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邂逅・エンハン

「エンハンさーん。お客さんですよー」

「……あぁん? 誰だ一体」

 エンハンはねぐらに決めた空家のベッドからよっこらせと身を起こす。くぁとあくびをしながら見れば、最近解放軍に入ったばかりのディムの若者だった。名前は面倒なので覚えていないが。


「なんかディクサシオンから来たホビットとエルフです。リャーマンの人達に話を聞きたいらしくて……」

「そんならイムルに相手させりゃ……あぁ、あの馬鹿もう旅立ったのか」

 エンハンは億劫そうにポリポリと懐に手を差し込んで胸を掻く。


「面倒くせぇなぁ……無視できりゃ楽なのに……」

 ブツブツと文句を言いつつ、起き抜けの恰好で空き家から歩み出そうとするエンハン。


「あ! 待ってください、エンハンさん! せめて身だしなみ整えてから……」

 そんな彼を慌てて若者が追った。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「初めまして、俺はトーヤ。ドワーフです」

「……エンハン。見ての通りの流れの剣士だ……今は解放軍に籍を置かせてもらっているがね」

 トーヤは無精ひげをぼうぼうに生やしたヒューマンの男に挨拶しながら、じっと観察する。


(……歓迎されていないな)

 いかにも起き抜けという無気力な風貌に、「トーヤと言葉を交わすことそのものが面倒だ」と言わんばかりの空気が合わさり、エンハンはすさまじい非協力的な雰囲気を漂わせていた。


「……オイ、話が違うぞ。ホビットじゃなかったのか?」

 エンハンもまた、トーヤを観察すると後ろに控えた若者にそっと耳打ちする。

「あ、その……失礼しました! トーヤさん! 僕が勘違いしたせいで不愉快な思いさせたみたいで!」

「あ、いえ、いつも間違えられるんで、別にそんな……」

 従者と思しき若者の方に平身低頭されて逆にトーヤが恐縮してしまう。

 互いにペコペコと頭を下げあう奇妙な光景を、コニーとエンハンは不気味そうに見つめる。


「何やってんのよ、トーヤ……とっととこの怪しい男を取り調べてディクサシオンに帰るんでしょ? 日が暮れるまでそこで謝り通すつもり?」

「おいおい、エルフの嬢ちゃん。そいつはご挨拶だな? 俺はこれでも誠実な紳士で通っているんだぜ?」

「『無精ひげを生やして馴れ馴れしく話しかけてくる男は信頼するな』って母様の遺言なの。私を親不孝者にするつもり?」

 勝手に母親を死んだことにする方がよほど親不孝ではないのか、とトーヤは思ったが、まぁティミーのことだし、この程度の娘の暴言を気にすることもないだろうとも思い直した。


「えぇっと、いきなりで失礼なんですけど……エンハンさん、『リャーマン』について何かご存じじゃないですか?」

 気を取り直してトーヤは改めてエンハンに向き直る。

「知らん」

 即答だった。


「…………リャーマンの仲間じゃないんですか?」

「一応そういう体だがな。目的が近いから協力関係にあるだけだ。俺はリャーマンの信者でもなんでもないし、連中の教義には欠片も興味がない」

 ボリボリと顎を掻きながら、不愛想に応じる。


「じゃあ、どこに行けば彼らに会えるかとかは……」

「リムルにでも行けばいいんじゃね? 入れてくれるかは知らんがね」

 現在武装勢力に占拠されているそこを挙げる辺り、協力する意思はまるでなさそうだった。


「……ハァ。わかりました」

 少なくとも、この男から引き出せる情報はろくにない、ということがわかればそれ以上用はなかった。「解放軍」についても気になることがないわけではなかったが……トーヤにしてみれば直接的に危険なのはルーカスだけであり、解放軍それ自体は何かしらちょっかいをかけてくるのでなければ優先順位は低い存在だった。

(革命だのなんだのやりたいなら勝手にやればいいさ。成功しようが失敗しようが俺には無関係なことだろ)

 トーヤはそう割り切り、コニーに声をかけてディクサシオンに戻ろう……とした。


 刹那、風切り音が響く。


「ッ!」

 トーヤは、生物的な本能だけでその一撃を避ける。服の背中がパクリと裂かれた感があるが、構っていられない。すぐさまクルリと体を返し、襲撃者……気だるげな雰囲気を消し去り、肉食獣が如き気配を放ち始めたエンハンを睨む。


「……ヘェ、いい反応してるじゃん。こりゃあルーカスの馬鹿が執心するのも納得だなぁ……」

 トーヤの背を斬りつけた幅広のショートソードを片手で弄びながら、エンハンは呟く。


「どういうつもりですか……冗談じゃ済まされませんよ」

 欠片も警戒心を緩めず、ジリジリとエンハンから距離を取ろうとするトーヤ。突然濃密な殺気を振りまき始めた2人に、コニーと、それにエンハンの付き人は混乱しっぱなしだ。


「……え? どういうことよ、2人とも……」

「エンハンさん、いきなりどうしたんですか、少し落ち着いて……」

 外野の言葉は2人にはまるで届いていなかった。


「ルーカスの奴に聞いたのよ……ちっこいけど、なかなか根性のあるドワーフがいた、って。お前のことだろ、トーヤ?」

「ルーカス……つまり、アンタはルーカスから頼まれて俺を殺そうとしている……のか?」

 トーヤは腰の剣をいつでも抜き放てるようにしながら、一番可能性の高そうな予測を告げる。


「んーん? むしろ俺ルーカスなんて大嫌いだし?」

 エンハンは目を細めながらもそれを否定する。


「じゃあどういうつもりだ」

「決まっているだろぉ……アイツお前を自分の手で殺したくて仕方がない、ってブツブツ言ってたからよ……俺が代わりに殺したら、一体どういう反応返すか気になって仕方がないのよ」

「……馬鹿かアンタは。それだけの理由で人を殺すなんて」

 トーヤが心底見下した声で言う。


「馬鹿で結構。最近は魔物もいなくて暇してたんだ……ちょっと俺の暇つぶしに付き合えや」

「……あー、はいはい。わかったわかった。要するにアンタに話は通じ……」

 言葉を突然途切り、トーヤは剣から手を離すと腰の後ろに仕込んだ「筒」を取り出し、構える。


「ないんだろ!」

「!」

 その一撃に反応できただけでも、エンハンの恐るべき戦闘能力が窺えた。単なる「筒」という危険性のまるで感じられない物体を、即座にトーヤの攻撃手段と看破し、回避行動に移ったのである。……が、それはトーヤの「武器」相手にはあまり意味をなさなかった。


 筒の底面に仕掛けられた魔法が発動し、中に入っていた無数の矢じりを弾き飛ばしエンハンに向けて放つ。彼はとっさに顔面を腕で覆うが、その太い両腕にも次々と矢じりは突き立っていった。


 トーヤは詳細な効果を確認すらしなかった。この武器は試作品であり、さらに使い捨てである。不意打ち以上の役に立つとは思えなかった。

「コニー! 逃げるぞ!」

「え? う、うん!」

 役割を終えた筒を投げ捨てると、未だ混乱し続けるコニーの手を迷わず取り、トーヤは走り出す。


「……ハッハッハァ! そこで迷いなく不意打ち選ぶかよぉ! いいねぇ、その雑草根性! なんとしてでも生き抜いてやる、って覚悟があるぜ!」

 背後から投げられるエンハンの声に、ルーカスに感じた物にも似た恐怖を覚えながら、トーヤはディムの町をひた走る。


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