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激闘・逃走

国喰らい(グラウンド・イーター)」という魔物について、わかっている事実は非常に少ない。そもそも、植物なのか動物なのかすら不明だ。


 それは確認された個体数がごく少数なのもあるが……同時に、仮にその存在が認められたなら、悠長に観察などすることは許されず、即刻周辺の全戦力を結集しての討伐が行われるからだ。この「全」とは、文字通り「『国喰らい』の脅威を理解できる、周辺の戦闘力を保持した集団全て」という意味である。種族・敵対関係一切問わず、あらゆる戦力をかき集めなければ、対抗など不可能な存在。それゆえ、「国喰らい」の出現により、百年争い合っていた二つの国が手を取り合って友好への道を歩むことに成功した、というエピソードがあるほどだ。

 それを怠った者たちは例外なく「喰われる」。だからこその「国喰らい」。シンプルな名前にはそれだけの恐怖が込められているのだ。


 明らかになっているのは、すさまじい食欲を持っており無数の触手で周辺の動物を手あたり次第捕食すること、ほとんど前触れなく地下から出現すること、頭脳を兼ねた捕食部が弱点であること。そのぐらいだ。

 武器は、数限りない触手と、一部の触手の先端から放たれる高密度・高速の樹液弾。そして……異常なまでの再生力。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「クソッ! どんだけしぶてーんだよ! コイツラはよ!」

 鉱山から少し下った森の中、ギエンが斧をぶん回しつつ、盛大に愚痴る。何本もの触手をまとめて叩き斬るが、見る間に再生し、再びギエンに襲い来る。


「後少しだ! ここでぶっ倒れても構わんから、とにかく斬りまくれ!」

 ゴウジも、同様にすさまじい勢いで叩き付けられる触手をいなし続ける。力任せのギエンの戦い方に比べれば、遥かに洗練され、無駄な力を使っていないことがわかる。それでも、激戦は既にゴウジの屈強な肉体から体力を奪い尽くそうとしていた。


 そして、最後の一人、トーヤは……

「…………」

 眼前の死闘など、まるで存在しないように座り込み、じっと身を休めていた。


 彼らがなぜこんなところで、「国喰らい」の猛攻にさらされているか、と言えば時間を少し遡る必要がある。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 無論のこと、3人だけであんな化け物に対抗する気など微塵もなかった。修行を通して相当の戦闘力を身に着けたトーヤも、数多の戦場を潜り抜けたゴウジも、傲岸不遜なギエンですらそんなことは考えなかった。


 今できるのは、山を降りてその脅威を村人に伝えることのみ。そう考え、飛翔魔法を用いて「国喰らい」から少しでも距離を取ろうとしたのだが……

「オイ! なんで高度落とすんだよ! これじゃ捕まるだろーが!」

 ギエンが怒鳴りつける。耳元で騒がれてトーヤはうるさそうだ。

「この魔法は、スピード上げようと思うと高度維持できないんだよ。急いで離れなきゃならないんだから、少し黙っててくれないか?」

「そ……そうか……」

 ギエンは専門外の魔法の話なので、文句を付けるのも難しそうだ。


 それにいくら高度を落とそうが、森の木々すれすれの10メートルは維持している。対して、触手は長い物でも地上部は3~4メートルほど。いくらなんでも、あれに捕まるような事態は……


「ッ!」

 周囲に巡らせたトーヤの感知魔法が飛翔物の接近を告げる。とっさに身をかわそうとするが……完全には避けきれず、右足のくるぶしに直撃する。

「ぐあっ!」


「トーヤ! 大丈夫か!」

 ゴウジが突如として悲鳴を上げたトーヤに声をかける。

「ご、ごめん……魔法、維持できそうにない……」

 トーヤは、激痛に身をよじらせながら、何とか墜落しなくて済むよう、開けた場所を目指す。


 ドサリ。地上にたどりつくと同時に、トーヤは2人を投げ出してしまう。

「オイ! トーヤ! どーしたってんだよ!」

 ギエンが慌ててトーヤに駆け寄る。

「あ、足をやられた……飛び道具もあったんだ……知らなかった」

 トーヤは辛そうに答える。飛翔魔法は難易度が高く、感知魔法のような低難度魔法はともかく、防御魔法などとの併用ができないため、完全に直撃していた。


「ごめん……もう動けそうにない……俺は放っておいて、2人は村に……」

「バカ言ってんじゃねーよ! 見捨てられるわけが……」

 そこで、ギエンは「ヒゲなし」を心配している自分に気付く。直後、嫉妬心がギエンの全身を満たし、トーヤを見捨ててしまえと囁こうとするが……

「フン!」

 ギエンは自分の頬を張飛ばし、そんな考えを切り捨てる。ドワーフの誇りにかけて、命をかけて自分を救ってくれた相手には、命をもって応じるのが礼儀だ。自分だけなら簡単に逃げられただろうに、トーヤはギエンとゴウジを見捨てなかった。ならばおぶってでも、トーヤは必ず村に連れていかなければならない。


「どの道、逃げられそうにはないな、これは」

 ゴウジが周囲を見渡しつつ呟く。気が付けば、森は蠢く触手に満たされていた。

「……トーヤ。回復魔法も使えるのだろう? 傷を治して、再び飛翔できるまでどれほどかかる?」

 愛用の斧を構えつつ、ゴウジは尋ねる。


「……100拍。それだけあれば、飛べるまでに回復して見せる」

 1拍は平静時の呼吸一回分。20拍でおよそ1分だ。正確な時計がないので、呼吸数でおおよその時間を示す。

 幸い傷は単純だ。動かずじっとしていれば、回復にさして時間はかからない。


「よし、聞こえたな、ギエン! 200拍(・・・・)だ! それだけの間、絶対にトーヤを守り抜けぇ!」

 ゴウジが怒鳴りつける。


「!? 何言ってるの、ゴウジ!? 100で行ける! 2人はそんな無理しなくても……」

 迷わず周囲の触手に切りかかっていく2人に、トーヤが戸惑いの声を向ける。


「馬鹿を言うな、トーヤ。100拍ではギリギリなのだろう? どの道、空に上がれば俺たちの斧は何の役にも立たん。なら、ここで体力を使い果たそうが、お前の体調を少しでも整えるべきだ」

 ゴウジが落ち着き払って答える。一見、村で立ち話でもしているかのような冷静さだが、その手は斧を握って縦横無尽に閃き、伸びる触手を狙い違わず切り落としていく。


「無駄口叩いてる暇があんのか、お前はよ! 癪だが、ここから逃げるにはお前の力が絶対必要なんだ! 喋る余力があんなら、それを魔力に回しとけ、バカトーヤ!」

 ギエンがすさまじい勢いで斧をぶん回し、飛来した樹液弾を斧の厚い刃で受け止めながら、トーヤを怒鳴る。ギエンの言うことは正しい。2人が稼いでくれる時間を、無意味な議論で費やすことはできない。今自分にできることは、傷を癒し少しでも逃走成功率を上げることだ。


 そう心に決めれば、不思議と周囲の音が消え去って行った。スゥッと息を整えると、トーヤはじっと身を落ち着けて休み始めた。



 トーヤがゆっくりと200の呼吸を終えた時、周囲の音がなだれ込んでくる。トーヤが立ち上がったことに、2人が同時に気づいた。彼らには呼吸数を数える余裕など微塵もなかったが、なぜかトーヤが立ち上がる時間はわかっていた。


「……行けるか、トーヤ?」

「今ならドラゴンだって持ち運んでみせるよ」

 ゴウジの質問に、冗談で返す。既に2人とも息も絶え絶えの満身創痍だ。周囲に散らばる無数の触手の残骸が、激闘を物語る。


 ギエンは、このわずかな時間の戦いでボロボロになった斧を勢いよく地面に投げ捨てる。

「オイ、ゴウジのおっさん! あんたも武器を捨てな! どの道、この先で落ちたら、命はねーんだ! 少しでも軽くしなけりゃ生きて帰れねーぞ!」


 ゴウジはわずかにためらう。彼の愛用の斧は、幾度もの戦を共に潜り抜けた相棒だ。親方が丹精込めて作り上げた名品であり、死闘を抜けてなお刃こぼれ一つない。純粋な値打ち以上の愛着ある品だ。しかし……

「喜べ『国喰らい』! このゴウジ様の斧を食えることをな! お代は俺が持ってやるから心配するな!」


 どうせ失うならば、盛大に使い切ってやろう。ゴウジは身に残された最後の力を振り絞り、近寄る触手に向けて斧を投げつけた。

 本来投擲武器としては設計されていないはずのバトルアックスが、そんな常識を軽々無視し、途方もない勢いで触手を何本も断ち切っていく。

 その様に、かつてないほどの爽快感を覚えながら、トーヤに向き直る。

「さぁ、行こうか、トーヤ!」

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