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16:ダンジョンマスターは酒飲み仲間に恵まれる

 そして舞台は、あの作戦司令室から始まる。

 そう、タツキが酔っ払って構築した、いささか装飾過剰な部屋だ。


 両の肘掛けと背もたれのてっぺんに金の髑髏を配した通称《魔王椅子》。

 その背後には、ネイハム襲撃事件の収支の結果、エリキシルがほぼ半分となってしまったダンジョンコア。


 当初より、やや赤みの強いオレンジの液体は、夕焼けのような光を投げかけてくる。

 その輝きを背に、紅の座面の魔王椅子に腰掛けるのは、もちろんダンジョンマスターのタツキである。


 眼前には木製の会議机。

 並ぶ椅子は8脚。


 ネイハム襲撃時、そこにはチェリだけが座っていた。

 しかし今、新たに4名の配下と1名の客人が席についている。


「ダンナ、趣味悪いっすね」

「髑髏のついた…椅子…、さすがに…」

「えー、タツキ様はカッコいいですよ。ね?」

「あ…、ええと、は、はい、そうです、よね?」


 そして、一致団結して主に精神攻撃を繰り出している。


「ほうっ! ほうっ!! ここが、ダンジョンマスターのっ!!」

 一人ばかり、毛色の違う者も混じってはいるが。


「と、とりあえずだ」

 ごほん。と、タツキは咳払いをする。

 無論、心のなかでは滂沱の涙を流しているわけだが、上に立つ者としてそれは表に出さない。出さないのだが、少々涙目になるのは仕方のない事だろう。


「みんなに集まってもらったのはほかでもない」

 タツキは、チェリをもふもふして癒やされたいと思いながらも話をすすめる。

 何しろタツキにとってこのミーティングは、我らが迷宮都市ダンジョンタウンの最初の方向性を決める重要な意味を持っている。


「これからともに進む仲間として、みんなと3つのことを共有しておきたいんだ」

 何故かついてきたトーマスには部下となる確認は取っていないが、「ほうっ、仲間! すばらしいっ」とのたまっているので問題は無いものとして話をすすめる。


「どれも互いに関連しあっている問題なんだが、まずは一つ目。なぜ俺がダンジョン内に村を作り、それを発展させようと考えたか、だ」


 この理屈は至って単純、とタツキはその概念を皆に伝える

 ダンジョンマスターは、物理的な殺害と、エリキシルの枯渇によって死に至る。それを防ぐため、ダンジョンはその胎内に魅力的な宝物をたたえ、人を寄せ、エリキシルの源である感情の発露を行わせる。

 故に人が訪れないダンジョンは、モンスターを外界に放って生命体を捕獲することによってエリキシルを獲得しようとする。


「具体的に見せよう」


 タツキは魔王椅子から立ち上がる。チェリの隣に立ち、「ふわわっ」軽く頭をもふもふしてからテーブルの天面に人差し指を下ろす。

「アイテムクリエイト」

 オレンジの燐光が、蛍のようにふわふわ舞い散り、そして。


「なっ」「えっ」「わぁ」「……!」「すばらしいっ!」

テーブル天面からせり出すように形成されていく、木製の蛇口付きの樽。

「更にコップを6人分っと」


「な…。なんという透明度。そして、見事なまでに均一な形。少なくとも1つ金貨3枚といった所でしょうか」

 更にテーブルから生えてくるとしか表現しようのないコップを凝視し、トーマスがそれに値をつける。商人としてのさがなのか、ダンジョン関連の情熱のこもった声音ではなく、事務的かつ冷静なところが面白い。


「このように、ダンジョンマスターはアイテムを生成できる。また、皆には実演したと思うけど、自由にダンジョン構造を変化させられる。そして」


 タツキは後ろを振り返る。

「その分あのオレンジの液体、俺の命の源、エリキシルが減少するんだ。」


 その減少度合いは、アイテムであればその価値に、モンスターであれば、個体の能力の高さに、そしてダンジョンであればその操作面積に比例して増加していくことになる。


「確かに…、心持ち、水位が下がった…、ような」

「樽の中身は高級なミード。ガラスのコップも品質の高いものを作ったからな」

 タツキはウォルフにうなずいてみせる。


「ほぅほぅ、エルキシル、とやらを用い、ダンジョンを魅力的に、そして危険に彩る。その後、ご来場いただいた冒険者たちから使った以上のエリキシルを頂戴する。まるで私ども商人のようではありませんか。親近感が湧きますねぇ」

「ああ。その理解で間違いないな」


 手にとったコップをつぶさに観察していたトーマスの言に、タツキは深くうなずいた。


***


「な、なぁ、そんなことより、その樽は本当にミードなのか?」

 ダンジョンマスターという存在のあり方。

 それが、おおよそ理解され始めた頃、感極まったように呟く者がいた。


 タツキは己のダンジョンの中に居さえすれば、エリキシルの流入、言い換えれば感情の流れを感知することができる。その出元に向かえば、

「ダンナっ!」

ロベルトが熱い眼差しを向けてくる。

 こいつは酒飲みだ。タツキはその同族として同じ匂いをロベルトから察知する。


「だ、ダンナは酒が出せるのか?」

「ああ。エリキシルがある限りいくらでも」

 タツキは鷹揚に頷く。


「ロベルトさんは、酒が好きなのか?」

「つれねーな。ロベルトと呼んでくれ、同志よ!」

 あれ、同志じゃなくて主従じゃなかったっけ? などと野暮なことは言わない。主従以前に俺たちは、ダンジョン村をダンジョン国にするための同志なのだから。


「おおおっ」

 タツキは足音を響かせロベルトに歩み寄り、ロベルトはその場で立ち上がる。

 そして、無言のまま視線が交錯し、熱いハイタッチを交わす。


 さらに、タツキはその喜びの感情の出処が、ひとつでないことも知っている。

「エルローネさんも、ですよね」

 ロベルトの隣の席で、それまで楚々として、一個の美術品のように座っていたエルローネ。チェリとのお風呂も終え、汚れと、多少の疲れを洗い流し、衣類も、簡素ではあるが真新しいものを纏った彼女。その美しさは際立っていた――。


 ――のだが。

「ひぅっ?」

 その彼女が、ビクリと震え、しゃっくりのような声を漏らす。

「わ、私は…」

 瞳が潤んで揺れている。


「わ、私は、卑しい奴隷の身分です。そんなことが…」

彼女はふいと瞳をそらす。

「お酒を、お好きであられるのですね」

「いえ、そんなことは…」

「もうあなたは奴隷ではないのです。自由に気持ちを表現していいんですよ」

それは、悪魔の囁きだったのだろうか。

「その…」

 入浴を経て、さらさらになった銀の髪。

 その上に乗ったきつね耳がふるふると震えている。

「だ、…だいすきです」


 それは、迷宮都市の酒飲み三人組トリオ結成の瞬間だった。

 しかしながら、白磁の美女が羞恥に頬を染め、両手で顔を覆いながらの「だいすきです」は破壊力が強すぎたことを、ここに申し添えておく。


***


「あー、ええと、なんの話だったかな」


 「むー」とか「ぶー」とか言いながら、リスのように頬をふくらませるチェリ。彼女になんの脈絡もなくつねりあげられた尻を撫でながら、タツキは魔王椅子にもどる。


「ダンジョンマスターは…、エリキシルが…なくなると生きていけない…。その…補充を、穏便に行うため、…た、タツキさんは…ここに村を作ろうとしている」

 そこまで…理解、しました。


 と、めちゃくちゃ頬を染めながらウォルフがまとめる。スケルトン似の顔が赤面してるというのは、なんとなくシュールな光景だ。

 赤面の源であるエルローネは両頬に手を当てて、潤んだ瞳で酒樽を凝視していたりする。

「つまり…衣食住は、そのエリキシルがあるかぎり…、供給可能、なのですね?」


 …だったら、とウォルフエリキシルの水位を見つめ続ける。

 今、それはまさにジリジリと上昇を続けていた。

「僕たち…だけで、自給自足が可能…、つまり、村を作る必要は…ないのでは?」


 水位上昇の源は、言うまでもなくチェリの嫉妬。

 そこに、チェリに勝るとも劣らないエルローネの羞恥心と、酒に対する喜び・期待が混じっている。

 どんな法則が働いているかは知らないが、けがと呼ばれる者達がそうでない者達より多くのエリキシルを供給することは間違いがないようだ。


「確かにウォルフの分析は正しい。しかし、ここで共有すべき2つ目の事実が存在する。ロベルト、エルローネさん、それは、我々酒飲みにとっては悲しむべき事実だ」


 再びのアイテムクリエイト。

 テーブルの上にバラバラと山盛りに出現していくのはダンジョンマスター御用達の栄養バー。


「これは何なのですかっ?」

 真っ先に興味を示すのはやはり商人かつダンジョン狂いのトーマスだ。

「食べてみるといい」


「ほうっ、これがダンジョンマスターの食べ物っ! なんと興味深い」

 トーマスは躊躇なく銀色の袋に個包装された栄養バーを手にとって、

「タツキ殿、とても噛みきれないのですが」

袋ごと噛み付いていた。


「まてまて、外側は袋だから、中身を出して食べてくれ」

「なんですと!?」


 現代の知識を持つタツキにとって、その手の食品は袋を破って食べるものであるということは当たり前だった。チェリと食べるときは、見栄えの問題から、袋から出していたものを石皿に盛りつけていたので、まさか袋ごと齧るとは考えもしていなかった。


 というか、事前知識がなければそれは銀色の、金属然とした塊だ。よく躊躇なく齧ったな。やはりトーマス、ただ者ではない。


 なんて戦慄は内心に隠し、

「いいか、ここのギザギザになっているところを縦に裂くんだ」

タツキはなんの疑問もなくその袋を破り、「んがくくっ」中身を、未だ機嫌を直さず《げっ歯類ほっぺ》になっていたチェリの口に押し込む。


「美味しい」

 色気より食い気、一瞬にして怒りの気配が霧散するチェリに苦笑しつつもタツキは告げる。

「いくらでも出せるから、みんなも遠慮なく味見してくれ」

 

 わらわらと栄養バーの山に手が伸びる。

「おお、噛めば噛むほどじわじわと甘いな」

「ああ…、こんなに美味しい物を頂けるなんて」

「読書…しながら食べられそう…ですね」


 三者三様の意見。

 しかし、トーマスだけは己のよだれに濡れる歯型付きの袋を凝視している。

「タツキ殿」

「どうした?」

「この袋は水を通さないのですか?」

 ****だから当然、と言いかけて、やっぱり固有名詞が出てこないことに軽く溜息をつく。

「ああ、通さない。あと、おれの知ってる食品と一緒なら、袋から出さなければ、きっと1年くらいは日持ちするはず」


 トーマスの瞳が見開かれた。

 おもむろに袋を破って中身を口に入れる。

「まるで焼き菓子のような食感に、このほんのりとした甘み…」


 そして、見開いたまま何やら考え始めてしまったので、タツキは再び皆の方に向き直ると、仲間たち――主に酒飲仲間のに向けて言い放った。


「共有すべきことの2つ目がこれだ。俺はエリキシルから様々なものを作ることができるが、食料はこの栄養バーしか生み出せないんだよ」

 まぁ、古今東西、ダンジョンの宝箱からディナーが出てきたという話は聞かない。野菜や肉がドロップするお話はそれなりに存在するが、どうやらこことは世界線が異なるらしい。


 この事実、何を意味するのかといえば。

「ロベルトなら俺が言いたいことは分かるよな」

 タツキは少し溜めを作ってロベルトに問う。


「だ、ダンナ…、そ、そいつはもしかして」

 食べかけの栄養バーを握りしめたロベルトの手がふふるふると震える。


「おつまみ、出せないのですね?」

 そして、決定的な一言は、エルローネが口にするのだった。


2015/12/12

1行描写を追加しました。

いつも読んでいただきありがとうございます。

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