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急報

 赤と黒で彩られた旗を掲げた軍馬がエリスの街の東の街道を駆けてきた時、エリスの衛兵はまず最初に「何かの間違いだ」と思った。

 それが見間違いなどではなく、確かな形を持って近づいてくると共に、青ざめた衛兵長は指示を飛ばす。

 そして、その伝令はあらゆる手続きを飛ばして王宮の中枢部まで通される。通常なら煩雑な書類を何枚も通さなければ王宮に一般兵が立ち入ることは許されないが……赤と黒の旗の示す意味、「敵性国家の侵略・もしくはそれに匹敵する国家の危機の知らせ」はそんな慣習を吹き飛ばすほどの破壊力を持っていた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「……リムルが落ちた、と言うのは間違いないのだな?」

 重々しく尋ねる王に、ここまでほとんど休みを取らず駆けてきた伝令兵は身を硬くしながら答える。

「ハッ。『解放軍』及び『リャーマンの信徒』を名乗る武装勢力により、リムルは占拠された……と、彼ら自身が吹聴しておりました。城門の上に掲げられた旗が変わっていたことから考えても、その言葉は真実でしょう。なお、ダフム総督の安否について情報はありません。また、リムルからの人の出入りはなく、偵察しようと近寄れば騎士の鎧も貫くすさまじい速度の矢で反撃される状況です。夜間も松明を盛大に焚いて我らの接近を阻んでおります。どうやら、リムル市内にいた傭兵たちを全て雇い入れたようで……」

「……わかった。下がってよい。よくぞこれだけの短期間で伝えてくれた。ゆるりと身を休めよ」

 王は身を突き破らんばかりの怒気を王たる責任感で留め、伝令を退出させる。その怒りの端に触れた伝令は、ブルリと震えながらもそれでも礼を失しないように謁見の間を後にした。


「今すぐ騎士団を集めよ! 王都の防備に備えた最低限を残し、全てをリムル奪還に差し向けるのだ!」

 伝令が退出して扉が閉められた瞬間、王は居並ぶ諸侯に雷鳴のごとき大音声を放った。

「……いやぁ、陛下。そいつは無理ですよ」

 慌てて動き出す諸侯の中、一人だけのんびりした様子で王を止めるエルフがいた。

「……どういう意味だ、マゴス交易相?」

 ヒューマンで言えば20代の若々しい外見ながら、先々王から仕えてきた老臣の言葉は現王と言えど無視できるものではない。無礼な言葉遣いを指摘する余裕もなく、王はマゴスを問い詰める。


「ご注進差し上げたはずですよ? 辺境で無頼な輩が跋扈している以上、奴らを排除するのを最優先すべきだと。今思えば、アレは全部このための布石だったわけですが」

「どういう意味だと聞いている、交易相! ハッキリ言え!」

 苛立った王の怒気も、マゴスは柳のように受け流し、王国の地図を取り出した。マゴスの穏やかな言葉に、将軍や文官たちも思わずその地図を見やる。


「これは、わかっている限りでのここ数か月の『解放軍』を名乗る逆賊の動きですがね……綺麗に王都からリムルへと向かう中途の町や村で魔物を討伐しています。目くらましのように他の場所にも行っていますが、今こうして見ると明らかです。奴らは王都からの援軍を到着させない腹積もりです」

 当然のことだが、「解放軍」にまつわる情報はエリシール首脳部も承知していた。ただ、マゴス含めて諸侯のほとんどは「辺境で妙な正義感に目覚めた連中が好き勝手に動いている」「自分たちから好き好んで魔物に命を賭けて立ち向かってくれるならむしろありがたい」と、その内実を把握することなく放置していたのが実情であった。


「解放軍など、実戦も経験しておらず装備も整っていない雑兵だろう? 蹴散らしてリムルに突き進めば良いではないか」

 勇ましい中年将軍をマゴスは小馬鹿にしたように見てから、まるで子供に語り聞かせるように説明し始めた。


「解放軍はハッキリ言ってどうでもいいんです。問題は……それらの村々が解放軍に恩義を感じていること。そして、我らエリシールの騎士団に反感を持っていることです」

 中年将軍はまだわかっていない顔だった。一方、文官たちは一斉に苦虫を噛み潰したような顔になり、王もまた顔を歪ませて玉座にドカリと腰を下ろした。


「……補給が……受けられない、ということか」

 老いた文官の言葉がその場に染み込むととともに、苦虫は全員に感染した。どんな時代、どんな国であれ、軍隊というものはすさまじい速度で物資を消耗する。移動に合わせて周辺地域から補給を受けられなければ、騎士団などなんの役にも立たない。当たり前だが、エリシールにおける騎士団の移動ラインは「各地の村や町から補給を受けられること」が前提で組まれている。伝令兵のような個人が身軽に動くならともかく、大規模な進軍となれば補給なしで動かすなど不可能だ。


「辺境からの騎士団の出動要請を、我ら中央はほとんど却下しました。そんな中で魔物の襲撃から守ってくれた解放軍への恩義は計り知れません。恐らく、彼らは騎士団への補給物資の供出を拒むでしょう」

(まさか『魔物から民衆を守る』が王国打倒のための布石だと誰が思うよ? つくづく頭が回る奴がいるもんだ)

 説明しながら、マゴスは心の中で素直に感嘆する。エリシールに居座って100年弱、このような策は彼でも見たことがなかった。


「お、王都を守らねば国が滅びるのだぞ! この中心部にも魔物は出ていた! 私たちがどれだけ苦心して国を守るために……」

 エリシール首脳部の中でも、「エリスの防備」を理由に最も強硬に辺境への騎士団派遣に反対していた中年将軍は、特に文官からの非難の視線に耐えかねて言い訳を重ねる。

「……『事実』がどうであれ、彼らの『感覚』としてはそうなっているのです。強奪でもしなければ、騎士団の補給は不可能です」

 将軍を無視してそう言い切ったマゴス。


「そ、そうだ……供出を拒むなら無理矢理奪い取ればいいのだろう!? そうだろう、マゴス!?」

 マゴスの最後の言葉を解決策と見た将軍が勢い込んでマゴスに詰め寄る。が、マゴスの反応は冷淡だった。

「テリー将軍、それは国家が絶対にやってはならない禁忌です。それをやれば……間違いなく遠からず国が滅びます」

「それに食糧を出さないだけならまだマシですが、仮にリムル方面へ騎士団を移動させた後、解放軍に同調した村が武装蜂起したら……」

 若い将軍がマゴスに同調して最悪の予想を述べる。それをやられれば……エリシールの騎士団は王都から完全に分断され、孤立無援のまま殲滅されるだろう。あとに待つのは無防備なエリスである。皆が一斉に身震いした。


「……では、どうせよと言うのだマゴス」

 場が重苦しく沈んだところで、王が問いかける。

「辺境へ騎士団を出すべきだ、と主張していた私が言うのもなんですがね……王都周辺から騎士団を動かすべきじゃありません。リムル及び東方地域は諦めましょう。ガレオン、ディクサシオン、そしてエリス。この3都市と解放軍に影響されていない領土を守ることに注力し、これ以上解放軍の支配地域を広げないのが最良だ、と判断します」

「馬鹿な! 負けを認めてリムルを明け渡せ、と言うのか!」

「リムルからの交易品がなければどれだけ経済に悪影響があるか、交易相である卿ならわかるだろう!?」

「死人が出るぞ! 塩が足りん!」


(……馬鹿どもが。緒戦はもうとっくに負けてんだっつうの)

 マゴスは大騒ぎする諸侯に舌打ちしたい内心を押し隠し、さてどうやって説得しようかと頭を巡らせる。

 現実的に考えれば、これ以外に対応策はない。現状で騎士団を無理矢理動かせば、それこそエリシールは反撃へと至る最後の駒を失うことになる。無論、それはリムルを抑える集団に力を蓄える時間を与えるという意味でもあるが……この場は負けを認め、「今ある領土」を失わないよう動くのが最も反撃の成功確率が高いとマゴスは判断した。

 それに、リムルという街がないころから国政に関わり続け、あまつさえリムルそのものを作った一人であるマゴスからすれば、海港都市がなければないでやりようは思いつくのだった。


「塩はバウゼンから岩塩を仕入れます。価格の上昇は避けられないでしょうが、国庫から資金を出せば、市民に行き渡らないということはないでしょう。交易品の問題は、我ら文官が解決すべき問題。将軍様方は王都周辺で活動する解放軍の殲滅をお願いしたく」

「……よくわかった。マゴス。卿の提言が最も現実に即しているのだろう。……『将来の勝利』のため、今この時を持ってリムル周辺地域を放棄することを宣言する! 該当地域近辺の騎士団の撤収を急げ! テリー将軍。その武勇は解放軍を名乗る逆賊に振るえ。マゴス交易相。経済にまつわる問題は卿に一任する。物が足りぬゆえの死者を出さぬよう努めよ」

 マゴスの言葉に反論が噴き出しそうだったその場を収めたのは、王の一声だった。

 王が決断したならば、それ以上の議論は無用である。不満を飲み込み、諸侯は王に一礼してからそれぞれの作業に向かう。逆賊討伐の責任者に任命されたテリーは、先ほどの醜態はどこへやら嬉し気に謁見の間を飛び出す始末だった。


(おやおや……さすがに最後は締めるか。これはまだまだ見捨てなくて済むかね……)

 マゴスは自分も退出しつつ、そんなことを考える。王の仕事と言うのは、難しく見えて実は「決断するだけ」なのだが……これが出来なくて滅びる王は少なくない。この状況で諸侯をまとめられない王なら、見捨てて解放軍側に付こうか、とも思っていたがどうやらそのような心配はしなくて済みそうだった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「マゴス様! よろしかったのですか、リムルを諦めるような策を提言したと聞きましたが……」

「……何馬鹿言ってんだ。いいわけないだろ」

 執務室に戻った途端、謁見の間に入ることは許されていなかったマゴスの副官が駆け寄ってくる。

 自分より遥かに年下のヒューマンだが、マゴスは彼を信頼していた。……特にこのようにマゴスの心情をよく察してくれるのが素晴らしい。


俺のリムルの街(・・・・・・・)を傷つけやがった阿呆共を……まさか生かしておくわけないだろうが? 確実に滅ぼすため、今は雌伏するだけよ……リムルは必ず俺の手に取り戻す」

 極端な話、マゴスはエリシールという国がどうなろうとさほど関心はなかった。彼がエリシールの中枢部に長年巣食って来たのは……そのほぼすべてがリムルという街のためだけにあったと言っていい。

「リムルが無事である」ためなら、解放軍側に付くことも厭わないつもりのマゴスだったが、リムルがエリシールの支配下にあることを望めるならそれに越したことは無い。


「待ってろよ、アナトリア……絶対にリムルはエリシールの下へ……」

 ギラギラとした瞳で、先々代の女帝……かつてマゴスと共にリムルの街を築き上げた偉大なアナトリア帝の名を、まるで思い人のように呟くマゴス。そんな上役を、その歪んだ欲望を承知している副官ですら、恐る恐る見つめていた。

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