14:ダンジョンマスターの宣言
罠は二重三重に張るべし。
絵的には格好のつかない話ではあるが、タツキは通路の少しへこんだスペースに身を隠し、自身とチェリの姿を確認するために使ったあの姿見越しにネイハムと対峙していたのだ。
魔技、《ユニット視点》と、部屋の明るさを自由に調整できるダンジョンマスターならではの戦術。ただ、ネイハムたちに自身を視認させるために計算した姿見の角度が、ネイハムの剣戟によってズレ、心配してやってきたチェリからも視認できてしまったのは想定外だった。
「これでお姫様抱っこするのは何度目かなぁ」
絶望的な顔をして気を失っているチェリに、申し訳ない気持ちで一杯になりながら、せめて優しくお姫様抱っこする。
「そんなとこでビビってないで、ウォルフ、お前も来い」
「ひ…、は、……はひっ」
チェリさんの暴走は一切私の責任ではございません。
スケルトンちっくな顔に、そんな文言を貼り付けてプルプルしているウォルフをタツキは促す。
そして、すでに閉ざされた落とし穴の上を通りぬけ、
「おふたりは俺を殺したいとか、思ってませんよね?」
二重に歩く者と今も相対するロベルトの前に出る。
「オメー、いつから気づいていた?」
主を殺されたというのに、むしろ晴れがましい顔でウォルフが尋ねる。
「気づいた、というより、知った、でしょうか」
二重に歩く者の魔技は智慧の賦与者。
コピーした者のステータス情報の知覚と、コピーした者が習得している魔技――ただしランクはダンジョンマスターランクの半分(端数切捨て)まで――が使用可能となるという能力だ。
タツキは前者によって、ネイハムが法術による隷属契約を2つ所持していたことを知った。一つは獣耳の彼女――これは一般的な奴隷契約――であり、もう一つはロベルトを対象としたものだったのだ。
そのことをロベルトに伝えると、彼がその先を引き受ける。
「ウォルフに化けたコイツに言ったとおり、昔いろいろあってな」
やはり色々については語る気がないようで、
「まっとうな仕事を受けにくくなって、その日のメシにも事欠く有様になったのさ」
さらりと流してその先を語る。
「そんな時さ。坊っちゃんの実家からお声がかかったのは」
ネイハムは、名を捨ててはいるが伯爵15家に名を連ねるベンケン家の4男。
貴族社会に適応出来てさえいれば、4男とはいえ然るべき地位におさまる血筋。
「立ち話も何ですね。座りましょうか」
「いや、そんな長い話でもねー・・・って、何だそりゃっ!?」
「俺はダンジョンマスターですよ。ダンジョンを操作できなくてどうしますか」
床からにょきにょきとせり上がる、椅子になりそうな石材と、テーブルになりそうな岩盤。タツキは率先して石材に腰を下ろし、未だ目覚めないチェリを膝の上に抱え直す
「ウォルフ、それから、そこのあなたも座ってください」
そして部屋の隅っこで相変わらずプルプルしているウォルフと、へたり込んだままだった獣耳女性にも声をかける。
「はっ、い、いえ。奴隷の私が皆様と同じ席につくのは許されません」
今やっと、我に返ったようにハッとした彼女は、慌てて立ち上がると壁際に下がりそこで直立する。
「ほーう。じゃ、奴隷じゃなくそうっと」
タツキがにやりと笑うと、ロベルトの姿のままだった二重に歩く者が再びネイハムの姿をとり、
「私、ネイハムはロベルトとエルローネの隷属契約を解消することをここに宣言する」
本人ならば絶対に言わないようなことをのたまった。
ちなみに二重に歩く者、記録枠は3つ。今は、ネイハム、ウォルフ、ロベルトに変化可能だ。4人目に変化したときに、選択削除となるのか、古い情報から強制削除になるのかは、今度試してみようと思う。
「なっ!?」「えっ!?」
偽ネイハムの宣言によって、2人の中から一定量のエーテルが抜けたことをダンジョンマスターであるタツキは感じ取る。それは瞬時に、微量のエリキシルに変換されてダンジョンコア内に蓄積された。
法術も、その源はエーテルである。
そのことにタツキが気がついたのは、ウォルフに化けて彼のランク1法術を使用した時のこと。そしてダンジョンはエーテルを吸収し、エリキシルとして蓄積する性質を持つ。
ネイハムの死で主権者不在となり、条件破綻した法術は、偽ネイハムを主として安定化し、そして正しく解呪された、というところだろうか。
「ない…。おい、 ねぇぞ、おいっ!! どうなってやがんだ?」
がちゃがちゃと左手のガントレットを外したロベルトは、その手の甲にあるべき紋様がないことに驚愕する。
「わ、わたくしも、あ…、ありません」
獣耳女性のエルローネも、ローブを引っ張って自身の胸元を覗き込んでそこに忌むべき印がないことを知る。
「…、ああ、これも口にできないな」
「オメー、何しやがった?」と畳み掛けるロベルトに、推論を口にしようとしてタツキは苦笑する。
「まぁ、そこの二重に歩く者は、ネイハムさんに化けたことで生命の設計図みたいなものが彼と一致したんでしょう。それで、法術の権限委譲ができた」
二重らせんの***は口にできなかった。
職位という概念があるのに不思議だとタツキは思う。
「では改めて、奴隷でなくなったエルローネさん。座っていただけますね?」
「えっ? あ…、いえ、その、奴隷でなくなった、としても、私が皆様とご一緒するわけには…」
「それも大丈夫ですよ」
ちょっとごめんな、チェリ。
心の中で彼女に謝って、そのゆるふわな髪の毛をそっと持ち上げ彼女の耳元を露出させる。
数瞬のあと、大きな金属音が響き渡った。
ロベルトが文字通り椅子から転げ落ちたのだ。
***
そこまで嫌か?
さすがのタツキもその態度には嫌悪感をいだき眉をひそめた。
「わ……、わりぃ。…それで、オメー…」
だが、彼の様子は少し違った。
ウォルフもエルローネも驚いたようにロベルトを見ているので、彼の反応が特殊なようだ。
「そのお…、あー…」
再び石材の椅子に座り直し、必死に言葉を選んでいるように見える。
「そ、…そいつは、その、何者だ?」
「近くの村から生贄として捧げられた女の子で、チェリという。俺の恩人だ」
「恩人・・・」
ロベルトはチェリを凝視する。
もしかすると既知なのだろうか? とタツキはいぶかしがるが、それにしては彼らと対面した瞬間からチェリはタツキの腕の中にいた。
「俺がこうやって理性的にあなた方と話していられるのは、言ってみればこの子のおかげなんだよ」
「そうなのかよ…」
ほう、とロベルトが溜息をつく。
「なぁ」
そして、晴れがましい顔でタツキに問いかける。
「なんでしょう?」
「オメーは、俺らがこれまで殺してきダンジョンマスターとは似ても似つかねー」
「でしょうね」
ワタシ口調の自分を思い出しタツキは苦笑する。
「オメーはこれから何をしてくつもりなんだ?」
***
「んー……、ぅ…?」
その時、腕の中でチェリが身じろぎをした。
皆の視線がチェリに集まり、タツキは慌ててまだネイハムな二重に歩く者をこのフロアの外に引っ込める。
チェリはまずエルローネを見てはっとする。
そして少し慌てたようにロベルトを見て、そして、最後にウォルフを見て、くしゃりと顔を歪める。
「た、タツキは…?」
探していた顔はそこになく、漏らしたのは悲痛な声。
「タツキぃ…、やだよぉ…」
チェリはボロボロと涙をこぼし、そして背中に確かなぬくもりと、自分の髪を優しく撫でる存在に気付く。
「あ…。あああっ」
恐る恐る、それがタツキでなかったらどうしよう。
そんな気持ちを込めて振り返った先には、ちょっともらい泣きをしているダンジョンマスターがいた。
タツキはギュッとチェリを抱きしめる。
「タツキーっ、うわぁぁぁーん!!」
「あのな、ロベルトさん、俺はね」
力強く、苦しいくらいに抱きしめ返してくるチェリの背を、いつものようにぽんぽんしながらタツキは宣言する。
「この子と約束したんだ。イイモノのダンジョンマスターになるって」
「ははっ、なんだそりゃ」
ロベルトはその概念的な、しかし爽やかな回答に破顔する。
だが、タツキの言葉には続きがあった。
「そう、具体的にはこのダンジョンを村にする。やがて町にして、そして都市にして、最終的には皆が幸せに暮らせる国にしようと考えている。おそらく、ダンジョンマスターにはそれができる」
抱き合うチェリの暖かさ、柔らかさ。そして優しい匂いはつもタツキに勇気を与えてくれる。
「なっ…、オメー、それはどういう…うぉっ!!」
ガツンッと、これまでで最大のガツン、がダンジョンを襲う。
椅子から転げ落ちそうになったエルローネをロベルトが支え、誰も支えてくれなかったウォルフが転がっていく。
「とりあえずそこを中央広場にしよう。」
「なっ・・・、なんじゃこりゃーー!!?」
振り返れば、そこにダンジョンはなかった。
地下であるにもかかわらず、燦々と太陽の光が降り注ぐ、中央に噴水のある広場。
地面こそ土がむき出しであったが、それは整地されたばかりの新しい村を思わせる。
「タツキ様…おひさまが」
チェリが、タツキの胸の中から振り返って驚愕する。
「《水晶の広場》ってとこかな。ここから村を始めよう」
天井に水晶を配置し陽光を効率的に取り込む。
曰く、光*****、水晶を、減損率が限りなく低い、光を通す管の代替とした、異世界集光システムをタツキは構築したのだ。
タツキは立ち上がり、チェリを自身の左脇に立たせる。
「そういうわけで、俺とチェリの村は村人及び人材を求めている」
「え?」
そしてタツキは、ロベルト、エルローネ、そして転がったままのウォルフに視線を投げかけ、
「3人とも、俺の部下になってくれないか?」
そう、声をかけるのだった。
2015/11/06:ルビが偏っていた部分を修正しました
いつも読んでくださってありがとうございます。
次回更新で第1章が完結します。