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想定外

「あぁ、もう! なんか俺って逃げてばっかだな!」

 トーヤが自嘲気味に愚痴る。


「弱い奴の生存戦略、でしょ! 喋ってる暇があったら足を動かす!」

 コニーも恥も外聞もなく整った顔を苦痛に歪ませながらひた走った。


 エンハンから辛くも逃げ切った2人は、ディムを脱出してディクサシオンまで帰ろうとしたのだ。だが、藪の中から窺った馬車周辺にはいつの間に現れたのか解放軍のメンバーがずらりと並び、御者を務めていた虎の獣人は目を白黒させて取り押さえられていた。

(……ゴメン、迷惑かけて……)

 トーヤは名も知らない彼に心の中で謝罪してから、コニーを促してディムの町を反対に抜ける方向に駆けて行った。


 そこから先は、ろくに頭も回らないままとにかく逃げた。エンハンがディムの住人を抱き込んでいるかは不明だが、ぽっと出のトーヤよりは実際に町を守った解放軍の方を信頼するだろうと思えば、ディムの人々に助けを求めるわけにもいかなかった。

 とにかくトーヤとコニーにできるのは、ひたすら逃げることだけであった。


「おやおや、お疲れかねお二人さん」

 何とかディムから少し離れた雑木林に潜り込んだ2人の頭上から声がかかる。


「ッ!」

「!」

 2人は一斉に身構えようとし……コニーはその声の主が知り合いであることを知り、少しだけ気を緩める。一方トーヤは、むしろ警戒心を強めて木の上でニヤニヤと笑うその男を睨み付けた。


「……ザイヤーさん、どうしてここが……?」

「馬車を奪われた以上、抜けてくるならここが一番逃げやすい道だろう? ホラ、足を止めるな、走れ走れ、追手だってそんなことはすぐ察するぞ?」

「! 貴方に言われなくてもわかってますよ……!」

「流石はトーヤ君だ。良く状況を理解している。……という訳で、旅は道連れだ。君たちと一緒に行ってもいいかね?」

 ヒラリと木から飛び降り、背後からトーヤとコニーを急かすザイヤーにトーヤは不信感を覚えるが、今は「確実に殺意を持って迫ってきているエンハン」よりは「何を考えているかわからないザイヤー」の方がまだマシだと考え直し、彼としばらくは同行することを決める。


「……いいですよ、でもその代わり貴方が先行してください!」

 それでも背後をザイヤーに取られることの危機感を忘れはしなかったが。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ザイヤーの先導で、3人はしばらく無言で走る。脚は短くともドワーフだけに並外れた体力を持つトーヤはもちろん、ザイヤーも中年とは思えない健脚ぶりで足元の悪い雑木林を軽快に駆け抜ける。

 が、コニーはそうもいかなかった。彼女はフィールドワークもたしなむので並の学院の魔導士よりは体力に自信があったが、それでも「追手がいるかもしれない状況で雑木林の中を長時間走る」などは専門外である。

 ほどなく、コニーの息が途切れがちになっていることにトーヤは気づいた。

「……クッ……ハ、ハァァ……」

「……ザイヤーさん、止まってください」

「ト、トーヤ……私は……大丈夫、だから……」

「ふむ」

 ザイヤーはトーヤの指示に従いピタリと足を止める。

「しばらく休憩しましょう。そもそも、俺たちはまるで状況を把握できていない」

「……状況把握も大事だが、時には考えるより先に動くべき時もあるのではないかね?」

「もうだいぶ距離も稼いだはずです。少し休んでも大丈夫でしょう」

「……まぁいいだろう。コニー嬢の体調が整うまでは待つとしようか」

「ホラ、コニー……その辺に座って、息を整えて」

「ハ、フウゥゥゥ……あ、ありがとう、トーヤ……」

 やはり気力だけで走っていたのか、トーヤに促されて柔らかい草の茂みにしゃがみ込むとコニーは長く息を吐いた。

 そんなコニーを見てからトーヤは中年の戦士に向き直る。


「……どこまで事情を把握していますか?」

「君たちがいきなり解放軍の敵に回ったことぐらいだね。何をした? 連中の前で貴族制を肯定でもしたかね?」

 面白そうにトーヤをからかうザイヤーに、トーヤの中に疲労感が溜まっていく。

「簡潔に言います。あの町の解放軍のリーダーのエンハンにいきなり喧嘩売られました。それだけです」

「ハッハッハ。君もまた随分と酔狂な運命を辿っていることだ。単に訪問しただけでトラブルに巻き込まれるかね、普通? 本当に見ていて飽きないよ君は」

「……こんな場所までついてきたのは俺をからかうのが目的ですか?」

「まぁそれもある」

 少しは否定しろよ、とトーヤとコニーが思う中ザイヤーは言葉を続けた。


「だが、助けてやりたいという気も、助けてもらいたいという気もある。当たり前だが、私は君たちと一緒に行動しているところを見られているからね。今更解放軍と仲良くしましょうなどと言うよりは、素直に君たちの仲間になっている方が無難だろう? それとも何か、こんな異郷の地で年寄り1人置いて逃げる気かね? 薄情な若者だな君たちは」

「…………」

 半目になってトーヤは自分などより遥かに元気そうな自称年寄りを見る。

 ハッキリ言えば……トーヤの中でのザイヤーの評価は「限りなく黒に近いグレー」である。ダインにまつわるあれこれを始め、正直この男の存在はトーヤにとってトラブルの種でしかないように思う。

 ただ、「間違いなく黒」ではないのが悩ましいところであった。同時にザイヤーがトーヤが出会ってきた中でも5本の指に入る使い手だろうことも間違いない事実である。

 つまり、「味方にするには不安要素が強すぎるが、敵に回すのは何より最悪」というとてつもなく扱いに困る男なのである。

 だからこそ、「そもそも関わってくれないのが一番マシ」な存在だったのに、こうして否応なしに行動を共にすることになり、とても対応に困るのが正直なところであった。


「……わかりました、ともあれこの状況を抜け出すまでは協力しましょう」

 結局、トーヤにとって「もっとも無難」な選択肢となればそうなるのであった。ここでザイヤーと敵対関係になったところでメリットは何一つない。……そうやって「他に選択肢のない状況」に追い込まれていることそのものがトーヤには不満なのだが。

「……ま、それしかないわね。よろしく、ザイヤーさん」

「あぁ、よろしく頼むよコニー嬢……さて、そろそ体調も整ったかな? 後は移動しながら相談するということでどうかね?」

 グイッと力強くコニーを助け起こすザイヤー。ポカンとした後、ぼそぼそと礼を言うコニーに軽く手を上げてザイヤーは率先して歩き出した。


「それで? 当座の目的地はどこ? 歩いてディクサシオンを目指すの?」

「それだがね……少し考えがある」

 歩きながらザイヤーは提案する。


「ディムの解放軍がどの程度の規模かは知らんが、ディクサシオンへの道はある程度抑えられていると見て間違いないだろう。回り道したとしても、ほとぼりが冷めるまではディクサシオンへは進路を取らんのが賢明だと私は思うね」

「……ふーん」

 トーヤは顎に手を当ててその提案を吟味する。……間違ってはいないだろう。今ディクサシオンへ向かうと、下手をすればマリー達ディクサシオンの住人にも迷惑がかかるかもしれない。


「そこで、だ……とりあえずは東へ逃げようと思う。どうかね?」

「……東? だってディムから東って言ったら……」

 ディムの東にあるのは深い森と……一本の街道。その瞬間、ザイヤーの目的に気付きトーヤの顔が苦み走る。


「ザイヤーさん、まさか……」

「そう、噂のリムルに観光に行ってみないかね? 奴らもまさか、懐に飛び込んでくるとは思うまい……意表を突くには十分だと思うがね?」

 心の底から楽しそうな笑みを浮かべるザイヤーに……「やっぱりこの男はトラブルの種でしかなかった」とトーヤは深く溜息を吐いた。


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