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09:ダンジョンマスターとダンジョン好きの商人

 ダンジョンマスター、フジタニ・タツキが己を獲得してから2日目の午後。

「いやー、これは素晴らしい景色ですねぇ。ニフヌ大湖を一望できる絶好の場所ですよ、ここは」


 ついに冒険者ギルドが派遣した旅装束の一団が、ダンジョン入口が存在する崖の突端にたどり着いていた。


「し、失礼ですが、たった10名そこらで大丈夫なのですかっ!?」

 その一団に、額の大汗を拭いながら同行していた、ミアズナの小太り村長が問いかける。


「突入するのはそこの4人ですねぇ。私、死肉喰獣ハイエナ商人ことトーマスは彼らの戦果を金に換えるためにここに残ります。残りは冒険者ギルドのスタッフで、見届人であり、失敗した時の備えです。基本、戦闘には参加しません」


「よ、4人、たったの4人ですとっ!?」

ぶよょん、と村長が驚きのあまりジャンプする。


「いやいや村長、戦争するわけじゃないんですから」

 二枚目商人トーマスは心底楽しそうにカラカラと笑う。

「ダンジョン、特に生まれたてのは狭いんです。戦闘行動ができるのは4人が限界。一般的なランク3のダンジョンでも突入単位パーティーは最大6名といったところです」


「おお、お詳しいのですな」

 村長の声音に、少しだけ安堵の色が伺える。


「ええ。詳しいですよ。私ダンジョンが大好きなのです。好きで好きでたまらないんです」

 よくぞ聞いてくれました。

 そんな勢いでトーマスは汗を拭く村長に畳み掛ける。


「冒険者になろうかとも思いましたが、こう見えても長男でしてね、家業を継がなくてはならない。残念ながら戦闘系の職位持ちジーンホルダーにはなれませんでした。なので、こうやって冒険者についていくことにしたんです」


 そして、自らを死肉喰獣ハイエナ商人と自称するトーマスは、

「なかでもネイハムさん達のパーティーは特に面白い」

なぜだかわかりますか? とトーマスは若干鼻白む村長に問いかける。


「い、いえ、浅学な私にはとんと…」

「ダンジョンマスターです」


「は?」

「ダンジョン最大の謎、それはダンジョンを管理するダンジョンマスターにほかなりません」

 あたかも舞台俳優のようにトーマスは湖を背後に両手を広げる。


「ネイハムさんたちのパーティーは、ダンジョンマスターをここまで引きずり出してくるのですよ」

「な…っ。こ、ここへ、ですか?」

 村長はその太い指で自分の足元の地面をさす。


「はい。そして私は彼らに問いかけます。あなたは何者ですか? 何が目的で、そしてどこから来たのですか? と。まぁ、答えがかえってきたことはありませんがね」

 苦笑するトーマス。


「そ、その後、ダンジョンマスターはどうなるんで?」

「もちろん、殺されます。ネイハムさんによって」


 そしてトーマスはさわやかな笑顔で、若干引き気味の村長にこう告げた。

「ご存じですか? ダンジョンマスターの血も、紅いんですよ」


***


 時間は半日ほど巻き戻る。

 日常、家畜小屋で寝起きをしていたチェリは、いつもと違う感覚で目を覚ました。


 自分を包んでいるものは、藁よりもずっと柔らかくて暖かく、自分に寄り添っているものは家畜よりもずっと小さく、安心できる匂いがする。

「ん~?」


 その、安心できる小さなものを、無意識にギュッと胸に抱きしめてさらさらの髪を撫でる。

「んー?」


 徐々に覚醒する意識。

 窓から差し込む朝日が照らす石造りの室内。そして自分のゆたかな胸に埋もれる柔らかく癖のない黒髪。

「んーっ!?」


 ばくん、と心臓が大きな鼓動を打って、意識が完全に覚醒。

 抜け抜けながらに流れこんでくる昨日の酔っぱらいの記憶。


「んんんーっ!?」

 ここで悲鳴を飲み込めた自分自身をほめてあげたかったですっ。とは、後のチェリの弁。

 心の中で盛大にわたわたしながら、とりあえず、何を思ったか、胸に埋もれるタツキの髪をくんかくんかしてみる。


「はぅぅ」

 ものすごく落ち着いた。


 落ち着くと同時に、愛おしさがこみ上げてくる。無性にタツキの顔を見たくなって、抱きしめる腕をゆるめその寝顔を覗き込む。


「あー、えーっと、お、おはよう」

 寝顔じゃなかった。


 整いすぎて無機質に見える少年は、やや赤面気味で、やや鼻の下が伸びていた。


「い、いいい、いつから、ひゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 チェリはバタバタとクッションやらブランケットやらをはねのけて後退する。

「いつから起きてた、という意味なら、チェリに抱きつかれる前からかな」


「そ、それっていつからですかぁ~」

 とりあえずはねのけたクッションを改めてひっつかみ、ぎゅむむと胸に抱いて防御態勢。

「そうだなぁ」


 心臓は再びバクバクと鳴っているが、穏やかに笑うタツキの顔を見ていると、それがゆっくりと暖かい鼓動に変わってくるのが不思議、とチェリは思う。


 そして決まって、喉のずっと下が、胸のずっと奥がきゅぅっとしてくる。

 そうすると、もう、タツキに抱きつきたくなってしまい、事実、酔っ払ってしまった昨日は実際にずっと抱きついていたようだ。


 思い出しただけで顔から火が出る。

 それだけでも発火モノなのに、目覚めたら同じ寝床にタツキが居た。


 もしかして、もしかして、私は大人のレディーになってしまったの?

 クッションをさらにぎゅむむとしてチェリは小さく身悶える。


 いつから起きていたのか。

 しかし、その問に答えようとするタツキの雰囲気が、穏やかなそれから、とても鋭いものに変わっていくのをチェリは感じ取る。


「そうだな、すでにダンジョンの再構築は終えた。それくらい前から、かな」

 タツキは、ゆっくりとベッドを離れその原因を告げる。

「俺達の生活空間は今や迷宮最深部だ」


 そして、鋭くも透き通った笑顔でこう付け加えた。

「ありがとな、チェリにはいっぱい勇気をもらった」


「むーっ」

 両膝とクッションを抱えて、クッションで口元を隠しているチェリは上目遣いにタツキを見る。

「ど、どうした?」

「タツキ様、ダメです」


 チェリは立ち上がる。

 削り残しクラフターで作ったベットの上と下。


 今だけ、少しだけチェリの身長がタツキのそれを勝った。

「今の、お別れの言葉みたかったですよ。はい、やり直してください」


「あー、変な…」

 タツキは苦笑する。

「そう、変な、なんだ、伏線作ってちゃダメだよな」

 いつもながら、今度は「***」が出てこない。曰く「死亡***」というやつだ。


「んじゃ、チェリ、これからも期待してるから、とりあえず一緒に朝飯でもくおうぜ」

 今だけ、少しだけ背の高いチェリに手を差し伸べる。


「はいっ!」

 喜んでその手を取って、ベッドから飛び降りたチェリは、ほんの少しだけタツキを見上げるいつもの高さに戻った。


***


 勇気どころか。

 タツキは苦笑する。今朝のやり取りでダンジョンマスターランクが上がってしまったのだ。

 柔らかでゆたかな双丘にぎゅむむとされて、髪をくんかくんかされて、その瞬間、無機質な脳内アナウンス。


 ここで悲鳴を飲み込めた自分自身をほめてあげたかった。

 ついでに内なる野生を必死こいて押さえ込んだ自分も。


 朝食――といってもダンジョンマスター御用達の栄養バーと水だが――をふたり分準備しつつタツキは回想する。


 ダンジョンマスターランク3、すなわち、ダンジョンランク3。

 これは、生まれたてのダンジョンが、一般的な世間に認知されるレベルのダンジョンになったことを意味する。


 この世界の一般常識を持たないタツキと、情報自体に触れられない生活をしてきたチェリは知る由もないことだが、タツキのダンジョンは、今やしっかりと準備をした中堅冒険者が、命を賭して挑むレベルになっていたのだ。


***


 そして時間軸を戻す。

「やぁ、いよいよ突入のようですね。村長さんが安心できるよう突入メンバーの皆様をご紹介しましょうか」


 ダンジョンを前に上機嫌の死肉喰獣ハイエナ商人ことトーマスは、ネイハムのパーティーをひとりひとり指差し村長に説明してゆく。

「突入組は4人です。リーダーはネイハムさん。あの猫背気味の紺のマントの方ですね。彼の職位ジーン軽戦士ライトアーマー。攻防対応可能な万能職です。彼自身は盾を使わないのでアタッカー寄りですね。まぁ、血塗貴族ブラッディノーブルですから同然ですよね」


「あ、あれが…」

 ネイハムの噂を聞いたことがあるのか、村長は複雑な顔でネイハムを見やる。


「で、鈍色板金鎧の両手剣持ちの方。彼はネイハムさんの実家がよこした、彼の護衛兼お目付け役ですね。

 重戦士ヘビーアーマーで盾職なのですが、両手剣装備なので彼もアタッカー寄りです」

 そして小さな声で、「腕はネイハムさんよりずっと上です」と付け加える。


「それから灰色髪の法術師キャスターいがいますね。彼は冒険者ギルドが派遣した新米冒険者です。

シンボルでもスタッフでもなく、指揮棒のようなロッドを持っておられますね。彼が祈祷師エクソシスト職位ジーンをお持ちであることの証です。祈祷師エクソシスト補助法術サポートスペルの使い手でパーティーの戦力を底上げしてくれるんですね」


 という訳で、とトーマスは話を締めくくる。

職位持ちジーンホルダーが3人。生まれたてのダンジョンに対しては十分すぎる戦力ではありませんか」

「は、はぁ。そんなものですか」

 餅は餅屋だ。

 トーマスの雰囲気と一気呵成の説明に飲まれつつある村長は、汗を拭きながら、とりあえず納得する。


 このダンジョン狂いの商人や、冒険者ギルドのスタッフたち。

 つまり、ダンジョンのプロフェッショナルが、それが当たり前のように振舞っている。ならば何も問題はないのだろう、と。


「あ、突入するのは4人では?」

 なんとなく答えはわかっている。

 しかしながら、村長は最後の1人、ボロボロのフード付きローブを纏った人物について尋ねる。

 それは、数日前に自分が成したことに、小さな罪悪感を抱いていたためか。


「あれはネイハムさんの奴隷です。戦力ではありません」

 案の定、あまり面白くなさそうにトーマスは答える。

「役割は3つ与えられていましてね」

 トーマスは指を三本立て、内一本を折る。


「1つはモンスターの解体。ネイハムさん、モンスターをバラすの飽きちゃったんですよ」

 トーマスはそこで言葉を切って苦笑を混ぜる。

「あとの2つは大体ご想像のとおりです。聞きますか?」

 図らずしてピースサインのまま、トーマスは村長に尋ねる。


 すねに同じ傷を持つからだろうか。

「いえ、結構です」

 村長もトーマスと似たような苦笑をうかべ、その申し出を断るのだった。

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