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砂漠の遺跡

 エリシールよりはるか遠く、異大陸の砂漠の中央部に京也はいた。

 彼らがここを訪れたのは、「リャーマン」の秘密を探るため。そして……「京也」の呼び出された理由を知るため。

 古代文明の残した遺跡には、ガーディアンが残されているものである。しかし、砂漠の遺跡を守護するのはかつてない強さのガーディアンたち。その性能と数はいかな京也一行であっても容易く撃退できるものではなかった。

 近くの町を拠点に、少しずつ探索範囲を広げ、時にランとリーザが大怪我を負い慌てて帰還することもあった。

 そして幾度目かの探索行の果て……遂に京也たちはその最深部にたどり着いていた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「……全く、どんだけ苦労させられたと思っているんだ。これで中身がショボかったらタダじゃおかねーぞ」

 ランがぶつくさと文句を言いながらも、目の前の巨大な石造りの扉を見上げる。

「本当に……この中に『リャーマン』の秘密が隠されているのか?」

 京也は疑わし気だ。あれだけ凶悪なガーディアンの守護の下にある遺跡である。生半可な物が眠っているわけはないだろうが……それでも歴史に残らないほど太古に作られた遺跡に、今現在の事実が隠されてると聞けばさすがに疑わしい。

「えぇ、神託はそう告げています。この奥に、邪極まりない邪教、リャーマンにまつわる予言が残されているはずです」

「その神託が直接予言の内容教えてくれりゃこんな苦労しなくて済むんじゃねーの? 誰のお告げか知らねーけどよー、絶対そのお告げの主性格悪いぜ」

 扉のトラップを調べながらランが言う。かつて名うてのトレジャーハンターとして生きてきた彼女からしても、この遺跡の意地の悪い罠の数々は油断ならないものだった。口では文句を言いながらも、手は一分のミスもなく扉の最後の鍵を開く。

「……よし、開くぜ」

 ガゴン、と重々しい音と共に何百年……ひょっとすると何千年、何万年ぶりにその扉は開いていく。



 ガランとした何もない部屋だった。仮に京也たちの目的が財宝だったなら、完璧な骨折り損だったと激怒するところだろう。

 だが、リーザは興味深げにランプで周囲を照らす京也を後にすぐさまその部屋の壁を調べ始める。

 壁には複雑な古代文字が幾重も刻まれている。これこそ、京也、リーザ、ランの最終目標であるはずだった。

 メンバーの中で唯一古代文字に造詣の深いリーザが指でそれをなぞりながらブツブツと解読を進めていく。

 一瞬、ピタリとその指が止まるが何事もなかったかのように解読を再開し、さほど時間をかけずゆっくりと腕を下ろす。


「……どうだった?」

 どこか当ての外れたようなリーザに、京也が静かに尋ねる。


「……残念ながら大したことは書かれていませんでした。世が乱れた時、リャーマンを名乗る邪神が現れるが、異世界から召喚された勇者がそれを倒す、とだけ。具体的な正体に繋がることは何も……」

 ガヅン! と爆音が響く。


 リーザが驚いてそちらを窺うと、京也が足を全力でその場に振り下ろしただけであった。ただそれだけで、太古より形を保っていた遺跡の床はひび割れ、天上からパラパラと小石が落ちる。


「……もう一度尋ねる。これが最後の通告だ」

 ゆっくりと、冷徹な声で京也が言う。


「……何が書いてあった(・・・・・・・・)?」


(ッ! 京也さん、古代文字の判読が!?)

 リーザは隠そうとしていた情報を既に読み取られていたことを悟り、表情に焦りを浮かべる。

 その反応だけで京也には十分だったようだ。


「リーザ……残念だ。俺をずっと騙していたんだな」

 言葉に反して、その声色に残念な様子は微塵もなかった。あるのはただ……純粋な怒りのみ。あまりの怒りの激しさに、かえって物腰は落ち着いている。それが何よりリーザには恐ろしい。


「待ってください! 京也さんを騙していたわけじゃなくて……」

「騙したも同然だろうが!」

 リーザの言い訳に京也は扉に向かって拳を振るう。頑丈に作られた扉は、それだけで壊れることはなかったが、大きく震えて不安げな残響を残した。


「……何と書いてあるのか、ランに説明してみろ。嘘を交えず、正直に」

「…………」

 リーザは勇者の豹変にギュッと拳を握ったまま何も言えない。


「……言えないのか? じゃあ俺が言ってやろう……『リャーマンとは異世界より来る黒い髪と黒い瞳を持つ人間である。その武勇は歴戦の猛者に勝り、その魔術は賢者の英知を凌ぐ』と……そう書いてあるな?」

「んー? それってまるで京也のことみたいだな?」

 京也の蛮行にも特に何を言うでもなかったランがどうでもよさそうに尋ねた。


「あぁ……そしてこう続いている。『リャーマンはその力と知恵で持って世の仕組みを作り変える。その混沌に際し数多の災厄が訪れるであろう。災厄と共に世を全くの別物へと作り変え……そしてリャーマンは元の世界へと帰還する』」

「…………」

 リーザはうつむいたまま何も言わない。


「おかしいと思っていたんだよ……俺が召喚された時、部屋の周りには武装した兵士がゴッソリいただろう? ……ようやくわかった。あの儀式は勇者召喚の儀式じゃない。全く逆……リャーマン召喚の儀式だったんだろう?」

「…………」

 やはりリーザは口を開かない。だが、その荒い呼吸が京也の指摘が真実であることを示していた。


「いつ、どこで現れるかわからない邪神なら……いっそ万全の準備を整えた上で呼び出し、殺してしまった方が気が楽だ。そう思って俺を召喚したんじゃないのか?」

「……言葉が通じるなら……殺さずに説得してその力を世の役に立ててもらおうと……」

「お人よしを口先三寸で騙して都合のよいように使ったってことだろう?」

 京也は心底見下した視線でリーザを睨み付ける。


「……ここに書かれていることは……バウゼン公国に秘蔵されている予言の書とほとんど同じでした。私たちは邪龍の襲撃を受け、予言の時が近いことを確信して……『リャーマンをこちらから呼び出す』という賭けに出ました。殺せるなら殺せば良く……騙せるなら邪龍討伐にその力を使ってもらおうと……」

 諦めたようにリーザは訥々と語る。


「それからは……『リャーマンがこの世界を滅ぼしたくなくなるように』動くことにしました……幸い京也さんに『自分がリャーマンだ』という自覚はなかったようですから……世界の平和を守るため、と言ってこの世界の素晴らしいところをたくさん見せて、いろんな人と出会わせて……」

「その結果俺がこの世界に骨を埋める気になったら万々歳ってことか?」

 リーザは押し黙ってしまう。


「……この遺跡にわざわざ案内した理由は?」

 京也は気になっていたことを尋ねる。京也を騙し続けるつもりなら、こんなところに来る必要はない。

「……神託は『世界をあるべき姿に戻す方法がある』としか言っていませんでした。まさか……こんなことが書かれているなんて……!」

「あぁ、確かに世界をあるべき姿に戻す方法があったな」

 冷たく言い放つ京也にリーザは絶望する。


「! ま、待ってください、京也さん!」

「それが『あるべき姿』なんだろう?」

 憎々し気にリーザを睨む京也の言葉は止まらない。


「……俺は、リャーマンになってやる」

 事務的事項を伝えるように、反論を許さない口ぶりにリーザは何も言えなくなった。


「……貴方と過ごした日々は……とても楽しかったのに……」

 だから、情に訴えるようにそう言うしかなかった。

「……俺も楽しかった」

 だが、と京也は言葉を切る。


「だからこそ、俺はリーザを絶対に許せない。最初から正直に……『貴方は邪神ですから、世界を滅ぼすのをやめてください』と言ってくれれば……俺はそんなことをする気なんてなかった。リーザを助けるためにこの力を振るった。『世界を滅ぼさなければ元の世界には帰れない』と言われても多分迷った。リーザたちを傷つけてまで帰ることはできなかっただろうから、死ぬほど迷った後この世界で所帯を持って天寿を全うしたかもしれない」

 カツっと話は終わりだと言いたげに踵を返す京也。


「……だけどリーザは俺を信じなかった。俺が命がけで邪龍を倒した後も、真実を伝えてくれなかった。いつでも言えたのに、俺をどこまでも疑っていた……だから、これから世界が滅びるのはリーザの責任だ」

 カツカツと地上に向けて歩みを進める京也の背中にリーザは慌てて声をかける。


「待っ……」

「次に出会ったら、迷わず殺す。今生かしておくのは、これから変わりゆく世界をリーザに見せつけるためだ」

 あらゆる説得を拒絶したその物言いに絶句するリーザを後にランもスタスタと京也を追う。


「……貴女も……世界を滅ぼすのに加担するの?」

 わずかに期待を込めたリーザの問いかけに対するランの返答はあっさりしたものだった。


「だって俺京也に命救われてるし。京也が世界を救うってなら救うし、滅ぼすってなら滅ぼすぜ?」

 そして、2人は遺跡の上部へと消えていった。


 後には、ただただ呆然とするリーザだけが残された。

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