悔恨
「なんと! 『国喰らい』とな!」
村長は、ゴウジの説明に驚きを隠せなかった。
「はい。鉱山に無数の触手が出現し、周囲の森を荒らしておりました。幸い、移動速度は遅かったようで、奴のテリトリーから抜け出した後は、徒歩でも逃げ切ることができましたが」
ゴウジと、トーヤを背負ったギエンが村にたどり着いたのは、鉱山から異様な物音が聞こえてきたため、調査隊を出そうかと村長たちが思案していた矢先の出来事であった。
ギエンとゴウジは見るからにズタボロで、即座にクズミ婆に回復魔法をかけてもらった(幸い数は多くとも単純な傷ばかりだったので、クズミ婆でも十分治せた)。
厄介だったのは、一見外傷が最も少なかったトーヤであった。2人が説明するには、なんとか3人で空を飛んで「国喰らい」の触手の勢力圏から逃げ出し地上に着陸することには成功したものの、そこから少し歩いたところでいきなりぶっ倒れてしまったので、ギエンが背負って来たということだった。
とりあえず集会所の仮眠室で寝かせ、その後何度か起こそうと試みたものの何の反応もない。
クズミ婆曰く、これは単純な過労ではなく飛翔魔法で魔力を使いすぎたことによる、一時的な虚脱状態であるとのことである。
この症状に関しては、魔法は一切効果がなく、ただひたすら心身を休める以外に回復の方法はない、とクズミ婆は断言した。
村長は話ができる状態であるゴウジとギエンから事情を聴こうとしたが、ギエンは「俺はトーヤに付いている」と言ってそれを拒んだ。
……いかなる心境の変化かは不明だが、その言葉は一切の説得を受け付けない響きを含んでいたため、村長たちはひとまずゴウジから話を聞くことにした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
集会所の一室で昏々と眠り続けるトーヤの傍らで、ギエンは深い自責の念に駆られていた。
(俺のせいだ……!)
自分が功名心から、無理矢理ついていかなければ……そんな思いが何度もギエンを襲う。
トーヤとゴウジだけだったら、より容易にあの状況から抜け出せたはずだったのだ。ギエンがトーヤの忠告を無視し勝手な行動を取ったせいで、トーヤはギエンを追いかけ捕まえるという余計なことをする羽目になった。飛翔魔法だって、ドワーフ1人分のお荷物がなければ、もっとスピードを出せたのだ。
(もし、このままトーヤが目覚めなかったら……)
クズミ婆に言わせると、魔力を使いすぎたことにより、精神が崩壊してしまったり二度と目覚めない眠りについてしまう例は、決して少なくないらしい。トーヤは若いので、そうそうそんな事態にはならないだろうと言ってくれたが……「絶対」とは言ってくれなかった。最悪の想像がギエンの中を巡る。
「すまん……トーヤ……謝って許されることじゃないが……」
なぜ、「ヒゲなし」などと馬鹿にし続けてしまったのだろう。トーヤは誰よりも気高く、仲間のことを思うドワーフの鑑だった。面汚しなのはどちらだという話だ。
「なぁ……もし、許してくれるなら……俺たちまた友達に戻れるかな……」
聞こえていないことがわかっても、声をかけずにはいられない。
突然足音が響き扉が開かれる。
「……まだ目覚めんか、トーヤは……」
「あ……親父……」
部屋に入ってきたのは、村長だった。
「家の外では村長と呼べと言っとるじゃろ……トーヤの家族が来た。お前は一度集会室に来い。ゴウジだけでなく、お前からも話を聞かねばならん」
「ハァ!? 何言ってんだよ親父! トーヤがこうなったのは、俺のせいなんだぞ! 俺が付いていなくて……」
「この……大馬鹿者があぁぁぁ!」
村長が初老の体に似合わない大声を張り上げ、ギエンはビクリと身をすくめる。
「トーヤを心配しとるのが、己だけだと思っとるのか! トーヤの家族も、わしも! ハルもゴウジもクズミも親方も! みんなトーヤがこのまま起きんのではないかと、心痛めとるんじゃ! それでも、心配するだけでは何も変わらん! 今村は未曽有の危機に直面しとるんじゃ! やるべきことをやらねば、取り返しのつかんことになるのじゃぞ! 」
「ッ!」
「それをなんだ、お前は! 自分の失敗をウダウダ悩んで立ち止まって、さも己が哀れなように振る舞いおって! ここまで情けない息子だとは思っとらんかったわ! トーヤがこんな大馬鹿のために魔力使い果たしたと思うと、可哀想で仕方ないわ!」
そこで村長は一度言葉を切り、再度怒鳴りつける。
「今、お前にできることはなんじゃ! 言うてみい!」
「……『国喰らい』に関する情報を、少しでも話して共有すること、だ」
「……うむ。それがわかっておれば良い。多少は根性があるようで安心したぞ」
それだけ言うと、村長はクルリと踵を返し、集会室の方に歩み去って行った。
ギエンはそれを慌てて追いかける……と、廊下にトーヤの両親と兄弟たち、それにミオリがいた。
「あ……」
「……」
ギエンは何も言えなかった。家族たちも、ギエンに何か言うことはなかった。
「……その……ごめん……」
様々な意味を込めた謝罪だけ口にし、ギエンは集会室に走って行った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
結局、ゴウジとギエンの情報をまとめた村長と長老たちの出した結論は一つだった。
「避難じゃな」
「それしかないでしょうな」
「……住み慣れた村を捨てねばならんのですか」
「国喰らい」の討伐方法は2つだ。1つは圧倒的戦闘力を持った個人が、中央の頭脳部まで一気に突っ切り破壊するというもの。短時間でケリを付けることができるが……前提となる戦闘力が「ドラゴンを単騎で仕留められるドラゴンスレイヤー級の戦闘力」である時点で非現実的に過ぎる。
それほどの能力がなければ、「国喰らい」の無数の触手をかいくぐり、頭脳部を破壊するなど不可能なのだ。並の能力では、例え飛翔魔法で中央部にたどり着けても、中央の濃密な触手群に嬲り殺されるだけである。実際、かつて「『国喰らい』の単騎討伐」などという偉業をなした勇者は、数えるほどしかない。
より一般的なのはもう1つの方法。とにかく多数の兵力をかき集め、「国喰らい」を取り囲む。そしてただひたすら、「国喰らい」の無尽蔵な生命力が尽きるまで触手を攻撃し続けるというものだ。
触手自体の戦闘力は、ドワーフの戦士としては平均的な能力のギエンでも対処できたことからもわかる通り、さほど優れたものではない。問題なのはその数と再生力なのだ。ゴウジとギエンは、密度の高いエリアで戦わざるを得なかったので極めて危うかったが、外周部に散在する触手相手なら、並の兵士でも潤沢な交代要員と物資を頼りに、戦うことは可能である。
ならば、相手の再生力に対抗できるだけの大戦力を集め、地道に削り取るというのは有効な手段となる。そして、少しずつ触手の数を減らし続ければ、いつかは討伐できる……という寸法である。
……問題なのは「多数の兵力」というのが本当に1000人単位で必要だということだ。当然、この村だけで捻出できる規模ではないため、周辺の街や国に協力を要請することになる。「国喰らい」の脅威を理解できる者なら、兵力を出すことを拒みはしないだろうが、それでもそれらが結集するには時間がかかる。
「国喰らい」はテリトリーの内なら、自在に触手を出現させ獲物を捕らえることができるが、テリトリーの拡張スピード自体は非常にゆっくりしたものだ。村長たちの見立てでは、村にたどりつくまでにおよそ3日と言ったところか。避難するだけなら、猶予はあると言えるが……討伐に必要な戦力を集めるにはどうしたって時間が足らない。
「……仕方あるまい。皆には苦労をかけることになるが……幸い時間は十分とは言わんが、それなりにある。慌てず落ち着いて避難の準備を進めるよう皆に伝えよう」
村長はそう結論付けて、話し合いを終えた。