10:ダンジョンマスターと職位
酔っ払ってダンジョン構築しちゃダメだわぁ!
タツキは頭を抱えて大いに反省した。
「うわぁ、タツキ様、カッコイイです―」
作戦司令室。
ここは昨晩、酔っ払って張り付いてきたチェリをふにふにしながら戯れに作った部屋だ。
いや、仕方ないんだ。彼女をふにふにぽよぽよしてると、エリキシルがもりもりと増えていったので、つい、あれもこれも欲しくなっていろいろとやり過ぎたんだ。
例えば。
「この椅子なんか、マオウが座ってそうですね」
おうふっ! タツキの***、もとい、白くて四角くて、お豆でできたあれなメンタルに50のダメージ!
「うっわぁ。フッカフカですぅ」
座面に紅いビロードが張られた、ゴテゴテと装飾過剰な椅子。それら装飾の中には金の髑髏などもあり、まさにチェリの指摘通りの仕上がりだ。
仕方ないんだ、酔っぱらいが開いた褒章カテゴリーにそんな椅子があったのが悪いんだ…。
「ふはははは、我はマオウなりぃ」
座面でぽよぽよ弾みながらごっこ遊びする彼女に、タツキは顔に血が上るのを止められない。
「チェ、チェリ、そんなに気に入ったのなら、そこ、チェリの席にするか?」
「何言ってるんですかぁ、ここはタツキ様のお席以外ありえません」
ですよねー。
魔王椅子の背後にはなみなみ7割ほどの液量を保つエリキシル。
色も、ランクアップの影響か、最初のオレンジからやや赤みが増している。このままランクアップを続けると、おそらく真紅になるのだろう。
そして前面に広がるのは重厚な木製の会議机。
もちろん、魔王椅子はいわゆる「お誕生日席」に位置している。
酔っ払いタツキは、当初は謁見の間をイメージしこの部屋を構築していたが、チェリをふにふにしているうちに、エリキシルを最奥に置いた、ワルモノの作戦司令室のようなイメージ画浮かんだのだ。
浮かんでしまえば酔っぱらいの決断は早い。
魔王椅子を始め、荘厳なタッチで描かれた絵画やシックな雰囲気のタペストリー、威圧感ありまくりのフルプレートメイル置物など、ゴテゴテと重厚なアイテムを選んで雰囲気抜群に作り上げてしまったのだ。
「タツキ様、チェリの席はここですよ」
ぽよん、と魔王椅子から跳ね上がったチェリは、満面の笑みでタツキの左手側の席に収まる。
「わあぁ、この椅子もフッカフカ~。」
無論、臣下の席もアイテムランクBの高級品だ。
良い上司は部下も大切にするんだ、と、酔っぱらいのタツキは叫んでいた気がする。
「なにしてるんですか、タツキ様も早く座ってください」
「お、おう・・・」
チェリに促され、なんとなく気後れしながらも、魔王椅子に腰を下ろす。
「なんか、妙にしっくり来るな」
左手にチェリ。そしてタツキは空席に、まだ見ぬ部下を幻視する。
そして、
「なるほどな」
とひとりごちた。
「どうしたんですか?」
「ええとな・・・っ!」
今見えたビジョン。
それをチェリに説明しようとしたその時。
「来た」
ダンジョンマスターの基礎能力「敵勢感知」が、今まさにダンジョン内に突入したネイハムら一団の存在を知らせてきた。
***
祈祷師は名をウォルフという18歳の若者だった。
顔色が悪く陰気な表情、ついで風が吹けばポッキリと折れてしまいそうなくらい痩せてはいるが、それは生まれ持ったものであって、当人はいたって健康体である。
ちなみに産婆さんには骨太な赤ちゃんだった、と骨格面には太鼓判を押されている。
細面で髪も瞳も灰色。
「祈り」に必要な集中を妨げないようゆったりとした黒の術師服――襟元や袖口に安物ではあるが宝玉を施した法術師用の防具――と、黒樫のロッドを装備する。
おどおどと辺りを見回しているのは、ダンジョン管理課長にあの悪名高きネイハムのパーティーに同行することを命令されたためであり、また、今現在、一歩足を踏み外せば湖にダイビング間違い無しな石段をおっかなびっくり下っているためである。
ランク1のダンジョンであるがゆえの余裕だろう。
あるいは、ネイハムの殺戮衝動が強いのかもしれない。
本来は先頭を歩くべき板金鎧の重戦士が2番手。その後ろにボロのフード付きローブを纏った奴隷。先頭が、すでに抜剣したネイハムで、最後尾がウォルフだ。
「ひゃっはぁーっ!」
絶対にお友達にはなりたくない。
そんな歓喜の叫びを上げネイハムがついにダンジョンの入口へ到達する。
「坊っちゃん、いつも言いますがね、ランク1とはいえ舐めてかかると痛い目見ますぜ?」
板金鎧、両手剣の男がネイハムを諌める。
「黙れロベルト。その辺はわきまえているさ。俺は弱えからなーっ!!」
本当にわきまえているのか。
「はっはぁっ!!」
あるいはわきまえてはいたが、衝動を抑えきれないのか。
仄暗い程度には明るいダンジョン内へと身を躍らせ、そこにタツキが配置したグノーメを、右のロングソードで一刀のもとに切り伏せる。
「ひやぁっ!」
後ろに控えるゴブリンの追い打ちは、左に持ったアームガード付きのナイフで打ち払う。ゴブリンの上半身が流れたところで、その腹にロングシードを突き立てる。
「坊っちゃん、いちいち喧しいですぜ」
ロベルトと呼ばれた長身の板金鎧男は肩をすくめながらダンジョン内に突入、一切手は出さずそれらを観戦していると、後から駆け込んできた奴隷が、ぎこちない手つきではあるが、なんとかグノーメの死体から魔石を取り出していた。
「オメーもしばらくぼっーとしてな。手出すと坊っちゃん、さらに喧しくなるからな」
最後にロッドを握りしめ、遅れて突入するウォルフ。
彼にロベルトは気安く告げる。
「坊っちゃんが周りが見えなくなって、足元すくわれそうになったら手を出す。それが俺達の仕事だ」
細かな傷や凹みが歴戦を思わせる鈍色の板金鎧。
ヘッドギアから溢れるくすんだ金髪。
年の頃は30に届こうかというあたりだろうか。甘いマスク、とも言えなくない顔には幾つかの目立つ傷がある。
この重戦士は、口を開くとどこか人懐っこい雰囲気を漂わせる。
実質、このパーティーのリーダー的立ち位置にいるのだろう。
「わ…、わかり…ました」
ウォルフは頷いて、そして尋ねる。
「い、…祈りも、呪いも、不要…、ですか?」
「あぁ? オメーの職位は祈祷師だっけか」
ロベルトは少しだけ考えて、
「適当に祈ってやってくれ。あの喧しーのを黙らせてくれりゃ、まぁ、一番いいんだがな」
そんなことをのたまった。
***
「ひとり、絶対お近づきになりたくない奴がいる」
《ユニット視点》を活用し、相手を偵察していたタツキは魔王椅子で頭を抱える。
一瞬にして袈裟懸けにされ、そして腹に剣を突き刺されるユニットたちの視点で、恍惚に歪む野郎の顔を見るのは気分が悪い。
「しっかし冒険者、村人なんか目じゃないくらい強いな」
タツキが「ワタシ」口調のダンジョンマスターであった頃の記憶では、村人はグノーメですら苦戦していた。冒険者と村人ではその強さに隔世の感があるように思える。
「なぁ、チェリ、あいつら強すぎないか?」
その旨を、冒険者突入の報を受け、おっかなびっくり感満載のチェリに尋ねると、
「そ、その方は職位持ちではないでしょうか?」
という答えが帰ってきた。
「ジーンホルダーって、なんだ?」
「職位持ちは職位持ちですよぉ?」
やっぱりこの子は参謀たり得ないなぁ、とタツキは苦笑し、聞き方を変える。
「んじゃ、ジーン、って何?」
「職位は、…そうですね、私が大好きな物語には、クールな元素使い様とか、優しくてハンサムで大人な白騎士様とかが出てきましたね」
チェリはうっとりと微笑む。
「ヒロインはもちろん、美しくも優しい聖職者様です。あ、そうそう主人公の勇者様も《勇者》という特別な職位なんですよ!」
タツキと話すことでチェリは少し落ち着きを取り戻す。と言うか、自給自足した妄想でやや元気が溢れ気味になっている。
「それでですね、職位を持った人は、持っていない人よりずっとずっとすごいんですっ」
妄想は今や充填が完了され、瞳にはキラキラしたお星様が飛び始めた。
「あー、すごいって、どんなふうにすごいんだ?」
まぁ、職位は職位ですよ、と言われるよりはずっといい。
タツキは今一度苦笑して詳細を問う。
「魔技です! 職位に目覚めた人は魔技が使えるようになるんです。びゅーんとか、こう、ずばぁっ、きゅいーん、とか、カッコイイんですよぉ!」
おまえは**監督か? 脳が自動ツッコミを生成するが、やはり固有名詞は生成されない。
微妙に欲求不満を感じる。
しかしながら魔技。
「つい最近、どこかで見たような…?」
魔王椅子に座り、腕組みをして首を傾げる。
「あーッ」
フジタニ・タツキ
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ダンジョンマスターランク:3
・ダンジョン:現在 726(上限 900)+120
・ユニット:現在 0(上限 650 )+90
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魔技
◯ダンジョンマスターの本能(親和:亜人)
・ユニット生成(C)up! /アイテム生成(B)up! /敵勢探知/ユニット視点/ユニット憑依 new! /鉱物探知
◯異界の理(状態:封印解除)
・ステータス閲覧/自在掘削
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「俺…、魔技持ってる……」
「ふぇぇぇぇっ!?」
部下用椅子の座面もふかふかで、その上で、チェリが、ぽよん、と跳ね、キラキラな瞳のままタツキを見やる。
「ゆ、ゆゆ、勇者様? タツキ様は勇者様?」
「いや、ダンジョンマスターだろ?」
なんでそうなる。
思わずツッコミを入れて、そのツッコミによって瞬時に理解が広がった。
「なるほど、俺の職位はダンジョンマスターなのか」
2015/10/28:
1箇所不要な文字を削りました。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。