運命の再会
トーヤ、コニー、ザイヤーの3人はおおよそ10日間の旅を終え、エリシール最東部にある街……リムルへとたどり着いていた。
これまでとんでもないトラブルに巻き込まれ続けていたトーヤからすれば、意外なほど穏やかで無難な旅路であった。なんだかんだ言っても、コニーもザイヤーも油断のないベテランの旅人であり……そして、エリシール東部の治安も思ったより良かったのである。
「やはり即時決戦が控えられるとなると、庶民は割と平和に暮らしてるわねー」
「それはもう、今日の飯がなければ明日死ぬからな。明後日戦争が起きるかもしれんが、それは今日の飯を得なくていい理由にはならん」
「そりゃまーそうだけど……割とみんな薄情じゃない? エリシールにはそれなりに世話になっているだろうに、あっさり解放軍の支配を受け入れちゃうなんて」
「目の前に武器をちらつかされて抵抗できる者はそうおらぬよ……いたとしても少数派だ」
コニーとザイヤーの雑談を聞きながら、トーヤは森の中からじっとリムルの街の城壁を観察する。
「……商人の出入りはあるっぽいですね。あれなら入れてもらえる……かな?」
「旅人と名乗れば、別に咎められはせんと思うが。やはり、殺戮ではなく支配を目的にしていたのだな」
城壁の門を潜り抜ける馬車の数は決して多くはないが、だからと言って皆無でもない。内部で正常に経済が回っている証拠だろう。
「……おかしいわね」
「ん? どうかした、コニー?」
顎に手を当てて考え込み始めるコニーに、トーヤは訝し気に問うた。
「リムルは消費都市であって、生産都市じゃないわ。内部で作られている物なんて精々海産物ぐらいのはず。なんで荷物を山積みにした馬車が何台も出て行っているのよ」
「? そんなのリムルが交易都市だからでしょ? 輸入品を運び出す商人がいるのなんて当たり前じゃない」
「……ザイヤーさん、どう思いますか?」
「おかしいな。普通に考えたらあり得んことだ」
ザイヤーがあっさりとコニーに同調し、トーヤは疑問符を浮かべた。
「だから何がおかしいのさ? 交易都市で商売が普通に回っていれば、内部から出ていく荷物なんて……」
「普通に回っていれば、ね」
「うむ。交易が普通に行われているならトーヤ君の言う通りだな」
「……交易が普通に行われいることそのものがおかしい、と?」
トーヤはようやく2人が何を言いたいのか察する。
「トーヤ君は知らんかもしれんが……エリシールにおいて海を越えての貿易は全て国の管轄だ。リムルは王領であり、総督は国王が中央貴族から直々に任命する。権力を集中させないため、世襲も一切行わせない徹底ぶりだ。それほどまでにリムルの貿易がもたらす利益は大きく、国王以外の領主に旨みを握らせたくないんだ」
「だから、貿易はエリシールと貿易相手国、両方が持っている勘合……つまり、二つに分けた証明書ね。これが一致しない限り行われないし、それに貿易相手国だってエリシールの情報は察知しているはず。今解放軍と取引を行えば間違いなく大国であるエリシールの心証を悪くするわ。そんなリスキーなことはしないはずよ」
ザイヤーとコニーのよどみない説明に、トーヤも軽く頷くが完全には納得していなかった。
「ふーん……じゃあさ、そもそもエリシールの心証なんか気にしない相手なら、取引だってできるんじゃないの?」
「そんな相手がどこにいるの? エリシールと貿易できるような距離にいる大国は、全部エリシールの友好国よ。その辺この国抜かりないから。……名前も知らないような小さな国ならわからないけど、そんなの大した利益にはならないでしょ」
「……別に国としか取引しちゃいけないとは限らないんだけどね」
トーヤは前世で学んだ歴史を思い返しながら言う。
「え? それってどういう……」
「ともかく中に入ろう。こんなところでうだうだ話していてもしょうがないよ」
予測で語っても仕方がないことである。トーヤは話を打ち切り、城門を顎でしゃくった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「エルフの学者のコニーです」
「コニー先生の生徒のホビットです」
「護衛の戦士だ」
「……なんだか随分と彩り豊かな一行だね」
城門を守っている若者に通してくれと頼んだら、当たり前だが身分チェックが入った。じろじろと不思議そうに眺める若者に、コニーが堂々とディクサシオンの魔道学院の教員証を見せて身分証明にする。
「……ふーん、エルフの偉い学者さん、か……まぁ何を研究しにリムルに来たかなんて聞かないよ。学者先生の好奇心に、世界の情勢なんて関係ないだろ? 好きなだけ調べて行けばいいさ」
それだけ言うと、彼は軽く城門の中を示す。どうやらチェックはそれで終わりのようだった。
「……なんでホビットなんて名乗るの?」
内部に入って人ごみに紛れると共にコニーが尋ねてくる。
「一応、ね。ルーカスから『ヒゲのないドワーフに注意しろ』とかの指令が入っていたら困るし」
ホビットと名乗っておけば、そこまで詳しく調べられることはないだろう……まぁ本気で調査されたらすぐにばれるだろうが、その時はその時だ。トーヤはコニー1人ぐらいなら抱えて城壁を飛び越えて逃げる気でいた。
「それにしても、甘い警戒体制だな。我々がエリシールのスパイだったらどうするつもりなのだ」
いざとなったら見捨てて囮にしよう、などとトーヤが考えていることなど露知らず、ザイヤーが疑問を口にする。
「スパイされて困ることがない、ってことでしょうね。実際街の人々は、特に厳しく監視されているわけでもない。内部の情報を持ち出そうとすれば、特に難しいことはないはずです」
大規模な騎士団の接近などがあれば話は別だろうが、今のところリムルへの出入りは実に簡単なものだ。つまり……
「やっぱり貿易は行われているのね……ほら、あの大きな船。あんなの初めて見るわ」
港に停泊している3本マストの巨大船を見てコニーが感嘆する。
「しかし、どこの船だ? 国旗が掲げられていない、ということは国家所属の船ではないだろうが……」
「たぶん、だけど……」
トーヤがポツリと予測を口にしようとした瞬間、彼は気づいた。
「あ! ちょっと、トーヤ!」
コニーの制止を振り切り、トーヤは港で佇むその人影に走り寄る。
「京也!」
自分の名前を他人のように呼ぶのは気恥ずかしい、と思いながら黒髪中肉中背のヒューマンに声をかけた。
「……トーヤ?」
驚いた顔で振り返ったのは、やはり前世で見慣れたその男。猫耳の獣人の少女もいるが、なぜか最初に出会った時共にいた魔法使い風の美少女はいなかった。
懐かしい思いと共に、トーヤは京也に語りかける。
「……久しぶり、だな」
しかし口を開くと何を言っていいのかわからなくなり、結局無難な挨拶しかできなかったが。
「……あぁ、なかなかこっちに帰って来れなくて申し訳なかったな」
京也がそう返すと共に、コニーとザイヤーが追い付いてくる。
「……どなた? 初めて会う顔だけど……」
「ふむ」
コニーが無遠慮にじろじろと京也の顔を観察する一方、ザイヤーは京也の背中の剣に興味を示したようだった。
「あぁ、そうだった。この人は京也。俺の……恩人、って言うのが一番近いかな? そっちは……」
「そういや名乗ってなかったな。俺はラン。京也の連れだよ」
蓮っ葉な口調で獣人の少女が名乗る。
「ふーん……私はコニー。見ての通りエルフよ」
「私はザイヤーだ。お見知りおきを、京也君」
一通り自己紹介を終えた5人は、港で向き合う。
「それで、どうしてトーヤはこんなところにいるんだ? ディクサシオンに滞在しているんじゃなかったのか?」
「色々事情があってね……こっちまで逃げてきたんだ」
「あぁ、そうか……中々いい街だよな、ここ」
説明するには面倒な事情だったこともあり、ぼかしたトーヤの話をあっさりと京也は受け入れる。
「京也の方はどうしたんだ? それにあの魔法使いの女の子は……」
「リーザは……少し喧嘩してな。ここでは人を待っているところだったんだ。大事な約束で……」
その口ぶりから、トーヤは京也の感情を察する。……何だかわからないが、京也はその待ち人と会うところをトーヤに見られたくないのだ。自分のことだからよくわかる。リーザと一緒にいない理由も積極的に語りたいものではないのだろう。
「そうか。じゃあ俺は行くよ……2、3日はこの街に滞在しているつもりだから、都合が合ったらまた話そう」
だからトーヤはこの場を潔く後にすることにした。自分が京也の立場だったら、しつこく誰かに絡まれることなど迷惑でしかないだろうから。
果たして京也はあからさまにほっとした様子だった。
「あぁわかった。すまないな、久しぶりに会ったって言うのに、話もできなくて。夜になったら時間もできるから、そこの酒場で待っていてくれないか?」
京也が指さしたその建物を記憶に留めつつ、トーヤは連れ2人に声をかける。
「そういうわけだから、もう行こうか」
「ん? いいのかい、トーヤ君? もう少し話をしなくて……」
「大丈夫、また後で話せるから」
ここでこうして再会したのだって、すさまじい偶然なのだろう。ならば、京也との縁はそう簡単に切れるものとも思えないトーヤだった。京也が用事を済ませてから、ゆっくりと積もる話をすればいい、と軽く考える。
3人が港を離れて市街地へと向かうのを見送ってから……京也はゆっくりと近づいてくるローブを纏った大柄な人影を待つ。先に口を開いたのは京也だった。
「……殺し合っておいてこう言うのもなんだけど……久しぶりだな、ルーカスさん」
「お待ちしていましたよ。勇者にして破壊神。我らが神リャーマンよ」




