、村は救われたのかな?
20匹も必要なくらい、わたしって重いのかな?
でも、よく見るとこのモンスター、お目々がくりっとしてて、愛嬌あるな。
わたしを支えている手は、指が3本で、トカゲみたいにひんやりしっとりしてて、畑の土みたいな匂いがする。革鎧みたいに、すべすべしてる。
怖くないよ。村の人達より、怖くないよ。
だって、私の手足を縛ったの、村長様なんだもん。
こわくない。こわくない。
でも、本当は…。
***
とぷん、ちゃぷん。ザ・ザザザ・・ザザ・・・・バリッ・・・ジジジ、ザザザ・・・
地中の2メートル四方の部屋と、大人1人が余裕を持って入れそうなサイズのガラス瓶。ノイズを抱えた若きダンジョンマスターは、その「本能」に従い迷宮を一部屋拡張し、そこにモンスターの召喚陣を設置していた。
入り口からガラス瓶の部屋まで、通路を一本堀り抜き、マナの流れを確保する。
しかしそのままでは、侵入かつ踏破となってしまいダンジョンマスターの命は風前の灯。
いくつかの部屋と仕掛け、迂回路を設置。そして戦闘用のモンスターも配備する。
ザザ・・・ガリガリッ・・・ザザザ・・・
「ラジオ、のノイズ、みたいだな」
すでに在って当たり前となってしまったノイズ。
ワタシは無意識にそう呟いて「ラジオ?」と首を傾げる。
しかし、そのような疑問は「本能」の中には存在しない。「本能」の次なる要求は、生命体の収集なのだから。
ダンジョンを拡張するたびに、モンスターを召喚するたびに、そして、施設設備を設置するたびに万能流体エリキシルは減少する。なくなれば一切のダンジョン運営が立ちいかなくなるだろう。モンスターの維持費すら、このエリキシルから支払われているのだから。
余談となるが、モンスターは餌を必要としない。
エリキシルの供給が絶たれると、その形状を維持できなくなって、エーテルとなって霧散するのだ。あとに残るのは、エーテル集約の核として用いられた魔石のみ。
魔石は、地下を掘ればゴロゴロと出てくる。それはダンジョンを拡張する際に出る廃棄物のようなものだ。ただ、人間にとっては価値あるものであるらしい。エーテルを集めた魔石は、その量と期間に比例してエネルギーを発するようになるのだから。
しかしながら。
このままではエリキシル不足で積んでしまう。
「本能」は生命体を収集せよとワタシに告げた。
エリキシルの原料となるエーテルを収集する。
そのために、「本能」の赴くまま、ワタシは資源収集ユニット「グノーメ」を100体ほど召喚したのだ。
エーテルは「生命の素材」と言い換えてもいい。
ダンジョン内で生命活動を断つこと。
あるいは、より高度な生命体であればダンジョン内で喜怒哀楽の感情を発露すること。
それらの行為によって、エーテルはダンジョンをめぐり、濃縮、液化され、万能流体エリキシルに成り代わるのだ。無論、感情の発露より死した際の方がエーテル供給が多いのは言うまでもない。
「グノーメの、損害が、50を超えてしまったな」
家畜と思しき動物が運び込まれたことによって、「本能」が近々人間どもの襲撃があるという予測を立てる。
バリッ、ガガガ・・・ザザ・・・
人間の襲撃は、ダンジョンマスターにとって脅威であると同時に多量のエーテルを獲得し、エリキシルを満たすチャンスでもある。
「今一度、最深部までの、ルートを、確認しておこうか」
若きダンジョンマスターは、エリキシル瓶の前に床石をせり上げただけの粗末な玉座から立ち上がる。液量はおよそ半分。オレンジ色にたゆたう光が、あどけなくも見える彼の横顔を照らしだす。
バリ、バチッ・・・、ザザザ・・・
「今日は、ノイズが、特にひどい」
彼は頭の奥で火花立ちる感覚に、その白くなめらかな額にしわを寄せる。
「転移、術式」
ダンジョンマスターは、言わずもがな、ダンジョンの主である。
よって、そこがダンジョン内でありさえすれば、僅かなエリキシルの消費によってどの場所へも転移することが可能だ。
バチ・・・・バチバチッ!
「うっ、くっ。まずは、入口から」
とぷん、と液体に波紋が浮かんで、ダンジョンマスターはの姿が掻き消える。
その行為。そのタイミング。
何の事はない。
それが、小さな奇跡の始まりだった。
2015/10/08:サブタイトルの書式を統一しました。




