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15:ダンジョンマスターと迷宮都市の始まり

 その異変は、地上でも観測された。


「なっ、これは、地震ですかっ!」

「お、おふぅっ!」

 地面が揺れ、商人トーマスを始め、ギルドのスタッフが中腰に踏ん張り、小太り村長がぼぶよんっ、と尻餅をつく。


「お、おい、見ろっ、なんだこりゃっ!?」

「水晶…、か?」

「すげぇ、持って帰ったら一財産になるんじゃねー?」


 振り返れば、崖の突端へと続く草原に、一定間隔で水晶の柱が起立している。

 その水晶はもちろん、地上の陽光を集め、タツキのダンジョンの各所に陽光を導く集光システム。


「っておい、この水晶、傷一つつかねーぞ」

 気の早い者が手近な水晶にナイフを突き立てるも、滑らかな感触とともに跳ね返される。


「まさかっ、これはダンジョンパーツ!?」

 その光景を見ていたトーマスが、自身のダンジョン知識に該当する現象を見つけ出した。

 曰く、ダンジョンパーツは傷つけることができない。


 ギミックが存在する罠は破壊可能だが、ダンジョンの最も基本的な構築物、すなわち壁と天井は力自慢の戦士の魔技アーツでも、高名な法術師キャスター法術スペルでも破壊することは能わなかった。


「ダンジョンパーツだと?」

「い、いわれてみれば、水晶竜窟の壁に似てねぇか、これ」

「おいおい、水晶竜窟って言えば獣族竜種系の推定ランク5のダンジョンだろ、ここはランク1で、しかも魔族亜人系って話じゃ…?」


 ネイハム一行の帰還を待つだけで暇を持て余していたギルドスタッフたちがわらわらと水晶の周りに集まり、

「水晶竜窟ですってっ! これが、ほぅ! これがっ!!」

自他ともに認めるダンジョンフリークスなトーマスも、鼻息荒くその輪に加わる。


「触れるとしっとりとぬるく、ああ、なんと言いましょうか、まるで生きているかのようではありませんか!」


 びたぺたと水晶柱を触りまくり恍惚の表情を浮かべるトーマスを、スタッフ一行はやや引いて見つめる。


「あれが死肉喰獣ハイエナ商人か」

「ああ、やっぱ、変人ネイハムのとこには変人が集まるんだな・・・」

「でも、あいつ大商人のお坊ちゃんなんだろ? お前、仲良くしといたらどうだ?」


 ぼそぼそと聞こえるノイズも当の本人はどこ吹く風。

 ぴたぴたべたべたすりすり、ほうっ! 素晴らしいっ! など、すでに魂が別世界に移住された感満載だ。


 そんなふうに、場の空気が地震と水晶柱の起立という異常事態から立ち直り始めたその時。


「マジでっ!? じゃあここってド田舎っ!!」

「タツキ様ー、まぢ、ってなんですか~?」

「ダンナ、威厳、威厳。ぼちぼちギルド連中に出会いますって」


 ダンジョン入口方向がにわかに騒がしくなったのだ。



***


「3人とも、俺の部下になってくれないか?」


 ダンジョンマスターにそう告げられた時、ロベルトは彼の言葉を理解するのにたっぷりと呼吸3つ分ほどの時間を必要とした。もし今、このダンジョンマスターと戦闘中であったなら10回殺されてお釣りが出るくらいの間だ。


「…そりゃ、どういう意味だ?」

「言葉通りだ。俺とチェリはここに国を興したい。だが、俺はこの通り生まれたて。この世界の常識を知らない。チェリも出自のせいで似たようなもんだ」


 タツキは素に近い口調でロベルトに語りかける。


「だから、ロベルトさんには俺の参謀みたいな立場になって欲しいんだが」

「参謀だぁ?」


 冗談はよしてくれ、とロベルトは、ガントレットを脱いだままの手をひらひらさせる。

「オメーはオレが頭脳労働者に見えんのか?」


 その脈のない姿を目撃し、やっぱりダンジョンマスターに仕えるっていうのは、この世界の文化的に無理があるんだろうなぁ、と、タツキが苦笑すると、


「参謀なんてまっぴらだ。ダンナ、俺は戦う者としてあなた方に仕えたく思う」

「へ?」


 あろうことかロベルトは片膝をつき、その大剣を鞘ごとタツキに差し出してきた。

「これはどういう…」


「あ…、あの……ですね」

 タツキが戸惑っていると、一人転がっていたウォルフが起き上がる。


 彼は転がって土まみれになった漆黒の術師服をはたきながら、

「主となる方…が……、ですね、騎士の命たる剣を預かって…」

軽く肩を打つのが作法だと教えてくれる。


「重いな」

 職位ジーンによって強化されたタツキだが、ロベルトの意志が宿っているためだろうか、その剣からはずっしりとした存在感を感じる。

「いいのか? 俺はダンジョンマスターなんだぞ」


 一応問いかけるも、

「今更ですぜ?」

 その燃えるようなロベルトの瞳に押され、タツキはゆっくりとそれを抜き放つ。

 響き渡る、鞘走りの、重くも鋭い音。


「よろしく頼む」

 タツキは、その剣でロベルトの左肩を打った。

「タツキ様、チェリ様、このロベルト、再び騎士としてあなた方をお守りいたします」


「剣を…鞘に収め…、柄をロベルトさん側に…。そう、授けなおす…のです」

 ロベルトの口上。そしてウォルフの指示通り剣を彼に返す。


「騎士の魂、受け取りましてございます」

 ロベルトは真摯な表情でそれを受け取り、立ち上がる。そして、

「うわっ…あの、…ちょっと……なにを」

ツカツカとウォルフのところまで行き、その首根っこをひっつかんで戻ってきた。


「ダンナ、参謀役はこいつでいいんじゃねーっすか?」

「ええ…ぼ、僕? …どうして」

「オメー、駆け出し法術師キャスターが、なんで略式とはいえ叙任の手順を知ってやがんだ?」

「え? …本で、読んで……」


「ほー。ウォフルは本が好きかのか?」

その先をタツキが引き受ける。

「は…、はい」

 長身のロベルト。首根っこをひっつかまれた猫というよりは、その容姿から「黒服に捕獲された***」だろうか。ほら、あの銀色メタリックでお目目が真っ黒アーモンドなやつだ。

 ウォフルはなんとも言えない表情で頷く。


「読書量はどれくらい?」

「街の、図書館に…ある本は…、大体……」


「じゃ、ウォルフ、参謀決定」

 この文明レベルにおける図書館の規模はわからないが、明らかに変態枠に入れて良い経歴であると判断する。

「え…、ええええ……」

ゾンビの呻きのような声を出すウォルフ。喜んでいるのか悲しんでいるのかいまいちわからない。

「ちゃんと給料出すよ。しばらくは現物支給になるだろうけど」

 タツキは待遇を告げ、

「経験不足なところはオレが補ってやるぜ?」

 ロベルトが笑う。


「じゃ、エルローネさんは、我々のメイドさんというか、寮母さんのような仕事をお願いしたいのですが、できますか? ついでにチェリと仲良くしていただけると」

「わ、わたくしのような者まで…。よろしいのでしょうか? ……きゃっ」


「チェリは、お姉さんができるのは嬉しいですっ!」

 タツキの左で、どんどん進んでいく展開に目を白黒させていたチェリだが、自分に関することとなれば良い反応を見せ、エルローネに抱きつく。


「チェリ様、いけません。穢れが、それに、私はモンスターで汚れて…」

「いいよ~、後で一緒にお風呂はいろっ」

 その天真爛漫が、どのように作用したのかはわからない。

 しかし、エルローネは浮かんできた涙を拭うと、一瞬だけ、見惚れるような笑顔を見せる。


 そして、

「不束者ですが、どうか末永くよろしくお願いします」

 と頭を下げる。


「あ、ああ、よろしく頼むよ」

 タツキはその挨拶に軽くデジャブを感じるのだった。



***


 そして一行は対峙する。

 あろうことか、突如として崖の突端に現れたダンジョンマスター。それは、美しい少女と、不遜な侵入者の戦士と魔術師、そして、奴隷のようなローブ姿の何者かを従えている。


 恐るべきことに、ダンジョンマスターが一歩踏み出すごとに、その足元だけ、草原が石畳に変わってゆく。


 どう見てもこれは人類敗北の風景だ。

 周囲からはしわぶき一つ聞こえない。遠く聞こえる湖面からの水音と、その湖面を渡ってくる風の音ばかりが響き渡る。


 いや。

「おおおおおっ! なっ、なんということっ!!」


 地上に起立している水晶柱から、緑色の者がすごい勢いで駆けてきた。

 そして、ややたじろぐタツキの真ん前で急停止。ジロジロと無遠慮に視線を投げかけてくる。

「おい、近いんだが」


 まとっている服は、現代を知るタツキの感覚をしてもとても上等に見える。

 そして、表情を伺えば舞台俳優のようなイケメン男性で、緑の羽根付き帽子がとても良く似合っている。


「素晴らしいっ! このダンジョンマスターは未だに力を・・・って、おや? 聞き間違いでしょうか、今、お話になったような・・・」

「そりゃ、話くらいはするだろ」


 空気が固まる、とはこのことだろうか。

 タツキからすると、謎の間が数秒あった。


「おおおおおおおっっ!!!」

 感極まったようなトーマスの叫びにタツキは思わず耳を抑え、ロベルトに目をやる。

 ロベルトは困ったように肩をすくめているので、タツキは、危険ではないがこういう人物なのだろうと納得する。


「い、いや、いつかこんな日が来るのだろうと夢想しておりました。しかし、実際にやってきてみるとなんともはや、落ち着きませんなぁ」

 実に、実に落ち着き払った声音で、トーマスはそんなことをのたまう。


 よくわからんが大物だ。


 タツキがそんな感想を抱いていると、

「では」

コホン、とトーマスは咳払いをひとつ。


「あなたは何者ですか? 何が目的で、そしてどこから来たのですか?」


 トーマスは、やや震え声で、しかし、よどみなく長年の疑問を発した。

 彼の声はよく通り、今まさに、周囲の者達全員がタツキの一挙手一投足に注目していることがわかる。


 これは、ちょうどいい。

 いきなりの哲学的な質問には面食らったが、タツキは周囲の意識がすべからく自分に向いていることに気づき、腹をくくる。


「俺は」

 そして、トーマスに負けじと声を張り上げた。

「タツキという名のダンジョンマスターだ」


「ひゃわっ!?」

 ついで、多くの人を目にし、おどおどとロベルトの後ろで縮こまっているチェリを、己の左側に引っ張りだす。


「この少女に助けられ、己を取り戻したダンジョンマスターだ」

 プルプルしているチェリの背を、ポンポン、と叩く。


「俺は、今から3つのことをあなた方に伝える。

 ひとつ、俺は率先して人に危害を加えない。

 しかし、俺達に危害を加えようとする者に容赦はしない」


 危害、という単語で喚起されたのか「そういえばネイハムは?」「ついに死んだのか?」「あいつら、なんでダンジョンマスターの側にいるんだ?」 といったささやきが周囲から漏れ聞こえる。


 構わずタツキは続ける。

「それは、あなた方だってそうだろう? 自らに向かって振り下ろされた剣は、自らの剣で打ち払わねばならない」


 2種の納得の気配が漂う。

 考え方への理解と、ネイハム不在への理解だ。


「ふたつ。俺はこのダンジョンを村にする」


 漂った納得が、一瞬にして霧散する。

 驚きや当惑というよりも、どういう意味だ? 何を言ってるんだ、こいつ? と言った空気が場を支配する。


 当然だ。

 タツキは畳み掛ける。


「村から町へ、町から都市へ、そしていつか――」

 視線を空に向ければ、それは抜けるように青い。願わくば、今日が始まりの日でありますように。


「このダンジョンを国家に匹敵するものとしたい」


「そ……、それはっ!?」

 恍惚とした表情でトーマスが何かを訪ねようとするが、タツキは続けた。


「みっつ。俺はこの瞬間から、広く村人を募集する。宣伝していただけるとありがたい。ダンジョンに住んでみたい奴は来い。当面の間衣食住は保証する」


「以上だ。作業始めっ!」

 タツキが宣言し右腕を振り下ろす。


「な、なんだ」「足音だ」「すげぇ数だぞ」

 軽い、無数の足音が途切れることなく聞こえ、

「ぐ、グノーメっ!?」

 最下級の亜人系モンスターが次々とダンジョンからかけ出してくる。


 爬虫類のような皮膚。体毛はなくやや猫背。犬のようなつぶらな瞳が特徴で、指は3本。

 その1体1体が両手でレンガのような石材抱え、タツキの眼前に集合し、理路整然と作業を始める。


 抜剣しようとする者、ただオロオロする者、尻餅をつく者様々。


 彼らを尻目に、グノーメはレンガを積み、手ぶらとなった者は寄り集まって組み体操のよう櫓を形成し、後続のグノーメはそれに登り、さらにレンガを積み、組み上げ、あっという間にその目的を達してしまう。


 そして、来た時と同じように、無数の足音を響かせて、それらはダンジョンに帰っていった。


 残されたのは、タツキの眼前に築かれた石積みのアーチ。


 そこには看板が掲げられ、可愛らしい文字でこう書かれていた。

迷宮都市ダンジョン・タウンにようこそ!》


いつも読んでくださってありがとうございます。

第1章完結です。

2章更新まで、少しお時間を頂く予定です。

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