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11:ダンジョンマスターの暗躍

 自身が職位持ちジーンホルダー職位ジーンがダンジョンマスター。

 その理解は、幾つかの疑問を氷解させる。


 タツキがこの世界で目覚めてからずっと、この体はスペックが高いと思っていた。

 つまり、チェリをお姫様抱っこすること。

 さらにはその状態で、細い、手摺すらない階段を駆け下りることが、容易に行えたのだ。


 昨夜も同様に酔っ払いなチェリを抱き上げて自室へ運んでいるが、感覚としては自身の記憶にある米袋の運搬よりも楽だったという印象。


 これがチェリの言う「職位ジーンを持った人は、持っていない人よりずっとずっとすごいんですっ」というやつだろう。

 そして、同時にこれが、冒険者達の強さの秘密というわけなのだ。


「だけど、ダンジョンマスターは、この力をどこで振るうんだ?」

 フカフカな部下用椅子の虜になっているチェリを尻目にタツキは首を傾げる。


 おそらく、同じランクの冒険者の身体能力を10とした場合、ダンジョンマスターのそれは良くて7。下手をすれば5程度だろう。それは、自身が視点を借りたモンスターが切り刻まれていく様を見続ければいやというほど分かる。


 今しがたもゴブリンが、軽戦士ライトアーマー職位ジーンを持つネイハムの速度の前に、なすすべもなくその首を飛ばされる。

 タツキは思わず自分の首に触れ、それがちゃんとつながっていることを確かめてしまう。


「まてよ、これは…」

 タツキは、自身が視点を借りたモンスターが切り刻まれていく様を見続けている。


 そう、タツキは今、ひたすらにそれを見続けている。


 少なくともこれまで20回は死んだ。

 では、あと20回死んでみてはどうだろう? さらに、もう50回ほど死んでみては?


「そういうことか」

 おそらく。

 ダンジョンマスターのスペックは、同じランクのユニットと近似値なのではなかろうか。


 冒険者と対峙した時点で負けが決まっているダンジョンマスター。

 その存在が、力を振るう場所とは、彼らと対峙する前。すなわちユニットを介して以外ありえない。


「何だったかな? 何かのゲームで100回死ねば一人前って記憶があるな」

 いっちょやってみるか?

 ダンジョンマスターは、ユニットを追加召喚し、その魔王椅子の上でにやりと笑うのだった。



***


 一方。

「やっぱりモンスターはつまんないねぇ。早くダンジョンマスターを切り刻みたいものだよ」

 ネイハムがロングソードに付着したゴブリンの体液を振り払いながらひとりごちる。


 奴隷は必死にそれを解体し、魔石を取り出す。

 その微かに震える細い手も、ボロボロのローブの袖も、もうモンスターの体液でべったりだ。救いは、そのややオレンジがかった透明な体液が不快な臭いを発したりはしないことか。


 5部屋を攻略し、いまだネイハム無双の状態。

 その奴隷をぼーっと眺めるウォルフは、まだ一度も法術スペルを使っていない。


「はいはい坊っちゃん、一応ランク1ダンジョンとはいえ、罠なんかにも注意していきましょうぜ」

 そして付き人としてとしてネイハムをやんわりとやんわりとたしなめるロベルトも、その大剣は背中に担がれたままだ。


 1Fの設計は、基本にして単純だった。

 部屋と部屋をまっすぐ通路でつなぎ、それぞれの部屋に出現上限いっぱいのモンスターを配置する。


 室内の光量は十分。

>ダンジョン≫壁≫発光タイル_パーツランクD

 エリキシルの供給によって自由に明るさを変えられる。


 トラップもなし。

 また、グノーメとゴブリンの混成部隊は、奥に行くに従って、ゴブリン比率が増していった。


 タツキの当初の目的は、各部屋でダンジョンマスターの魔技アーツ《ユニット視点》を用い、彼らの戦闘能力やその人となりを確認することだった。


 ただ、村人基準でモンスターを配置したため、職位持ちジーンホルダーには温すぎたというのが誤算だった。

 ゆえに、戦闘は鎧袖一触で終わってしまい、分析できたことも少ない。


 ひとつ、変態ネイハム、アカン。

 ひとつ、法術師ウォルフ、暗い。

 ひとつ、奴隷、可哀想。

 ひとつ、鎧男ロベルト、要注意。


 仕方がない。1Fは前提を間違っていたのだ。

 ほとんど人物像に結びつくデータが取れず、魔王椅子で苦笑するダンジョンマスター。


 彼は、唯一残った・・・・・ユニットの視点で一行を監視しながら、「2Fは一味違うぞ」と呟く。


「どうやらこの部屋で最後のようですぜ。階段、降りましょうか」

 最奥よりダンジョンマスターに見られていることなどつゆ知らず、ロベルトは下へと続く階段を指し示し、一行は次のフロアへと進む。


 ほどなくして、誰もいなくなった1Fで、壁にしか見えない隠し扉がゆっくりと開いていった。


***


 階段を下る足音が5つ。

 はやる心を抑えられない、そんな浮足立つような足音。

 弱々しく、軽い足音。

 金属音の混じった、重く、規則正しい足音。

 そして、おっかなびっくりの足音と、取り立てて特徴のない足音。


「階段…随分と、暗い…のですね」

「まるでオメーのようだなぁ、ウォルフさんよ」

 共通法術コモンスペルである《持続光ライト》を先頭を行くネイハムの前方に浮かべ終えたウォルフが、ロベルトのツッコミにズーンと落ち込む。


「これ…、僕…生まれつき…です」

 好き好んで暗いわけではない。

 無駄に骨太で骸骨兵スケルトンチックな容姿と、このつっかえながら話す癖。どうにも人と面と向かって話すのは苦手なのだ。おかげでこの歳になるまで、母親以外の女性とまともに会話したこともない。


 天は二物を与えない。

 快活な性格は与えられなかったが、職位ジーンに至る才能を与えられた。とはいえ並み居る職位持ちジーンホルダーの中ではまだまだ下っ端。ゆえに、ウォルフは研修ついでにこのランク1ダンジョンに放り込まれたのだ。


「うわ? もぐぐぐんっ!?」

 そんな、最後尾で、やや他人事な立ち位置にいたウォルフがぐももった声を上げる。


「どうした!?」

 瞬時にロベルトが反応。いつでも抜剣できる構えで振り返る。


「すいません。…1段、…踏み外しました」

「…オメーにボケができるとは思わなかったさ」

 剣にかけた手をおろし、ロベルトが肩をすくめる。


「お前たち、何をグズグズやってるんだっ!」

 《持続光ライト》は少し先を行くネイハムの頭上に輝く。その、無機質な魔力光の下で、その表情は歪んだ喜びに満ち溢れている。


「さっさと降りてこいっ!! 獲物はもう目の前だっ!」


「はいはい、坊っちゃん、すぐに行きますぜ」

 ロベルトがもう一度肩をすくめる。


「苦労…、されているのですね」

「まぁな。だが、他に稼げっところもねーしな」

 ほとんど闇の階段から、暗く、無表情な祈祷師エクソシストが降りてくる。


 そして4つの足音は、とうとう2階層へとたどり着いた。


 はやる心を抑えられない、そんな浮足立つような足音。

 弱々しく、軽い足音。

 金属音の混じった、重く、規則正しい足音。

 そして、規則正しい、機械のようなリズムを刻む足音。



***


 ダンジョン深度はダンジョンランク+N階層。

 ランクボーナスとも言える「+N」は1から始まり、ダンジョンランクが上がるごとに緩やかに増加する。


 これは厳然と存在する世界の摂理だった。

「さて、ぼちぼち出番というわけだな」


 「ダンジョンマスターの本能」で、これを理解しているタツキは、少なくとも次の階層で自分が姿を見せねばならないだろうと考えた。

 なぜならば、ネイハム一行が、ここは「ランク1」のダンジョンであると思い込んでいることがロベルトのセリフから考えられるためだ。


 ランク1のダンジョンは2階層で終わる。

 そこにダンジョンマスターがいなかった場合、言い換えれば、ここは3階層が存在する「ランク1以上」のダンジョンであることが判明してしまった場合、彼らは考えを改めるだろう。


 最もやってはいけないことは、このまま冒険者一行を、主にネイハムを逃がしてしまうことだ。


 暗殺者のような冒険者集団を送り込まれる生活。あるいは普通にダンジョンを経営し、冒険者たちと切った張ったをする生活。

 タツキは、そんな血なまぐさい生き方は望んでいない。


 次いで、ネイハムが、自分を切り刻みたいと考えていることも見逃せないポイントだろう。

 なぜ自分を害したいのか。

 その理由如何によっては決然と立ち向かわなければなるまい。


 よって。

「仕込みは終わった。これより、プラン2《100回死んでみよう作戦》に移行する!」

「おーっ! って、タツキ様、死んじゃダメですっ!!」


 幾つかの悪巧みを成功させ、タツキは魔王椅子から立ち上がると、決意を込めてそう宣言した。

 なお、この後チェリにも分かるように作戦内容を噛み砕いて説明するのに、たいそう時間を食ったことを付け加えておく。


2015/10/20:1箇所文字抜けを修正しました。


いつも読んでいただきありがとうございます。

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