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脈動する人々

「さてさて……状況はいかがなものですかね」

 ルーカスは総督府の執務室の椅子に腰掛ける。総督用の一番立派な椅子がギシリと悲鳴を上げた。……ルーカスは「他の人と同じ椅子でいい」と言ったのだが、ルーカスの巨体を支えられる椅子はこれしかなく、わざわざ専用の椅子を作ってもらうのも無駄でしかないので仕方なくこれを使っているのだ。

「騎士団は引き続き中央部に撤収し続けていますね。包囲して総力戦に持ち込んでくるかと思いましたが……」

 ルーカスの副官を自任する解放軍の若手が精いっぱい胸を張りながら書類を手に報告する。それを微笑ましく思いながらルーカスは言った。

「それは愚策でしょう。わざわざ辺境で信頼を勝ち取っていたのはこのためです……一気呵成に攻めたててくれれば一息にエリシールを分解させられたのですが」

 そしてルーカスはギシッと椅子に体重を預ける。

「当面は戦力を整理しつつ、我々の勢力圏を広げられないよう戦線を構築してくるはずです。リムルよりはむしろ、東部と中央部の境界にある辺境の町がしばらくは戦いの舞台になるでしょうね」

 長年戦場に立ってきた経験からそう語るルーカスに、副官が不安げに言う。

「ですが、このまま持久戦に持ち込まれると困るのはこちらも同じではありませんか? リムルにおける貿易は全て国家の管轄です。我々では……」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「そう、リムルを奪い取ろうと奴らに貿易という特権を行使することはできぬ。貿易相手国は『エリシールと関係を悪化させること』を恐れれば、反乱軍と取引などするはずがない……考えてみれば、兵糧攻めを受けているのは奴らも同じなのだ。リムルは貿易都市であって生産都市ではない。我々は街道を抑えて奴らへの食糧供給を絶てばいい。仮に解放軍がエリシール東部全てを掌握していたとしても、その大半は自給自足がやっとの小村ばかりだ。生産性の高い中央平野を持つ我らの方が、遥かに持久戦には強い」

 ヒゲを生やした文官が自慢げに言い、会議に集まった諸侯がおぉとどよめく。確かにそれは事実であり、この状況下にあって数少ない前向きな展望であった。


(さぁて……それはどうかな……)

 マゴスは勝ったも同然と喜ぶ諸侯を見ながら思案する。……貿易相であるマゴスは、彼らが気づいていない抜け穴が存在することを察していた。だが、「解放軍がそれを実行するか、実行したとして上手く行くか」は未知数でしかなかった。仮に指摘したとしてこの場でできることは何もなく、希望的観測を潰されて士気を下げるだけでしかない。さらにそれで「解放軍にはやはり貿易することなどできなかった」となれば、マゴスの信頼まで損なわれる。


(一応陛下にだけは注進しておくとして……後は……)

「ちょっといいですか、みなさん?」

 マゴスは思考をまとめながら一通り盛り上がり尽くした諸侯に声をかける。

「ひとまずはエリスへの騎士団の招集を急ぐと共に、東部への戦力配分を目指します……当座の目的地は……」

 そう言いながらマゴスは地図の一点を指す。


「東部の街道・及び近隣都市であるディクサシオンとの接続から、要衝であるディムの町を騎士団を配置する拠点とします」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「へ? ディムが戦火に包まれる?」

 トーヤは狩って来た猪の肉をたき火であぶりながら素っ頓狂な声を上げる。


「ふむ。まぁ確実にそうなる、とは言えんが……確率は低くないと私は思っているよ」

 ザイヤーは猪肉をワイルドに噛み千切りながら応じる。


 林の中をしばらく逃げた後、夕暮れも近くなったころ、トーヤたち3人はキャンプを張っていた。無論、テントなどは用意していなかったので野宿である。


「エリシールの騎士団は、エリス方面に戦力を集結させた後、東部に睨みを効かせられる位置に騎士団を振り分けるはずだ。即時決戦がないにしても、だからこそリムルへの監視は怠れんはずだ……さて、問題だトーヤ君。東部に近く、さらには補給の観点から見て大都市などへのアクセスが良好な拠点……そのような都合の良い場所、そういくつもあると思うかね?」

「あ……」

 言われてトーヤは考え込む。


「……ディムがその条件には噛み合っている、ってことですか」

「そのとおり。そして今やディムは解放軍支配下にある。この状況で戦争が起きないパターンは、『エリシール首脳部が解放軍を恐れてディムへの戦力展開を諦める』だけだ。士気の維持を考えれば、そのような『逃げ』の選択肢を打つとは思えん。町の一つ程度簡単に奪い返してこそ、決戦を見据えたにらみ合いもできるというものだ」

「……それでリムルに行く、なんてとんでもないことを提案したってわけ? その考えだと、ディムはおろか、ディクサシオンも戦火に巻き込まれる恐れがあるから……」

 コニーが半目になって指摘すると、ザイヤーはポリポリと顎を掻く。


「ディクサシオンまで及ぶかどうかは私にはわからんよ。ただ、今のところ一番きな臭いのはディムの周囲一帯だということに異存はなかろう? それなら、リムルの方がまだ安全というものだ……むしろ、今行っておかんとリムルもすぐに焼け落ちるかもしれんぞ? 麗しの海港都市、リムルは一度見ておかなければ損というものだ」

 まるで観光にでも行くかのような気安いザイヤーの言葉にトーヤとコニーは重いため息をつく。


「……まぁ俺たちがディクサシオンに戻っても、すぐに何かできるわけじゃないしな……それぐらいなら、一度敵情視察というのも悪くない、か」

「……そうね。前向きに考えましょう。今からディム方面に戻っても、それこそ面倒くさい戦争に巻き込まれかねないわ。リムルを占拠している解放軍がどういう連中かはわからないけど……『殺戮』じゃなくて『統治』を目的にしているなら、旅人の振りして潜り込めばそう酷い扱いは受けないでしょ」


 そんな次第で方針も固まり、一行は柔らかい草の部分を選んで横になる。


「東……都市……逃げ続けているなら、あそこにいる可能性も……」

 トーヤは荷物になるので学院に置いてきたギターを思い返しながら、他の2人には語らなかったリムルに行く理由を頭の中で転がす。……リムルが本格的に決戦の地となれば……人探しなど到底できはしないだろう。ならば、今しかない、というのは事実であった。……それがザイヤーの提案なのが気に食わないのだが。


「……一座の皆がいるなら……行かない理由はない、か」

 焚火の残り火を見ながらそう呟くと、本格的に眠りに就くため、トーヤは頭を転がした。


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